rev2-4 衝撃の出会い
その男の子はニコニコと笑っていました。
明るい金髪に、空のような青い瞳をした外見は、おとぎ話の中の「王子様」という出で立ちそのものでした。……一般的に想像する「王子様」にしては若干、いや、だいぶ幼いため、文字通りの王子様でした。
そんな王子様のような子が私たちの前でニコニコと笑っているのです。外見だけを見れば王子様ですが、服装はなんというか、みすぼらしいというところまではいきませんが、大量生産品の安っぽそうな服です。外見と服装のミスマッチ感が凄まじかったです。
「えっと、君は?」
男の子は10歳前後くらいの年齢で、背丈も年相応のものだったため、私は男の子と目線を合わせられるように背を屈んだのです。レンさんも倣ったのか、背を屈めていました。ルリさんとベティちゃんは男の子たちよりも背丈が低いため、屈むどころか見上げていました。が、イリアさんだけは男の子と目線を合わせようとはしていなかった。それどころか、若干固まっていましたね。そのときは「どうしたんだろう」と思っていましたが、その理由を私たちは間もなく知ることになりました。
「うむ。アルトリウス・フォン・アヴァンシアと言う」
「……はい?」
男の子が口にした名前を聞いて、私は唖然となりました。
いや、無理もないと思うんですよ。
アルトリウス・フォン・アヴァンシア。
「アルトリウス」という名前はそう珍しいものではありません。
探せば、「アルトリウスさん」という方はいくらでもいらっしゃるはずです。それこそ世界中にいらっしゃるでしょう。
しかし、そこに貴族である「フォン」と家名である「アヴァンシア」という名前が続くとなると、話は一気に変わります。そのお名前の方はおひとりしかいないのです。正確に言えば、歴史を紐解けば十数名はいらっしゃるのですが、現在でそのお名前を名乗っておられる方はおひとりだけなのです。その男の子は自分こそがそのおひとりであると名乗ったわけであり、そうなれば唖然となるのも無理もないことなのです。
「えっと、あのね、僕。そのお名前を軽々と名乗るのはダメだよ? そういうごっこ遊びをするのはいいんだよ? あくまでもお友達同士の間でするだけであれば、いくらでもしていいのだけど、こういう大通りだと役人さんとか衛兵さんたちとかがいるだろうから、その人たちの耳に届いたら怒られちゃうよ? そのお名前はそういうものなの。わかった?」
私はその男の子の頭を撫でながら、そのお名前を軽々しく名乗ってはいけないと諭すことにしました。
男の子が過去の勇者や偉人の名前を名乗ってごっこ遊びをするのは、コサージュ村でもよく見かけた光景でした。ちなみにコサージュ村では「英雄ベルセリオス」は20人近くいましたね。現在の勇者である「アルク・ベルセリオス」も数名ほどいましたね。
ですが、「アルトリウス・フォン・アヴァンシア」はいなかった。勇者や偉人であればまだしも、さすがに国王様のお名前を使うのは親御さんたちも許すことはなかったんでしょうね。
そう、「アルトリウス・フォン・アヴァンシア」というのは、コサージュ村も所属する国「アヴァンシア王国」の国王陛下のお名前なのです。そのお名前をその男の子はなのってしまったわけです。
そうなれば、大人とまでは言いませんが、人生の先輩としては注意くらいはしてあげるべきだとそう思ったのです。
だからこそ、私はその男の子の頭を撫でてしまったのです。撫でてしまったんですよ。それが完全な悪手であったことにも気づくこともなく。
「あ、あなた、なにをして」
イリアさんが声を震わせながら、いえ、体全体をわなわなと震わせていました。お顔は仮面で隠されていましたが、仮にお顔が見られたとしたら、「信じられない、このバカ」と顔に書かれていたでしょうね。……実際、その理由を知ったら私自身同じことを考えたことでしょうからね。本当に無知というのは怖いものですよ。知っていたら絶対にできないことを平然と行えるし、言えてしまうわけですからね。
「なにをって、無礼なことをしているんだよ、気をつけてねと言っているだけなんですけど」
それがなにかと首を傾げると、イリアさんは口をぱくぱくと動かすだけで、それ以上なにも言えなくなっていました。いったいどうしたのでしょうかと当時の私は本気でそう思っていました。
「ぶ、無礼なのはあなたの方だから! い、いますぐ頭から手をどけて。いや、どけなさい、いますぐに!」
イリアさんは顔をずいっと近づけながらそう叫ばれました。いきなりの大声で耳鳴りがしました。
「い、いきなり叫ばないでください、イリアさん」
「叫ぶに決まっているでしょう!? バカなの、あなた!?」
イリアさんはさらに顔を近づけられました。仮面からわずかに見える目はかなり血走っていました。いったいなにがあったんだろう。そう思っていると──。
「……よい、二の姫君よ。いや、この場ではその名は言わぬ方がよろしいかな? お顔を隠しておいでだしな」
「い、いえ、そんなことは。ああ、いや、隠していることは隠しておりますが。えっと、というか、もしや私のことをおわかりなのですか?」
「うん? それはそうであろう? いくら仮面で顔を隠そうとも、あなたの高貴さは陰りもしておらぬ。それになによりも、声は同じではないか。余は一度聞いた者の声は忘れぬのだ。たとえ、いくらか声の質を変えていようとも、大元は変わらぬ。であれば、わからぬわけもなかろうて」
ははは、と男の子は笑っていました。会話がどことなくおかしい気がしました。どこがどうおかしいのかと言われると、すぐには答えられませんが、「なにかがおかしい」と思うには十分すぎる会話でした。そう思ったときには、私は「なにかやっちゃったんだな」と心の底から思いました。そう思うと、それまで流れていなかった冷や汗がすごい勢いで背筋を伝っていくのがわかりました。
「……イリア、もしかして、この子は」
「……えっと、その、レン様が考えている通りの方、です」
「……マジか」
「……大マジです。冗談であってほしいくらいですよ。そもそもなんでこんな場所におられるんですか。普通お供の人がいるでしょうに」
「うむ。その者らであれば、撒いてきた。蛇王殿もよくこうして供の者を撒くというお話をされておられたのでな。余も同じことをしたというだけのことよ」
ははは、と男の子はまた笑いました。嫌な予感がしました。ええ、とても冗談にならない嫌な予感をひしひしと感じました。「蛇王様」ではなく、「蛇王殿」と言ったうえに、さも蛇王様と親交があるような言い方をされているのです。その一言で「もしかして」と思いました。ありえない答えが頭の中に浮かびました。
でも、まさかな、と。さすがにそんなことはないとそう思ったのです。いえ、そう思いたかったのです。けれど、現実というものはかくも私には厳しかった。
「蛇王様は蛇王様ですよ。あの方はあの方で規格外なのですから、参考になさらないでください、「陛下」」
はぁと大きくため息を吐くイリアさん。その際イリアさんが言った一言で、私は「ああ、間違いじゃなかったんだ」と気が遠くなるのがわかりました。同時に私がしてしまった言動がどういうものだったのかが理解できました。気が遠くなるを通り越して、気絶しそうになりました。いえ、いっそのこと気絶できればどんなによかったことか。
ですが、現実は私を気絶に追いやってはくれなかったのです。それどころか、より一層窮地に追いやってくださいました。
「それでそなたはなんというお名前なのかな? 国王たる余の頭を撫で続ける美しき人よ」
男の子もとい国王陛下はニコニコと笑いながらそう仰いました。
それが私たちとアヴァンシア王国の国王陛下であるアルトリウス・フォン・アヴァンシア様との出会いだったのです。




