rev2-24 宣戦布告とお願い
「あー、うー、うー!」
用意された客室に戻ってきた私は、迷うことなくベッドにダイブしました。
ベッドにダイブするとそのままローリングを開始しました。ちなみに備え付けの枕をぎゅっとホールドしています。
枕ではなく、ベティちゃんであればもっといいんでしょうけど、さすがにそれはまだ早いのです。ちゃんと婚約をしてからではないと、ベティちゃんが私なしでは生きられない体になってしまうのはさすがに問題がありすぎますし──。
『……変態ロリコンが妹とか勘弁してほしいなぁ、お姉ちゃんは』
──お姉ちゃんの冷酷な一言が私の胸に突き刺さる。
どうしてこの姉はいつもいつも意地悪なんでしょうかね? 意味がわかりません。
『意地悪とか、意地悪じゃないとか関係なしにいまのはとっても気持ちが悪かったもの。吐き気がするくらいに気持ちが悪かったもの。反吐が出るくらいに気持ちが悪かったもの。血のつながりがあることを後悔したくなるほどに気持ちが悪かったもの。家族の縁を切りたくなるくらいに──』
「やめてください! そうしてネチネチとかわいい妹を虐めてなにが楽しいんですか、あなたは!?」
『かわいい? 自意識過剰にもほどがあるよ?』
「くぅ、ああ言えばこう言うんですから!」
お姉ちゃんの無慈悲な一言が再び突き刺さる。本当にお姉ちゃんは容赦がありません。容赦と言う言葉を母さんのお腹の中にでも置いてきてしまったんじゃないですかね、この人は。
『それを言うのであれば、貞淑と言う言葉をアンジュは母様のお腹の中に置いてきたんじゃないの?』
「うぅ」
まさかのカウンターでした。
狙い澄ました一撃が私の胸をこれでもかと抉ってくれました。おかげで胸が痛くて痛くて仕方がないです。
「この成長痛に似た痛みがどれほどのものなのかはお姉ちゃんにはわからないです」
『……成長痛? その貧相な、おっと失礼。あるかないかわからないような胸に成長する余地なんてあるの? そもそも年齢的に考えると、そろそろ──』
「やめてください! 客観的な事実を口にするのはやめてください! 今度こそ死んでしまいます!」
やはりお姉ちゃんは容赦がありません。どうしてこうもかわいい妹相手に容赦ない一言をずばずばと突きつけられるんですかね、この姉は!? まったく意味がわかりませんよ。そんなに私を虐めるのが楽しいと言うんですか!?
『馬車の中でも言ったと思うけど? とてもとても楽しいよ?』
「この悪魔め!」
『お姉ちゃんの旦那様を寝取ろうとするアンジュが悪いんだよ。お姉ちゃんはこんなにもアンジュのために親身になってあげているというのに、そのお姉ちゃんの愛情にアンジュは応えてくれるどころか、お姉ちゃんから最愛の人を奪い取ろうとする最低の裏切りをするんだもの。誰がどう考えてもアンジュが悪いでしょう?』
「だ、だからそんなつもりはなかったんですってば!」
枕を抱いたまま叫ぶけれど、お姉ちゃんは「うそくさーい」と言うだけです。どうしてこの姉は私の話を聞こうとしないんでしょうかね? そもそもお姉ちゃんの言うことだってどこまで本当なのかもわからないというのに。
『少なくともアンジュの首筋のそれが旦那様が付けたものだってことはわかるよ? だって旦那様がキスマークを付けるときは、いつもその辺りだもの。……見えちゃうからダメって言うのに、旦那様ったら「誰の女かわかるようにする」とか言って聞いてくれないんだよね』
「そんな話は聞きたくないんですけど!?」
なにが悲しくて、そんな赤裸々な話を聞かにゃならないのか、意味がわかりません。そもそも意味があるのかもわかりませんけどね。
『だからわかるんだよね。それは旦那様がつけたキスマークだって。大方アンジュが旦那様を籠絡したんでしょう? よくまぁそんなぺったんこな胸で旦那様をとは思うけど』
「ぺったんことか余計なことを言わないでほしいんですけど!?」
『だってぺったんこはぺったんこだもん。起伏が一切ないもの。私と同じ血が流れているのに、どうしてそんなに胸がないのか、お姉ちゃんにはさっぱりと理解できないし』
お姉ちゃんの怒濤の攻めが止まらない。これでもかと私の胸を抉り続けてくれますよね、本当に!
