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rev2-33 違和感の正体

 アンジュは少年王を見やりながら、どこか落ち着かない様子のようだった。


 少年王アルトリウスになにかしらのものを感じ取ったのかもしれない。かく言う俺もいまの彼からは違和感を覚えていた。


 さすがに「なにが」なのかまではわからない。


 だが、いつもの彼とは決定的に違う気がしていた。


 ただその「なにか」は本当にわずかなものなのだと思う。わずかではあるけれど、決定的な違いをいまの彼からは感じ取れていた。


『ベティ』


『ばぅ?』


 念話を使ってベティに話しかける。ベティはケーキをもぐもぐと食べながらも念話で返事をしてくれた。万が一のためにベティには念話で話しかけられたら、念話で返すようにと言いつけている。……時折、実際に口に出してくれるから確率的には半々くらいしかできていないのが実情ではあるが、今回ばかりはちゃんと言いつけを守ってくれた。とりあえずご褒美として頭を撫でてあげた。


『なでなで、きもちいいの』


 灰色の尻尾を緩やかに振り始めるベティ。そういうところもまたとてもかわいらしいのだけど、いまは置いておこう。


『国王様を見て、どう思う?』


『こくおーさま?』


『うん。なにかいつもと違うかな?』


 ベティは「ばぅ」と小さく頷くとすんすんと鼻を鳴らした。端から見ると、ケーキの香りを楽しんでいるように見えるが、実際は少年王の差異を嗅ぎ取って貰うためだ。


 ベティはかなり鼻が利く。シリウスとカティも鼻が利く子だったけれど、ベティの鼻はふたりよりも鋭敏だった。


 その鼻の鋭敏さには、あのルリとて舌を巻き、「ベティには敵わんな」と苦笑いを浮かべるほど。


 しかもただ鼻が鋭敏というわけではなく、相手の感情の変化を理解することもできる。とはいえ、心を読んでいるというわけではなく、精神的なものによる身体的な変化を嗅ぎ取れるということ。


 たとえば、普段よりも汗の臭いがするとか、香水の匂いが強いとかかな。汗の臭いがするということは、急いで来たかもしくは焦りによってということを想定できる。香水の匂いが強いということは、香水で消さなければならないなにかしらの臭いが体に染みついたということだ。


 ほかにもいろいろな違いをベティは嗅ぎ取れる。その嗅ぎ取った内容を俺やイリア、ルリが考察していくというのが、基本的な俺たち「シエロ」のスタイルとなっている。


『……あせのにおいがするの。あといやなにおいがするの。くさったもののにおい』


『腐ったもの? それは国王様自身から?』


『ううん、こくおーさまはいつもどおりのにおいなの。おとーさんやアンジュおねーちゃんたちとおんなじにおいがからだがするの』


『……そっか。おとーさんたちと同じ匂いが今日もするのか』


『ばぅ! ゲイルおじちゃんとはちがうにおいなの!』


 ベティははっきりと断言していた。俺たちと同じ匂いがする。それだけであれば、なんのことやらとは思うのだけど、俺やアンジュと同じというのがミソだ。俺とアンジュは共通しているものがほとんどない。でもひとつだけ確実に同じものがある。それの匂いはゲイルさんを始めたとした人たちからはないものである。


『……イリア。どう思う?』


『ルシフェニアの姫としてお会いしていた頃には、アルトリウス陛下がそういう人だと考えたこともありませんでした。陛下ご自身もそういう振る舞いはなされていませんでした。ですが』


『ですが?』


『ひとつ不思議に思ったことがありました。あのときはまだ幼いからだと思っていたのですが、いま考えてみれば』


『……もったいぶらなくていい。言ってくれ』


『では、僭越ながら。一度試してみたことがあったんです』


『……魅了が効くどうかか?』


『……はい。アヴァンシア王国は大国の中では、国力が若干低めではあります。あくまでも大国の中では、です。小国とは比べるまでもないほどにその国力は高い。その国主たるアルトリウス陛下を虜にできれば、ルシフェニアにとってプラスになると考えました』


 かつてのイリアであれば、アイリスだった頃のイリアであれば、やりかねないことだった。当時のイリアにとってみれば、すべてはルシフェニアのためだ。ひいては姉であるアルトリアのためであれば、なんだってしていたんだ。なれば、国王をみずからの虜にして奴隷化させようと考えるのはある意味では当然のことだった。


 歪んではいたけれど、アルトリアへと向ける愛情は、それだけ深く強いものだった。その愛情を向けていた相手は、その愛情を受け取ってはくれなかったわけだけど。


『ですが、結果は失敗でした。いえ、失敗というよりかは効果がまるでなかったんです。私の種族としての力を使えば、異性であればほぼ間違いなく虜にできたはずだったんですが、当時は性に目覚めてもいない年齢だからと切り捨てていました』


『そっか。異性なら、ね』


 イリアはサキュバスだ。異性に魅了を使えば、ほぼ間違いなく落とせる。なのに、少年王には通じなかった。それに加えて俺とアンジュの唯一の共通点を踏まえると、導き出されるのはひとつだけ。


 となれば、違和感がなんであるのかは自ずと導き出せた。


『魔法の効果が切れたないしは、メイクが薄れていたというところかな?』


 考えられるのはそのあたりだ。


 認識を変える魔法ないしは変身の魔法を使っていたか、魔法ではなくメイクで印象を変えていたというところか。いまは一時的にそれらの効果が切れてしまっているということなのだと思う。


 だからこその違和感だった。


 そしてそのことを踏まえて、改めて少年王を見やると、「なるほど」と納得できた。


『……少年、ではなかったか』


 ずっと少年王だと思っていた。でも、いまの姿を見ていると、とてもそうには見えない。だってこの人は──。


『女の子にしか見えないな』


 ──10歳かそこらの女の子なのだから。いわば、男装の麗人ということだ。つまり少年王ではなく、女王ということだ。でも、その女王がなぜ少年王として振る舞っているのか。そしてその女王からはベティの言う「いやなにおい」がすると来た。


(……きな臭さが増してきたな)


 国王祭という華やかなものの裏に、なにかしらの惨事が待っているのかもしれない。その惨事がなんなのかはわからない。わからないが、いままで以上に気を引き締める必要があるのかもしれない。どこか疲れた顔を浮かべる年少の女王陛下を眺めながら、俺はいままで以上に気を引き締めることにした。

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