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rev2-30 穏やかな会話の裏に

「──ふむ。腰回りはわりと細めですね」


「臀部はまぁ、安産型というところですか」


「その分、胸がな、げふんげふん。慎ましやかでよろしいかと」


 淡々とした声とともにディスられる。


 そんなお昼前を過ごしながら、無の境地に至っている私です。


 両腕を水平に広げながら、背筋をぴんと伸ばしたままでいるというのはなかなか疲れます。

 なぜそんなことをしているのかと言えば、ドレスを作るのにサイズを測る必要があったからだそうです。


 なんでドレスを作ることになったのかと言うと、王国祭で国王様と一緒に過ごすのであれば、礼装をしないと外聞的にまずいということになったようで、こうして私は体のサイズを測られているわけなんです。


 でも、それだけであれば、まだよかった。


 サイズを測られながら、メイドさん方から逐一ディスられていますが、それでも私は元気です。元気なんですが、問題がひとつございまして──。


「この年齢でこのサイズとは。……いったいどういう生活をすればこのような」


「肌もしっとりとしていて、非常に羨ましいですね。まるで上質な絹のような」


「これは仕立てするのにも気合いが入りますね。最上質のドレスをご用意しましょう」


 ──サイズを測ってもらっているのは私だけではないということですね。ひとりひとり測るのは面倒だということで、ドレスを着るメンバーは全員が同時に測ることになりました。ちなみにドレスを着るのは私とベティちゃんとイリアさんの3人です。ええ、イリアさんとベティちゃんもドレスを着ることになったんです。


 おかげでさっきから胸が痛くて仕方がありません。成長痛とはこんなにも痛いものなのかと言いたいくらいにとても痛いです、と言いたいところですが、実際は成長痛ではありません。ええ、成長痛であって欲しいけれど、成長痛では決してないのです。


「ばぅ~」


「あー、動いてはいけませんよ、ベティ様」


「でも、じっとしているのにがて」


「我慢ですよ、我慢。我慢してくだされば、旬のフルーツを使ったスペシャルなケーキがご褒美で待っていますからね」


「ばぅん! がんばるの!」


「はい、その意気ですと言いたいところですが、また動いていますね」


「ばぅぅ~」


 ベティちゃんにはメイドさんのひとりが対応していますね。まぁ、ベティちゃんは5歳児くらいの女の子ですから、複数で測る必要がないということで、メイドさんひとりで対応しているみたいですね。


 ちなみにそのメイドさんはお子さん持ちのお母さんのようで、ベティちゃんの扱いがとてもご上手ですね。いえ、ベティちゃんというか、ベティちゃんくらいの子の扱いを熟知しているというところでしょうかね。


 ベティちゃんはわりと人見知りする子なんですけど、そのメイドさんにはとても懐いているように見えます。そのメイドさんもサイズを測るということ自体はうまく行っていないというのに、怒る素振りは見せず、それどころかとても楽しそうに笑っています。ベティちゃんも尻尾や耳をしょんぼりと垂れ下げながらも楽しそうにしていますね。ベティちゃんとそのメイドさんの一角はとても穏やかな時間が流れていて、非常に羨ましいです。


 でもですね。穏やかなのはそこだけなんですよ。


 正確に言えば、殺伐としているのはひとりだけと言いますか。


『あなた、本当に調子に乗りすぎじゃない?』


 あぁ、またですよ。また嫉妬の声ががががががが。


『その貧相な体のどこがいいのかはさっぱりと理解できないけれど、だからと言って調子に乗らないでちょうだい。旦那様は決してあなたなんかを愛しているわけじゃないの。あの方のご寵愛を向けられるのは私なのだから』


 イリアさんがじっと私を見つめながら念話でネチネチネチネチと嫉妬のお言葉をぶつけてくださっているのです。


 おかげで胸が痛いのなんの。


 まぁ、無理もないと言いますか。


 なにせ私の首筋には紅い痕がありまして、その痕を見つけたイリアさんは口元に冷笑を浮かべながら、ネチネチと念話で口撃を始めてくださったんです。


 別にレンさんとはそういう関係というわけではないんですよ。そもそも私はそういう関係になることを望んではいないのです。あくまでもレンさんが一方的にですね。でもそんなことを言えば、イリアさんの怒りと嫉妬が加速するのは目に見えているわけですから、私はこうしてなにも言わずにイリアさんの口撃に耐え続けるという光景に繋がってるわけなんです。