『とにかく、アンジュのそれはお姉ちゃんに対する宣戦布告だとお姉ちゃんは受け取ったの。こんなにもアンジュのためにいろいろとしてあげているのに。その恩を仇で返すなんて。ひどい妹もいたものだよね」
「そんなつもりはないんですってばぁ!」
『どうだかねぇ~』
お姉ちゃんはまったく私を信じてくれません。どうしてこんなにも信じてくれないのやら。それだけお姉ちゃんにとってレンさんにキスマークをつけられたという行為は許しがたいものということなんでしょうけど。
「もう勘弁して欲しいですよ」
『……まぁ、そろそろからかうのもやめようか。まだいくらか腹立たしいけれど、お姉ちゃんは優しいから許してあげるのです』
「さいですか」
『ふふん、お姉ちゃんの心の広さに感激するといいよ』
お姉ちゃんは得意げに言いました。もし実体があれば、これでもかと胸を張っていたでしょうね。でも、そのことよりも私の意識が向いていたのはレンさんのこと。レンさんが私にしたことでした。
「……なんでレンさんは」
お姉ちゃんは確信しているそうですが、レンさんが私の首筋にキスマークをつける理由が私にはわからなかった。だって私はお姉ちゃんの妹だけど、お姉ちゃんではありません。とてもよく似ているそうだけど、それでも別人でしかない。そんな別人の私になんでそんなことをしたのか。
『……旦那様がなにを考えているのかはわからないよ。でも、きっと旦那様はアンジュを誰にも渡したくなかったんじゃないかな?』
「私を?」
『そうでもないとキスマークなんてつけないでしょう、普通は』
「それは」
たしかに私を誰にも渡したくないからこそ、キスマークをつけたというのはわかる。ただ、どうしてそんなにレンさんが私に執着するのかがわからない。
お姉ちゃんに似ていても私は別人だった。その別人の私にお姉ちゃんを重ねているというのでしょうか。それとも──。
『……さっきも言ったけれど、旦那様がなにを考えているのかはわからないよ。でも、ひとつ言えることがあるとすれば』
「すれば?」
『アンジュにも渡さないからね。旦那様の正妻の座は私のものなんだから』
お姉ちゃんははっきりと宣言しました。もしお姉ちゃんがいまこの場にいたら、私と同じ色の瞳には闘志が燃えさかっていたことでしょう。とはいえ、そんなことを言われても私にはどうすることもできないわけですけどね。
「……渡さないって言われても、私はレンさんのことは」
『……そうだといいけどね』
ぼそりとお姉ちゃんが呟いた言葉はうまく聞こえなかった。「なんて言ったの?」と聞き返そうとしたそのとき。
「アンジュ殿、余だ。少しよいだろうか?」
ノックの音と国王様の声がドアの方から聞こえたのです。
私は慌ててベッドから降りると、ドアへと向かいました。
「どうされましたか、国王様」
「……いや、少し話がしたいと思ったんだが」
国王様はなぜか微笑ましそうなお顔で私を見つめられていました。いったいどうしたのでしょうか。
「枕を掻き抱くあなたもなかなかに絵になるものだな」
くすくすと国王様が笑われたことで、枕を抱きしめていたことをようやく思い出しましたが、すでに後の祭りでした。
「……し、失礼しました」
「いやいや、突然部屋を訪ねた余が悪い。気になさらないでほしい」
「で、ですが」
「余としてはそなたの新しい一面を見られて眼福であるのだ。気にしないでくれると嬉しいな」
本当に年下なのかと思うくらいに国王様には余裕がありました。かえって年上であるはずの私の方が余裕がないという事実。非常に悲しくなりました。
「さて、まずは部屋の中に入れさせて貰ってよろしいかな? 話があるのだ」
「あ、はい。どうぞ」
国王様からのお話。いったいどんな内容なのだろうと思いながら、私は国王様を部屋の中にと招き入れました。国王様は失礼するよと一言言われて部屋の中に入られるとそれまでの余裕は不思議となくなり、どこか緊張された面持ちになられると──。
「実はアンジュ殿にお願いがあるのだ」
「お願いですか?」
「うむ。それはだな」
──いくらか躊躇した様子でゆっくりと口を開かれると、そのお願いを口にされたのでした。




