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rev2-31 突き刺さる思い出

 姿見に映る自分を見て、ため息が出た。


 左右反転に映る俺は、黒いタキシードを身につけていた。


 仮面で顔を隠したまま、タキシードを身につけるというのはなかなかに怪しかった。不審者と言われても否定はできない。


「レン様、非常にお似合いです」


 そう言うのは、タキシードの試着をする俺に付いてくれているメイドさんのひとりだった。いや、他のメイドさんもなぜかちらちらと俺を見やっているな。タキシードを着ているのは俺だけじゃなく、ルリも着ているわけなのだけど、ルリに関しては背伸びをしている感がしているのか、かわいらしく見えてしまうようだ。


 一応俺もメイドさん方同様に性別は女なのだけど、メイドさん方がなぜか「ほぅ」と妙に艶やかなため息をしてくださっていた。


「やだ、イケメン」


「耳元で低い声で囁かれただけで落ちちゃいそう」


「あ、それされたい」


「わかる」


「むしろ、わかりみしかない」


「考えただけで、パンが進むわ」


 ……メイドさん方の反応は人それぞれなのだけど、どうにも最後の方の方々は、もしかしたら日本出身者じゃないかなと思わずにはいられないことを仰っている。それも秋葉原系ではなく、池袋系な人かもしれないな。時折視線にぞっとすることがあるから、妙なことを考えている可能性が高い。


(……まぁ、実害がなければどんなご妄想も勝手にしてくれればいいけどさ)

 

 実害がなければ、どんな妄想もご自由にしてくれればいいと俺は思う。


 実害がなくてもドン引きするような妄想であれば、さすがに考えさせて貰うけれど、ある程度の範囲内であればご自由にとは思う。 


 趣味は人それぞれとも言うのだから、その趣味を頭ごなしに否定する気は毛頭ありません。

 まぁ、それはさておき。


(……タキシード、か)


 タキシードをまた着ることになるとは思ってもいなかった。


 タキシードを初めて着たのは、もう数ヶ月も前のことになる。


 プーレとの結婚式に初めて着たんだ。


 あのときは、プーレに思い出を作ってあげたいという一心だった。


 それ以外にはなにも考えていなかった。


 もちろん、プーレをこれからも幸せにしようという決意はあったし、プーレの身を蝕む呪いから彼女を解き放つって決めていたんだ。……いま思えば、とんだ道化だったわけだけど。

 挙式当日の時点で、プーレの時間はわずかしか残っていなかった。


 そのことを俺は知らなかった。


 すっかりとプーレに騙されてしまっていたけど、それも俺をはめるためではなく、特別扱いされたくなかったからだっていまならわかる。


 プーレの命が残り少ないと知ったら、俺はきっとプーレが決して望まないことをしていたと思う。


 プーレを部屋に押し込んで、あまり動き回らないようにしたり、他のみんなのことを差し置いてプーレにばかり気をかけたり、と。プーレが決して望まないことをしていたと思う。それこそ彼女が大好きだったスイーツ作りだって制限したはずだ。いや、制限するどころか、厨房に立つことだって許さなかったはずだ。


 プーレに少しでも長く生きて貰うために、俺はそういうことを平然としていたと思う。そんな俺をプーレは困ったように笑うだけで、責めることはしなかっただろう。彼女はそういう人だったし、プーレも俺が意地悪でそうしているわけじゃないことを理解してくれていたはずだ。


「過保護すぎるのですよ」とか言って苦笑いしていたと思う。


 それでも俺はきっとプーレの意思を無視して彼女を束縛したと思う。そんな自分が簡単に想像できた。


(それでも俺は君に生きて欲しかったよ、プーレ)


 囲い込んだところで、プーレの命を繋げられたわけじゃない。彼女は呪いに侵されていた。動かないように、無理をしないようにしたところでいずれ彼女の命は尽きてしまう。まるであらかじめ定められていたかのように、彼女は命を落としただろう。


 それは彼女自身わかっていた。わかっていたからこそ、俺を騙したんだ。あと一年で死んでしまうというわずかな嘘を口にしたんだ。すべてが嘘ではなく、たったひとつを練り込むという気づかれづらい嘘を吐いたんだ。


 すべてはいままで通りに生きたかったから。


 いままで通りに当たり前の日々を生きたかったから。


 束縛をされる特別扱いなんてされたくなかった。


 笑顔のままで旅立ちたかった。


 だから嘘を彼女は吐いた。それがいまならはっきりと理解できる。


(俺はプーレのためではなく、自分のために思い出を作ったようなものなのかもしれない。いや、プーレが俺のために思い出を作ってくれたという方が正しいのかもしれない)


 当時だってすでに体は痛んでいただろう。


 全身に痛みが走っていたはずだ。


 歩くのだって辛かっただろうに。


 それでも彼女は笑っていた。


 その痛みをまるで表に出すことなく笑ってくれていた。


 そのとき彼女がなにを考えていたのかは、俺にはわからない。なんとなく予想はできるけれど、実際にその通りなのかはわからない。


 でも、きっと彼女のことだから、「私の分まで幸せになってください」とか「これから辛いことがあっても、今日のことを思い出して頑張ってください」とかそんなことを考えていたんだろうな。本当にプーレらしいことだよ。


「……本当に君らしいよ」


 タキシードを着ただけで、彼女のことを思い出してしまった。


 これ以上着ていると、本当に泣いてしまいそうだった。


「……すみません、試着はこのくらいでいいですか?」


「レン様がよろしければ」


「ええ、いま着ているので大丈夫です。これ以上はどうにも窮屈なのでね。ああ、もちろんこの服自体がというわけではなく、気持ち的な意味で」


「承知しました。では、こちらが元のお召し物です」


「ありがとうございます」


 元々着ていた服を受け取り、その場でタキシードを脱ぐと、他のメイドさん方からまた黄色い声が聞こえた。……さすがに抜粋するのも疲れるので、あえてなにも言わないけれど、「萌える」とか言わないでくださいませんかね? あんたら本当は日本人じゃないとか言いたいわ、マジで。


「ルリ、先にベティたちのところに行っているからな」


「む。我も行くぞ」


「いや、まだ無理だろ?」


「……むぅ」


 ルリは自分も行くと言っているけれど、ルリの背後にはルリに合わせただろう特注っぽいタキシードを持つメイドさんがいらっしゃる。中にはタキシードには見えないものもある。……これから着せ替え人形になることは間違いない。その分だけ時間も掛かることもまた。


「終わったら、来いよな。たぶんダイニングとかにいると思うけど」


「あぁ、ベティのご褒美にか」


 ダイニングにいると言っただけで、ルリは理解してくれた。


 ベティはドレスを着ることになっているけれど、サイズを測るとなれば、動かずにいなければならない。でも、ベティがじっとしているわけがない。というか、ベティくらいの子であれば動かずにじっとしているということが無理だ。


 となれば動かないでいたら、ご褒美を用意すると言うに決まっている。


 そのご褒美を食べにダイニングに向かうのはほぼ確定しているようなものだ。


 まぁ、仮に違っていたとしても言づてを頼めばいいだけだし、ルリであれば匂いを嗅げば俺たちがどこにいるかもわかるだろう。


 合流するのはそこまで難しいことじゃなかった。

 

「それじゃまた後でな」


「あぁ」


 ルリは若干うんざりとしたように頷いた。


 そんなルリに「ご愁傷様」と言い残して、俺はベティたちの元へと向かった。……棘のように胸に突き刺さるしこりを感じながらも、俺はフィッティングルームを後にした。

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