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rev2-21 移り変わっても変わらぬもの

 移り変わっても変わらぬものがある。


 まだ年少と言っていい年齢であるのに、その言動にはたしかに頷けるものがある。そう言う意味ではたしかにこの子は王であるのだろうと思う。


 見た目で言えば、ベティよりもいくらか年上のお兄さんってところなのに。それこそ地元の近所に住んでいた子たちと年齢はそう変わらないはずなのに、その有り様はまるで違っている。


 それだけ背負うものがあるということ。それだけの重たいものを背負わされ続けてきているんだろう。それでも彼はそのことをまるで気にしていないかのように振る舞っている。輝かんばかりの笑顔を浮かべ続けている。そんな有り方を見て哀れと思う人はいるのかもしれない。


 でも、俺には彼の有り様は哀れとは思えない。


 むしろ、敬えるくらいだ。


 年齢から考えれば、街中を走り回って遊んでいるのが当たり前だろう。決して机の前で大量の決済待ちの書類を抱えたり、国に住まう人々のために知恵を振り絞ったり、飢饉や天災で人々の死を聞いても表面上での動揺を見せないようにするなどしなくてもいい年齢のはず。

 それでも彼はその年齢で国を治めている。国を治める王として立ち続けている。その双肩にどれだけの重圧があるのかは俺にはわからない。わからないけれど、すぐそばで見てきてはいる。


「彼女」もまた王だった。


 仰ぎ見られるべき王だった。


 常に浮かべていた笑顔の下にはどれだけの重圧があっただろうか。どれだけの悲しみがあっただろうか。どれだけの孤独の中にあっただろうか。


「彼女」は一切そんなものは見せなかった。俺には決して笑顔という仮面の下にあったものを見せることはなかった。


 そんな「彼女」にいつしか惹かれていた。いや、いまでも俺の心には「彼女」がいる。とても深いところに「彼女」はいてくれている。


 ずきりと胸が痛む。


 胸の中を抉られた記憶が鮮明に蘇ってくる。「彼女」の手が、俺の血で濡れた「彼女」の手──レアの手が俺の胸を抉り心臓を握りつぶそうとした記憶が鮮明に蘇る。


 あのときのレアはいつものレアじゃないと思っていた。


 だけど、いま思えばあれは本当にいつものレアじゃなかったのか?


 本当はいつもあれほどの愛憎の中にあったんじゃなかったのか?


 俺はレアを蔑ろにしたつもりはなかった。


 逆に蔑ろにされていたことはいくらかあった気はするけれど、俺が彼女を蔑ろにしたつもりはなかった。


 それでも彼女の中にはいつも不安や不満があったのかもしれない。


 その不安や不満を俺を蔑ろにするということで、多少は晴らしていたのかもしれない。


 それでもすべてを解消することはできなかった。


 その解消しきれなかったものが形を成してしまったのが、あのときだったのかもしれない。

(……本当に俺は大馬鹿野郎だな)


 わかっているつもりでいただけだった。


 本当はなにもわかっていなかったのに、わかっているつもりでい続けてしまった。

 

 それがどれだけ彼女の心を蝕んでいたのかもわからずに、ただ彼女の浮かべる表面上の笑顔とその笑顔の下にあるものを一切見ようとしていなかった。


(……なにもかもを失ってしまうのも当然だったのかもしれない)


 年少の王の有り様を見て、レアの抱えてきたものを理解するなんて、酷い皮肉だ。いや、理解してはいないか。理解できたなんて考え自体が傲慢なんだろう。俺はなにも理解していない。だからすべてを失った。


 すべてを失ったのは俺の傲慢さが原因なんだと思う。その傲慢さは世界を破壊するという目的を得てしまっている。


 すべては俺の傲慢さが招いたことだったというのに。それを認めず八つ当たりのように世界を壊そうとしている。


 どれだけくそったれな世界であったとしても、この世界で懸命に生き続けようとしている人々はたしかにいる。アンジュやコサージュ村の人々はまさにそういう人たちだった。世界の不条理を知りつつも、その不条理の中でもがきながらも必死に生き続けていた。


 くそったれな世界を少しでも変えようと、あがき続けている人たちだっている。レアや目の前にいる少年王はその典型だろう。不条理に晒される人々を少しでも多く救おうとする有り様は決してまねのできないものだ。


 そんな人々のいる世界を俺は壊そうとしている。


 それも自分勝手な理由でだ。


 俺のようにすべてを失った人は、何人もいるだろう。


 俺のように世界を呪いながらも、実際に世界を壊そうとするわけもない。そんな力なんてそうそうあるわけがないのだから。


 だけど、何の因果か俺にはそれができる力が少しはあった。それだけで世界が壊せるとは言わない。


 壊せるわけがないけれど、もう指を銜えて見ているなんてことはごめんだ。たとえ道半ばで倒れたとしても、決して頭を垂れたままではいられない。


「レン殿。いかがなされた?」


 不意に少年王から声を掛けられた。見れば彼は怪訝そうな顔で俺を見つめている。いや、彼だけじゃない。アンジュもまた同じ顔で俺を見つめていた。それぞれに視線を向けつつも、自然と視線はアンジュの首筋にある痕を見つめてしまう。昨夜俺が刻み込んだもの。彼女が俺のものであるという証。俺の女にしたという証。……実際はそんな関係ではないはずなのにも関わらず。


「……なんでもないですよ」


「そうか? レン殿のお顔はよくわからんが、そのわずかに見られる右目がどこか悲しみに暮れていた気がしたのだが」


「……この国に来る前のことを少し思い出していただけですよ」


「この国に来る前か。レン殿は以前どこにおられたのだ?」


「この国に来る前は、「魔大陸」にいましたね。ちょっとした商売をしていましたが、いろいろとありましてね」


「ほう、商売か。いったいどんなものを?」


「……そうですね。一言で言えば、仲介業ってところかな? そこそこにもうけはありましたよ。さすがに星金貨を稼げるほどではありませんでしたが」


「それがいまやこの国にいるか。いったいなにがあったのだ?」


「それはさすがに勘弁願いたいですね。……あまり人に語るべき内容ではないので」


「そうか。いや、失礼をした。申し訳ない」


「いえ、お気になさらずに」


 ついついと話しすぎてしまった。


 語るべきではないのに、語ってしまった。


 この少年王は本当に人誑しだと思う。


 アルクが心酔するのもわかるほどに。


 その少年王を惚れさせてしまったアンジュ。もしこの場にカルディアがいたらなんて言っていたのだろうか。


 俺にはわからない。


 そして思う。


(レアのことを考えていたはずだったのに、気づいたらカルディアのことを考えてしまっていたな)


 一番俺のそばにいたレアよりも、わずかな間一緒にいたカルディアのことばかり考えてしまう。


 これではレアが愛憎を抱くのも当然だったのかもしれない。


 いまつくづくに思う。


 そんな自分を呆れながらも馬車の窓から見える移り変わる景色を、変わることのない思いを抱きながら眺め続けていた。

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