rev2-29 血筋
「──さきほどは失礼した」
こほん、と咳払いをしてから国王様は謝られましたが、国王様が悪いわけではなく、油断しすぎた私が悪いのです。
……一番の原因は間違いなく、レンさんにあるわけですが、それを言うわけにはいきません。ひとまず言えることがあるとすれば、誰も悪くはないということくらいでしょう。
というか、そういうことにしておかないと、延々と謝罪合戦になってしまいかねませんし、国王様に延々と頭を下げて貰うわけにはいかないのです。私の平民メンタルがそろそろ限界に達しようとしていますから。
「いえ、国王様が悪いわけではありませんので」
「だが、結婚前の婦女子のあんなあられもない姿を見てしまった。国王としても、ひとりの紳士としてもしてはならぬことであった。そもそも早い時間に部屋を訪れたこと自体が無礼であった。理性的に考えれば、するべきではないことであった。申し訳がないといまは心の底から思っている」
「お気になさらずに。私がそもそも招き入れなければよかったということですし。まぁ、その場合は不敬ということになってしまいますが」
「いや、不敬にはならぬと思う。早朝にいきなり部屋を訪ねること自体が無礼なのだ。しかも相手は結婚前の女性となれば、余計に無礼であろう。たしかに余はこの国の王であるが、王だからといって、どんなことをしてもいいわけではない。国王であれば、どんなことでも許されるなどという法律はこの世界には存在しえない。……中には自らが法と称する国王もいるにはいるが、余は少なくともそんな無体なことを言う王になどなりたくもないし、なる気もない」
国王様は吐き捨てるように、唾棄すべきとでも言うかのように、とても苦々しい顔をされていました。
私はこの国から出たことがないからよくわからないのですが、「聖大陸」一の大国と謳われる「エルヴァニア」はあまりよくない噂を聞くことが多いです。その内容も国民を奴隷扱いしていたり、そもそも奴隷として売り払ったりしているとか。それも国王自らが率先して動いているという、誠しなやかな噂が流れてきているのです。
それがどこまで本当のことなのかはわかりませんけど、「エルヴァニア」のことを言われているのだとしたら、国王様の表情を見る限り決して間違いではないのでしょうね。
「……国王様のお気持ちはわかりました。ですが、私はそれでも国王様を責めるつもりはありません。なにせ油断しすぎた私も悪いのです。つまりお互いに悪いことをしていたということで、決着と致しましょう」
できる限りにこやかに笑いかけると、国王様は目を何度か瞬かせて、ふっと力を抜いて笑われました。
「……アンジュ殿には敵わないな」
「そんなことはないです。私はただの田舎の村娘ですから」
「ただの田舎の村娘、か。そうは見えないのだがね」
「え?」
国王様がぽつりと呟かれた言葉は意味がよくわからないものでした。
私はコサージュ村という辺境の村で育った。生まれがどの国なのかはわからないけれど、少なくともこの国出身だと思っています。まぁ、出身はこの国ですが、首都とコサージュ村ではあまりにも規模が違いすぎて、本当に同じ国なのかなと思わなくもないのですが。
それだけコサージュ村は辺境にある、本当に小さな村だったのです。それこそ首都に住まう方々が知らなかったとしてもおかしくないほどに。
その村で私は平凡な家の子として育ったのです。……平凡というには母さんがあまりにもエネルギッシュな人でしたけど。それでも他の家と比べても、特別に裕福というわけでもなかった。それこそお貴族様とは言えない生活をしていた。
だから私はただの田舎の村娘です。
なのに国王様はそういう風には見えないと仰いました。
どうしてそんなことを言われるのかがよくわからなかった。
「余にはあなたが貴族の娘のように見えるよ。それも下級貴族ではなく、それなりの格を持つ、代々受け継がれてきた高貴な血を繋いできた貴族であるように見える。まぁ、仮に貴族でなかったとしても余はそなたを好ましいと思っているよ」
国王様が笑う。その笑顔に私はなにを言えばいいのかわからなくなってしまった。
(私が貴族の娘? なにを言っているんだろう、この人は)
私の体にはそんな高貴な血など流れていない、はずです。
でも、私は自分の家についてのことをあまり知らない。
母さんも父さんも教えてはくれなかった。まるで知らない方がいいと言われているかのように、ふたりは私がどこで産まれたことも教えてくれなかった。
それでも私は自分が貴族の娘であるとは思えない。
コサージュ村のギルドではギルドマスターとして頑張っていたから、名士と言えば名士にあたるのかもしれないけど、成り上がりのようなものだから、高貴な血筋とはとてもではないけれど言えない。
それでも国王様は私が貴族だと、高貴な血を代々受け継いできたと断言していた。なんでそんなことが言えるのかもわからないし、どうしてそんなことを言われてしまったのかもわからなかった。
「あの、国王様」
「うん?」
「どうして私が貴族だなんて」
「そうだなぁ。匂い、かな?」
「匂い?」
「うむ。高貴な者というのは、どうやっても隠しようのない匂いがあるのだ。その匂いがそなたからは感じ取れた、というところかな? 余でも嗅いだことのないほどに濃い匂いがするのだ。そなたの血筋はもしかしたら、どの王家よりもはるかに尊い血を受け継いでいるのかもしれない。それこそ「リヴァイアクス」王家に匹敵するかもしれないな」
「「リヴァイアクス」王家ですか?」
「あぁ、そうか。公表されてはいないからな。まぁ、眉唾物として余は受け取っているのだが、海洋国家「リヴァイアクス」の王家は「水」の神獣であるリヴァイアサン様の裔であるそうなのだよ」
「神獣様の?」
「うむ。とはいえ、あくまでも眉唾物だと余は考えている。そもそも神獣様が人との間に子をなすとは思えん。そんなことをすれば、世界中の各国から狙われるだけだしな。ただ、そんな眉唾物の話を許されるくらいには神獣様からの覚えがあるということでもある。正直羨ましい話ではあるんだがな」
苦笑いしながら国王様は言われました。
でも、なぜか私は「神獣様と人が子をなす」という言葉がやけに引っかかっていた。
どうして引っかかるのかはわからない。わからないけれど、その言葉が妙に頭の中に残っていた。
「さて、そろそろ本題と行こうか」
国王様は襟を正すと、まっすぐに私を見つめられました。
本題。早朝に部屋に来られた理由。その理由を聞くことに私は集中しようとしたけれど、頭の中に残った「神獣様と人が子をなす」という言葉に気が向いてしまっていた。それでも私は国王様と向き合うのでした。




