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rev2-7 孤児院にいる者

 孤児院の中は見た目同様にとてもきれいでした。


 まず私たちを迎え入れたのは、かつての礼拝堂。母神様が両手を広げたブロンズ像が最奥に置かれているのは、コサージュ村のそれと変わらない。違うのは、そこに生活感が加わっているということ。具体的に言えば、長椅子と長椅子の間に長いテーブルが置かれており、そのテーブルの上には勉強道具が置かれているのです。中には私物であろうぬいぐるみなんかも置かれていた。


「ここは普段子供たちが勉強に使っています。もちろん、勉強の時間の前には母神様へのお祈りも捧げていますよ。大変な目には遭ってきた子たちですが、なんだかんだで無事に過ごせているのも母神様が見守ってくださっておられるからですからね」


 シスター・アルカのお言葉は、敬虔な信徒そのもの。孤児である以上は、大変な目に遭ってきたんでしょうが、いまは平穏無事に暮らせるということは、シスター・アルカの言うとおり、母神様が見守ってくださっているからというのはわりと当たっているのでは。


 その証拠に母神様のブロンズ像は穏やかに笑っておいでのように見えました。母神様も子供が好きでしょうし、その子供たちの幸せを願うのは当然のことなんでしょう。


「……あれがそんなタマなものかよ」


 ぼそりとルリさんがなにかを呟かれましたが、あまりにも小さすぎてなにを言われたのかはわからなかった。


「ルリさん、いまなにか?」


「……いや、なにも? 気のせいではないか? 我はなにも言っておらぬが、どうにも疲れているようだ。休める場所に行きたいのぅ」


「ベティもつかれたの」


「左様ですか。では、食堂に行きましょうか。あそこでしたら、座って休むこともできますからね」


「苦労を掛ける」


「いえいえ、ルリさんたちほどのご年齢の方であれば、疲れやすいのも当然でしょうから。お茶とお菓子もご用意しますね」


「おねえさん、ベティもほしいの」


「はいはい。ベティちゃんのもご用意いたしますね」


 くすくすと口元を手で隠しながら、シスター・アルカは笑っておいででした。その笑みを見ると、この人が子供がお好きなことはよくわかります。まぁ、子供好きでなくてもベティちゃんのかわいさがわからない人なんているわけがありませんがね。私なんてベティちゃんの声を聞くだけで、食べちゃいたいくらいにかわいいなぁと思ってしまうので──。


「……すみません、シスター・アルカ。この変質者にはできるだけ子供たちとふれ合わせないようにしていただけませんかね?」


「……えっと、そうですね。ベティちゃんくらいの年齢の子もいますが、その子たちにはあとで言い聞かせておきましょうか」


 レンさんとシスター・アルカが風評被害となることを仰ってくださいました。それにはさすがに抗議するしかありません。


「ちょっと待ってくださいませんか? なんですか、その変質者って。私は変質者ではありませんよ! 私はあくまでもベティちゃんの溢れすぎるかわいさの被害者であるだけであって!」


「……なら、ベティが「アンジュおねえちゃんのおよめさんになるの」と言ったら?」


「そうですね。全財産を使ってでも新居となる豪邸を用意しますよ。むろん、それ以降もベティちゃんを悲しませることも、苦労させることもなく、最高の生活が行えるように努力を」


「というわけなので、よろしくお願いしますね、シスター・アルカ。この変質者には一切手心を加えられないことをおすすめします」


「左様ですね。では、そのようにいたしましょう」


 レンさんとシスター・アルカは笑いながら仰いました。でも、笑っているのに私を見やる目はまるで生ゴミを見るかのような、とても蔑んだものでした。なんでそんな目を向けられるのかが私には理解できません。私はただベティちゃんへと向ける溢れるパッションを口にしただけだというのに。


「アンジュ殿」


「は、はい、陛下」


「……私はあなたの趣味をどうこう言うつもりはないから、あまり気にせずにな?」


 国王様はフォローしてくださったようで笑っていました。笑っているのに、若干距離が遠いように見えたのは気のせいではないでしょうね。


「ベティはおとーさんのおよめさんになるの。アンジュおねーちゃんのおよめさんにはならないもん!」


 ぷくっと頬を膨らまして不満を露わにするベティちゃん。その仕草ひとつとっても非常に愛らしい。思わず頬が緩んでしまいましたね。ですが、それだけでもレンさんたちは「うわぁ」と言うかのように引いた顔をされていたのがとても印象的でした。私がなにをしたというのか。納得できない光景でした。


