rev2-20 移り変わっても変わらぬもの
朝食も無事に終わり、国王様は約束通りに街の案内を買って出てくださいました。
もっとも今回はお忍びというわけにはいかず、お城から馬車を使ってという形になりましたが。
馬車はゆっくりと街並みを進んでいく。振動はそこそこありましたが、気になるほどではなかった。
それは一緒に馬車に乗っているレンさんたちも同じようで、馬車の振動に体を揺らしながらもまったく気に留めていないようでした。ベティちゃんは「がたん、ごとん、がたん、ごとん」と馬車の揺れを口ずさみながらご自身でも体を左右に揺らしていました。とてもかわいいです。
そんな馬車の中で国王様はとても楽しそうに窓から見える風景を指差していました。
「あれが我が都の中央広場だ。……もっとも、我が城に向かう際にも一度通ってはいるが、こうして馬車から見るとまた違って見えると思う」
国王様が指差したのは昨日の昼にも通った中央広場でした。
中央広場にはとても大きな時計がありました。大きな時計を上部に置いた背の高い建物があった。塔というほどの大きさはないけれど、館と言ってもいいくらいの立派な建物。その建物の上部にある大きな時計。その時計はゆっくりと時を刻んでいる。その建物を中心にした広場には様々なお店や屋台があり、とても賑わっていました。
「歩いているときとはまた違いますね」
国王様は「そうだろう」と頷いていました。
馬車に乗るのは考えてみれば、これが初めてでした。あくまでも私が覚えている限りは、ですけど。もしかしたら子供の頃に、それこそ産まれて間もない頃に乗っていた可能性もあるけれど、本当にそうだったのかはわからない。少なくても物心が付いてからはこれが初めてでした。
そんな初めての乗車体験を経ながら、中央広場を改めて見てみると、歩きとはまるで光景が違うように思えた。
歩きでもあの大きな時計は見たけれど、歩きでは見上げていたら首が痛くなるほどでした。でも、馬車の中からだと見上げなくても少し視線を上げるだけでいいのだから楽なものです。
加えて歩きだと、他の歩行者との距離を考えなければならないのに、馬車だと距離なんて考えなくてもいいのです。
視線を上げたまま、体を預けているだけで移動できる。とても素晴らしいことですし、とっても楽です。
お金持ちというのは、こんなにも楽な移動方法をしていたのかと思うと、とても羨ましくなります。むしろ嫉妬しそうです。
「アンジュ殿は馬車に乗るのは初めてなのかな?」
「……お恥ずかしながら」
「いや、気にすることではなかろう。そなたは一般人なのだ。一般の者の中で、馬車に乗られる者はそう多くはない。せいぜいは乗り合いの馬車などの不特定多数の者と一緒に乗るものくらいだろう。この馬車のように特別なものに、特定少数の者のみが乗れる馬車に乗ることなどあるわけもあるまい」
国王様は馬車の窓に触れながら、誇らしげな笑みを浮かべられていました。ご自身の立場を誇っているというよりかは、馬車自体を誇っておいでのように思えます。よく見てみれば、馬車はかなり年代もののようで、ところどころに傷や沁みがあった。およそ国主が乗るに相応しいとは思えないものです。それらを国王様は誇らしいように目を細めて見つめておいででした。
「この馬車は曰く始祖王の時代から使っているそうだ」
「そんな年代ものなんですか?」
それまで黙っていたイリアさんがとても驚いていました。そんなイリアさんの反応に国王様はしてやったりという具合に楽しそうにお顔を歪められました。
「ふふふ、さすがに車体すべてが当時のものというわけではないようだが、車体の一部は当時のものを補修しながら使っている。例えば、この座席は始祖王が実際に座っていたという話だ。実際にそうなのかはさすがにわからないが、座席周りの傷みを見る限りはかなり年代ものであることは間違いない」
国王様が傷のひとつに触れる。その傷は剣での切り傷のような細長いものでした。
「例えば、この傷は始祖王の命を狙った暗殺者の剣でのものとされる。始祖王は暗殺者を一蹴したが、その斬撃による傷が座席に刻まれることになったのだ」
そう語られてから今度はその近くにあった黒い染みに触れられました。
「これは始祖王から時代が下り、ちょうど十代目の王の側近の血の染みとされている。王がバンマー狩りに出かけた際、体格の大きなバンマーが角を向けて突進してきたそうだ。そのバンマーから王を庇った側近がいた。その側近はどうにか命をつなぎ止めることはできたが、大量に血を流していたそうだ。その側近の手当をした際にできた染みということらしい」
「……もしかして、すべての傷や染みの逸話を知っているので?」
レンさんが恐る恐ると尋ねると、国王様は静かに頷かれました。
「この馬車はいろんな時代を駆け抜けてきたのだ。その時々の王がこうして腰掛けながら、国への想いを抱いてきた。時代が下るにつれて、人々は移り変わっても、この馬車も一部は変わってもすべてまで変わることはなかった。それはいまも同じだ。移り変わっても、すべてが変わるわけではない。それをこの馬車は示してくれている。それが余は好きなのだよ」
嬉しそうに笑いながら、国王様はまた窓の外を眺められました。すでに中央広場は遠く過ぎ去っていた。でも、窓の向こう側にはあの大きな時計だけはまだ見えていた。
移り変わっても、すべてが変わるわけではない。その言葉はいま目の前にある光景にも同じ事が言える気がした。
「……少し湿っぽくなったな。次はそうだな」
国王様は顎に手を当てながら次の目的地を御者の方に伝えられました。馬車の進路がゆっくりと変わっていく。景色はまた移り変わり、人もまた移り変わっていく。それでも変わらないものはたしかにあって、その変わらないものを眺めながら私たちは国王様による首都の案内を受けていくのでした。