『旦那様に抱かれたこともない生娘風情が、調子に乗るのは目に余るのよね。調子に乗るのは、あの方に抱かれてからになさい。まぁ、そんなことをしたら本気でぶち殺すけど』


『どっちなんですか』


『黙りなさい。いまあなたに発言権はないの。生娘の分際で調子に乗らないで』


 下手に反論してもイリアさんの怒りが増す。かと言って、黙っていてもそれはそれで怒られる気がしてなりません。いったいどうしろと言うんですかね。


 とはいえ、そんなことを言っても自分で考えろと言われるだけなのは目に見えています。本当に私はどうしたらいいんでしょうね、まったくわかりません。


「──ふむ、こんなところですかね。そちらはどうですか?」


「こちらも終了です」


「少々お待ちください。……よし、終わりです」


「ばぅ、やっとおわったの!」


「はい、お疲れ様でした。ベティ様」


「ばぅん、おねーさんもなの!」


「ふふふ、そんなには疲れていませんよ。それではご褒美のケーキを食べに行きますか?」


「ばぅ! ケーキなの!」


「はいはい」


 サイズを測り終えたベティちゃんは元気よくぴょんぴょんと飛び跳ねています。そんなベティちゃんを見て、私とイリアさんのサイズを測っていたメイドさん方は、揃って口元を押さえられました。


「やだ、かわいい」


「なに、あのかわいい生物?」


「笑顔、尊すぎ」


「抱っこしたい」


「頭なでなでしながらケーキ食べさせたい」


「鼻血出そう」


 ベティちゃんのかわいさにメイドさん方は撃沈されてしまった模様です。まぁ、無理もありません。うちの嫁のかわいさは格別で──。


「……ベティちゃんはあなたの嫁はありませんけど?」


 ──イリアさんがどうしようもないものを見るように、とても冷たい目で私を見つめてくれました。


 ……どうやら私はまた口に出していたようですね。


「ばぅ?」


 でも、ベティちゃんはわかっていないようなのか、不思議そうに首を傾げるだけですね。

 

 やっぱりかわいいです。


 虐げられ続けたこの胸の痛みを癒やしてくれるのはベティちゃんだけです。あぁ、ベティちゃん成分を過剰に摂取しなければ。


「……だからうちの娘に欲情するなと何度も言っているんだが?」


 ベティちゃんを抱きしめようと距離を詰めていた私でしたが、その寸前でひょいとベティちゃんが抱きかかえられてしまいました。その犯人はイリアさん以上に冷たい目を、掃きだめを見ているかのような目で私を見てくださっていました。


「ばぅ、おとーさん!」


「お疲れ、ベティ。話は少し聞いていたけど、ケーキ食べるんだって?」


「ばぅん! おとーさんもたべよ!」


「うん、お呼ばれするよ」


「ばぅ!」


 すりすりとレンさんに顔をすり寄せるベティちゃんは、とても嬉しそうです。その証拠に灰色の尻尾がすごい勢いでぶんぶんと振られていますし。本当にレンさんが大好きなんだなぁと思うと、ちょっと胸が苦しいです。


「レンさん、半裸の女性がいる部屋にいきなり入るのは」


「いや、俺も女なんですけど?」


「女性がなんでタキシード着ることになるんですか?」


「だって、ドレスなんて似合わねえし。それにメイドさんたちが」


 ちらりとレンさんがメイドさん方を見やると、彼女たちは一斉に頷きました。


「レン様はどう考えてもタキシードでしょう」


「ドレス姿も見たくはありますが、やはりここは王道で」


「あえて邪道という手もありますが、王道の魅力には敵いませんからね」


「タキシードを着るときとは、後ろ髪をひとつ結びにすれば完璧です」


「絵になる光景です」


「考えるだけでパンが進みますね、ごちそうさまです」


 ……さきほどからおひとりだけなんだか言っていることがおかしい方がいらっしゃる気がしますけど、あえて気にしないでおきましょうかね。


「──ってわけだ。俺としてもドレスよりかはましだけど、タキシードはあまり着たくないんだよなぁ。……思い出してしまうから」


 最後にぼそりとレンさんがなにかを言われたけれど、あまりに小さくてよく聞こえませんでした。


 ですが、呟かれたときの目はひどく遠くを眺めていて、目の前にいる私たちの誰ひとりとて見ていないように思えました。それがなぜか胸をちくりと痛ませてくれた。


「おとーさん、ぽんぽんいたいの?」


「ん? いや、そんなことはないよ。ケーキ楽しみだなって思っただけ」


「おとーさんは、くいしんぼーさんなの」


「ははは、そうだな。お父さんは食いしん坊だからね」


 そんな光景もベティちゃんの一言で消えてしまった。いま目の前にいるレンさんは、いつものレンさんでした。親バカなおとーさんとしてのレンさんです。そのレンさんが昨夜私にしたことは、私の体にたしに刻み込まれていた。刻まれた痕をゆっくりと撫でながら、レンさんを見やる。


 レンさんは私を見ることなく、ベティちゃんと和気藹々とした会話を続けている。それはとても自然なもの。なのに私にはどこか不自然に感じられた。まるであえて見ないようにしているかのように。それがどうしてなのかはわからない。わからないまま、穏やかな親子の有り様を私は眺め続けていた。

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