「……とりあえず、こちらへどうぞ」


 シスター・アルカは咳払いをすると、かつての礼拝堂を出て、廊下へと向かわれました。そのあとを追って廊下を出ると、廊下は隅々まで掃除が行き渡っており、埃ひとつさえ落ちていない。当然、ゴミなんか落ちているわけもない。そんなとても清潔な廊下を歩いて行くと、途中で「そうだ」と国王様がなにかを思い出されたようでした。


「あの者はどうなっておる?」


「あぁ、あの方ですか。この間陛下がお越しになられたときは、まだ平常ではありませんでしたけど、いまはだいぶ落ち着かれておいでですね」


「そうか。お腹の子はどうなのだ?」


「そちらに関しましてもお医者様にお伺いする限りは無事のようですね。少し前までは錯乱状態にあったので、お腹の子にも支障を来す可能性がありましたが、あの方も「この子だけは」と必死でしたから、支障を来すことはないと個人的には思っていましたけど」


「そうか。そこはさすがに知り合いということもあるのかな?」


「あくまでも私の知己というわけではないですけど。弟を通しての知人ということですから」


「それでも世話をしているのだろう?」


「……困ったときはお互い様ですからね」


 国王様とシスター・アルカはふたりの間だけでわかる会話をされていましたが、話の内容からして誰かを孤児院でお世話されているようでした。それも内容からして妊婦さんのようです。しかもシスター・アルカさんの弟さんであるアスラさん関係の方のようです。


「あの、その方ってアスラさんのいい人とか?」


 恐る恐ると、シスター・アルカと国王様にお尋ねすると、おふたりはお顔を見合わせて「違う」と手を振られました。


「その方はアスラにとっては友人になるんでしょうかね。友人でも戦友というか」


「うむ。少なくとも恋愛関係ではないのぅ。むしろその関係になるのは別の友人であったな」


「ええ。アスラとアルクも非常にやきもきしていて、「早くくっつけ」と急かしていましたねぇ」


「そうだったな。我も謁見したときの雰囲気から秒読み段階だと思っていたよ。それほどに似合いのふたりであった」


 穏やかな表情でシスター・アルカと国王様は語られました。その内容を聞く限り、非常にお似合いのおふたりのようですが、なかなか進展がなく、アスラさんも勇者様もやきもきするようなお方たちだったようですね。いったいどういう人たちなのかと──。


「……その方に会わせていただけますか?」


「え?」


 ──不意にレンさんがそんなことを仰ったのです。その目はとても真剣なものでした。


「えっと、いまは落ち着いておられますけど、少し前までは大変な状況でしたので」


「……わずかな時間だけでもいいので。それこそ一目だけでもいいです。お願いします」


 レンさんはそう言って深々と頭を下げたのです。なんでそんなことをするのかが理解できなかった。でもレンさんはそうするのが当然というように、頭を下げ続けていました。


「……わかりました。少しだけならば」


 レンさんの熱意にシスター・アルカは折れたようでした。レンさんは「ありがとうございます」とお礼を言われました。


「では、こちらですね。あ、先に食堂でも?」


「そうですね。みんなは先に食堂に行ってくれ。俺もあとで向かう」


「では、食堂へは私が案内を致そうか。この孤児院の内部で知らぬ事などないからな」


「……普通、国王様が孤児院の内部を把握しているというのはありえないことだと思いますが?」


「なぁに、そういう国王もいて問題あるまいて」


 はははと笑いながら、国王様はずんずんと歩いて行かれます。本当に食堂まで連れて行ってくださるおつもりのようで、どうしたものかと思いましたが、ルリさんたちがそのあとを追い始めたので私も向かうことにしました。


 一方でレンさんとシスター・アルカは途中までは一緒の方向へと向かわれていましたが、道を逸れて、別の方へと向かって行かれました。


(レンさんはなんでそんなにその人のことを?)


 レンさんの言動がわからないのはいつものことですが、今回ほど理解できないこともなかった。


 いったいどんな意図があるのだろうか。私はレンさんの行動の理由を考えながら、国王様の案内のもと食堂へと向かっていくのでした。

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