Act0‐15 「英雄」とは その二
気づいたら、PV500突破していました。ありがとうございます。
ちなみに、今日は例の日とだけ言っておきます。
「人材っていうのは」
「そなたのことだ、カレン殿。まさか「英雄」の素質を持った者が、転移してくるとは思ってもいなかったぞ」
「その「英雄」の素質ってのはこれのことですか?」
右拳を見つめながら、ためしに光れ、と呟いてみた。すると右の拳が、金色に輝きはじめた。輝くのは右の拳だけではなく、左の拳もまた輝いていた。止まれ、と言うと、光はふっと消えてなくなった。どうやら俺の思うとおりに操れるみたいだ。
異世界転移ものにありがちな三つ。身体能力が超人クラスになる、万能といっても過言ではないほどに居力なうえに、自由に使えるチートなスキル、ありえないほどに高性能な、ゲームであれば、クリア後に挑戦可能な裏ダンジョンでしか入手できない装備を最初から持っている、みたいなのがある意味お約束だ。
俺には装備は最初からなかった。あったのは、駅前のコインロッカーの鍵(七百円)だけど、いまはすでにない。
かといって、身体能力も常人レベルか、ちょっと上くらい。小さいころから、それなりに鍛えていたからか、そこそこ俺は動くことができる。まぁ、運動系の部活で全国に行けるほどに優れてはいないけれど。
最後のチートスキルだって、めぼしいものはなにもない。そもそもこういう転移もののお約束である、鑑定スキルだってないのだから、チートスキルなんて持っているわけがない、と思っていた。ないない尽くしで、最初から詰みコースになると思っていたところに、まさかのチートスキルが発現するとは。神様からの贈り物かなにかだろうか。このタイミングで発現するとか、「お約束」をわかっているようにしか思えない。神様っていうのは、なかなかにいい性格をしているのかもしれない。
もっともラースさんのいう「英雄」の素質とやらが、本当にチートスキルであれば、の話だった。もしかしたら、単純に拳が光って、ちょっと威力が上がる程度のスキルな可能性だって十分にありえた。ここにきて、あげて落とすのはもう勘弁してほしいところだけど、その可能性は否定しきれないのも事実だった。俺はラースさんの続く言葉をひたすらに待った。
「ああ、その金色の光のことだ。それは「英雄」のみが行使できる、いや、「英雄」にしか発現できない「天」の力だ」
「「天」の力」
「ああ。六つの属性のうち、「光」の系統に属するものだ」
「六属性っていうと、火、水、風、土、闇、光ってところですか?」
「さすがに知っているようだな。「天」は「光」の最上位に値する、人間が扱える最強の力と言われている」
「さ、最強の力」
まさかの最強という言葉が来るとは。まさしくチートスキルだ。この力があれば、Sランク冒険者になれるんじゃないか。いきなりは無理でも、Bランクからの出発というのは十分に考えられた。
「じゃあ、冒険者になれば、最低Bランクも夢では」
「いや、それは無理ですよ、カレンちゃん」
俺の希望をあっさりとエンヴィーさんは否定してくれた。一瞬言われた意味がわからなかった。というか、またあげて落とされてしまうのか、と少し怖かった。
「「天」の力を行使できるのであれば、登録後すぐにBランクに上がることはできるでしょう。いえ、Bランクどころか、Sランクになれる可能性だってあります」
ですが、とエンヴィーさんは表情を歪めた。「天」の力があるだけでは、不十分なのだろうか。実績が必要とか。実績が必要とかは十分に考えられる。冒険者における最高ランクなのだから、当然実績は必要だろう。というか、ランクをあげるには、それなりの実績が必要だろうから、「天」の力があるといっても、冒険者の仕事をなにもわかっていないような奴が、最高ランクに仲間入りとかはさすがにありえないだろう。
「やっぱり実績が?」
「まぁ、それもなくはないですが、「英雄」の素質持ちの人間は「聖大陸」の王の誰もが探し求めていますので、実績云々はさほど重要ではなくなります」
「じゃあ、なにが問題なんです?」
「「英雄」の素質を持った異世界人がいる、ということが最大の問題なんですよ」
「え?」
異世界人は、「英雄」になってはいけない、と言われているような言葉だった。異世界人差別ってやつなのだろうか。
「あー、差別ではないぞ? カレン殿。単純にだ。この世界のことをよく知らぬ者が、いわば世界最強の力をもってしまっているというのが問題なのだよ」
「もしかしたら、なにも知らないことをいいことに、利用されかねない、と?」
部屋にいた全員が、深々と頷いていた。あー、なるほど。それはたしかに危険かもしれない。「英雄」の素質だの、最強の力だのと言われはしたけれど、俺としてはいまいちぴんと来ていない。だが、それは俺が異世界人だからなのであって、この世界「スカイスト」の住人にとって、「天」の力がある、というのがどういうことなのかは、容易に想像できた。
例えるなら、少年野球のチームにひとりだけ、トップクラスのプロ選手並みの能力を持った子が入団してくるようなものか。しかもその子は自分がどれほどにすごいのかをまるでわかっていないとしたら。普通に考えれば、利用されるだろうな。それも無知なことをいいことに、好き勝手に利用される。それがまだその子の将来につながることであればいいけれど、下手をすればその子の将来が断たれるほどに酷使される可能性がある。無理がある、たとえではあるけれど、要はそういうことだろう。たしかにそれはまずいかもしれない。それもとびっきりにだ。
「まぁ、カレンちゃんは幸いなことに、この世界のことを多少知ってはいますので、そう簡単に騙されたり、利用されたりすることはないでしょうが、余計な火種はないほうが賢明ですね」
「ということは、隠しておいたほうがいいってことですか?」
「ええ。平凡で、どこにでもいるような新人冒険者のほうが、なにかと都合がいいと思いますよ。この世界のことを詳しく知らなくても、異世界人だ、と言っておけば納得してもらえますし、かえって「天」の力を使えるというよりかは、好意的に接してもらえる可能性は高いでしょう。新人でなおかつ、カレンちゃんみたいにかわいい子が相手であれば、気を使ってもらえるでしょうし。まぁ、よからぬことを考える者もなかにはいるでしょうが、その場合は私の名を出せば、すぐに引き下がるでしょうね」
「俺がかわいいかどうかはおいておくにしても。下手に強い力を持っているというよりかは、嫉妬を買うこともなければ、かえって同情してもらいやすい、と」
「ええ。まぁ、どちらを選ぶかはカレンちゃん次第ですが、どうします?」
ちょっと考えなしだったかもしれない。たしかに下手な強い力を持っているよりかは、人並み程度から始めたほうがいろいろと面倒もない気がする。その分稼ぐにはやはり時間がかかる。
「「天」の力があっても、星金貨一千枚を稼ぐには難しいか」
「まぁ、あくまでも戦闘に関することですからね。ただいろいろと箔をつけるにはいいかもしれませんね。カレンちゃんが、自分のクランを持つようになったときに、マスターが絶大な力を持っているというのは、宣伝にはいいことです」
「クラン?」
「あー、要は冒険者のチーム、とでもいえばいいですかね。複数、それも数えきれないくらいのクランが所属しているのが、冒険者ギルドというものなので」
「クランが複数集まって、所属している」
「どうしました? カレンちゃん?」
なんかピンと来た。ただそれがなんなのかは、まだわからない。が、それがとても有用なものであることはわかった。エンヴィーさんが心配そうに俺を見つめているけれど、いまは答えられない。それよりも閃いたなにかを、形にするのが先決だった。




