rev2-25 祭りとプクレ
「──王国祭?」
所変わり、いま私はレンさんたちの部屋にいます。
部屋の中にはレンさんたち「シエロ」のメンバーは揃っています。その面々の中で真っ先に口を開かれたレンさんが発したのは、私が告げた内容そのものでした。
「ええ、ちょうど今日から一週間後にあるそうです」
「そういえば、そんなものがありましたね。何度か招かれていましたが、私自身は用事があってなかなか出席できなかったので、あまり縁がなかったのですが」
「おーこくさいってなに?」
「まぁ、簡単に言えば、祭りだな」
「おまつり? おいしいものいっぱいあるの?」
「あると思うぞ?」
「ばぅ! ベティおーこくさい、いきたい!」
レンさん以外の方々の反応はそれぞれにらしいものでした。特にベティちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねる姿が非常に愛らしいです。ああ、食べちゃいたい。
「……何度も言うがな、アンジュ。うちの娘に邪な視線を向けるんじゃない」
「こちらこそ何度も言いますが、これは邪ではなく、真っ当な愛情というのです」
「どの口が」
「この口ですが?」
レンさんの視線が怖いというか痛い。けれど私は負けずに言い返しました。レンさんの目がしょうもないものを見るように若干呆れているようでしたけど、そんなものは慣れたものです。
「……それでその王国祭がどうしたって?」
「国王様からお誘いがありました」
「お誘い?」
「ええ。一緒に回ろうと。それも皆さんも含めてです」
そう、私がレンさんたちの部屋にいる理由は国王様から王国祭をレンさんたちを含めて一緒に回りたいから伝えて欲しいというお願いを受けたからです。
要は使いっ走りをさせられることになったわけなんですが、その理由はいまいちわかりません。
そもそもレンさんたちに話を通したいのであれば、レンさんたちに直接すればいいだけのことですが、相手は国王様。この国で一番偉い方なのですから、あまり雑事に関われないということなのかもしれません。……なら私ではなく、使いの方を出せばいいだけな気もするのですけど、そこはきっと国王様にも国王様なりの深いお考えがあるということなんでしょうね、きっと。
「……ふぅん。まぁ一緒に回るのはいいけど」
レンさんは一応頷いてはくださいましたが、どうにも納得していなさそうなご様子でした。まぁ、いきなり国王様からお祭りに一緒に参加しようと言われても首を傾げるしかないので、当然と言えば当然です。実際私も「なんで?」と思いますからね。
けれど、相手は国王様。繰り返しになりますが、この国で一番偉い方です。その方直々のお誘いを蹴るなんて選択肢は最初からありませんし、ありえません。
それはレンさんたちもわかっている。だからこそ納得はしていないけれど、了承をしてくれたわけなのです。
「……なんでわざわざ俺たちも誘おうとしてくれたんだろうな、あの人は」
レンさんが言われた言葉は、まるで「アンジュだけを誘えばいいのに」という風に聞こえました。その一方で若干棘があるようにも聞こえます。
その棘が誰に向けたものなのかはわからない。なんとなく予想はできるけれど、本当にそうなのかがわかりません。
「まぁ、ベティがその気になっているから回ることは別にいいよ。ただし」
「なんですか?」
「食事代とかは国王様が持ってくれるのかな?」
レンさんは薄く笑って言ったのは、ちょっと呆れそうになるものでした。
「……あなた、国王様にたかる気ですか?」
「たかるとは失礼だなぁ。俺たちはゲスト側だ。ならばホスト側がもてなすのは当然じゃないか?」
「……むぅ。物は言いようですが、間違ってはいないですね」
「だろう?」
にやりと口元をこれでもかと歪めるレンさん。そんなレンさんにベティちゃん以外の全員が呆れましたが、たしかに間違ってはいないです。私たちがお城に泊まっているのも国王様がおもてなしをしてくれているからです。
本来なら宿に泊まるつもりだったのに、その宿が大幅にランクアップした結果、お城に泊まることになったわけです。……もうランクアップという枠に当てはまらない気もしますけど、国王様から城に泊まってほしいと言われたということは、私たちは歓待を受ける側ということです。となれば飲食は当然国王様が持つということはある意味当然のこと。レンさんはそう言いたいわけです。
たしかに理論的には間違ってはいない。ただ倫理的には間違っている気もしなくはないのですが、そのあたりのことを言ってもレンさんはのらりくらりと躱されるだけでしょうから、もういまさらですね。
「とりあえず、国王様には俺たちも参加するってことを伝えて」
「うむ、承知した。王国祭当日の飲食代はすべて余が持とう。豪遊されるとよいぞ」
国王様のお誘いを受けることを伝えて欲しい、とレンさんが言いかけたそのとき、扉の方からとても聞き覚えのある声が聞こえました。そのお声にベティちゃん以外の全員の動きが止まりました。
「あ、こくおーさまなの」
ベティちゃんはのほほんとその方のお名前を口にされました。
わかってはいたのですが、やはりそうですか。私は恐る恐ると振り返ると、そこにはニコニコと笑う国王様が立っておいででした。
「やぁ、ベティ。夜分に失礼するよ」
「きにしないでいいの。それよりもこくおーさま」
「うむ?」
「おまつりって、おいしいものいっぱるあるの?」
「ふむ、ベティの言う「おいしいもの」とはたしか甘い物だったね?」
「ばぅ。おにくは、きらいなの」
「……そうか。うむ、甘い物か。たしか、屋台で水飴の中に果物を包んだものなどが売っているね。あと、プクレという「魔大陸」発祥のお菓子があったはずだ。薄い生地にバルナとクリームを挟むというわりと単純なお菓子だが、その実奥深いものがこの国では人気だね」
「プクレ? プクレがあるの?」
「おや? ベティは知っているのかい?」
「ばぅん! ままがとくいなの」
「まま?」
ベティちゃんが初めて口にした名前に国王様が首を傾げるも、ベティちゃんは「プクレ、プクレ」と楽しそうに口ずさんでいます。そんなベティちゃんの姿はとても愛らしいのですが、空気は少しだけ張り詰めていました。正確にはレンさんの雰囲気が少し変わっていますね。
「……レン殿、いかがなされた?」
「いえ、なんでも。……そうか、プクレはこの国でも人気なんですか」
「あぁ、もともとは「エンヴィー」の老舗の屋台から始まったということだったが、その屋台の味に惚れ込んだ者がこの国でも作り、独自の発展をしたとされている」
「……そうですか。楽しみ、だな」
レンさんの右目が少しだけ潤んでいました。潤みながらも両手をなぜか見つめていました。それが意味するのがなんなのかはよくわからない。それからレンさんは国王様を改めて見つめられると──。
「いろいろとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」
「……承知した。当日はゆるりと楽しまれるとよい」
──静かに頭を下げられました。国王様はわずかに言葉を噤まれましたが、すぐに頷かれました。レンさんはありとうございます、と頭を上げられました。その際レンさんの右目から滴がこぼれ落ちたように見えましたけど、その意味はやっぱりわからなかった。なにもわからないまま、国王様との国王祭を巡ることは正式に決まったのでした。




