rev2-3 出会い
首都「アルトリウス」にたどり着いた私たちは、その偉容さに目を見張りました。
とても大きく分厚い壁と門。それぞれに雪のような真っ白であり、雪国である「アヴァンシア」の首都らしいものです。
その先に広がるのは威勢のいい呼び込みをしている商店が連なる大通り。その大通りには数えられないほどの人々が行き交い、活気に満ちあふれていた。軒先から垂れ下がっていた氷柱や屋根に乗った雪さえも、その活気の前には溶けてしまいそうです。その氷柱や雪がまた日の光を浴びて輝いている。
道の至るところには積もった雪とその雪を固めた雪だるまが置かれていて、その雪だるまはひとつひとつ姿が異なっていました。まるで雪だるまが番地の代わりになっているかのようです。
その大通りの奥──首都の中心には壁や門さえも越えた背の高い建造物が、やはりの雪のように真っ白な壁をした巨大な城がありました。城館というものはこの旅で幾度か見たことはありましたが、そのどれよりもはるかに大きく、そして美しかった。
城の美しさがそのまま街全体にまで広がっているかのようだと私には思えました。美しき雪の街。それこそが首都「アルトリウス」だと首都自身が物語っているかのようにも感じられるほでした。
「ここが首都ですかぁ」
わぁと口を大きく開けながら、周囲をきょろきょろと見渡していました。
門を通ってすぐの場所からしてコサージュ村とは大違いでした。
そもそもコサージュ村には門というものがないのです。あったとしてもせいぜい、ここがコサージュ村であることを伝える看板付きのもののであり、身長を遙かに超えた壁つきのもんなんてあるわけもなかった。
壁も両腕をいっぱいに広げても半分にも満たないほどの厚みがあるうえに、とても硬かった。たぶん殴ったらそれだけで骨折してしまうくらいには硬い壁。まぁ、昼間にそんなことをやらかしていたら、衛兵さんに怒られそうでしたからやりはしませんでしたけど。
そんな門を越えた先には、いろんな商店が立ち並ぶ大通りがありました。コサージュ村の商店なんてせいぜい三つか四つくらいなのに、首都では同じようなものを扱う店でも何店舗もあり、それでいてコサージュ村よりもはるかに洗練されていた。
たとえば、同じ果実を扱う店であっても、コサージュ村にも並んでいた果実とはまるで違う種類の物のようにさえ感じられたほどに。
なによりも違うのは、道交う人々の量です。
コサージュ村の人口なんて鼻で笑えるほどの大量の人が道を歩いているのです。それも一切ぶつかることもなく、誰もがスムーズに歩いている。いったいどうやったらそんなにスムーズに歩けるのかと言いたくなりましたね。
「……お上りさんみたいだから、やめてくれ」
見る物すべてが新鮮すぎて、あちらこちらへと視線を向けていると、レンさんが困ったように言いました。
言われてすぐに視線が妙に集まっていることにも気づきました。よく見ると、お店の人とそのお客さんや、通行人の何人かが私を見ておかしそうに笑っているではありませんか。
「す、すみません」
私の行動はレンさんが口にされた通りに、まさにお上りさんのそれだった。まだ小さい子であれば、ベティちゃんのように幼い子であれば、首都の光景を見て周囲を見渡すということさえも愛らしく思えるのでしょうが、私くらいの年齢の女性が物珍しそうに周囲を見渡すと、どう見てもお上りさんとしか思われない。仮に私が逆の立場であれば、つい笑ってしまうかもしれません。
「……いや、気にしないでいい。アンジュは首都とか、大きな街に来るのは初めてなんだよな?」
「はい、お恥ずかしながら。基本的にコサージュ村で過ごしていましたので。せいぜい離れたとしても、隣の村やそのさらに隣の村くらいまでです。首都なんて来たこともありませんでした」
「そっか。なら無理もないな。まぁ、この街はかなりきれいだからな。目を奪われるのも無理もない」
そう言ってレンさんは首都やその街並みをじっと眺めました。その視線はどこか遠くを見つめていて、いったいなにを考えているのかはわからなかった。
「レンさんは「アルトリウス」に来られるのは」
「初めてだよ。ほかの国の首都にも行ったことはあるし、大きな街にも行ったけれど、ここまできれいな街はあまり見たことがないな」
「あまり、ということは見たことはあるんですか?」
「あぁ、あるよ。いままで見て過ごして来た街で一番きれいだと思ったのは、「エンヴィー」だね」
「「エンヴィー」というと、「魔大陸」の?」
「あぁ。「蛇の王国」の首都だよ。潮風の匂いに包まれた港町なんだけど、風光明媚というかな。ひとつひとつの家や建物にも至るまで、すべて計算し尽くされ建てられているようにも感じられる街だよ。街にいる人もとても活気があってね。とてもいい街だった」
レンさんの口調はどこか弾んでいた。楽しそうでもあった。でも、楽しさの中には悲しみも感じられた。
「なによりもあの街は、王様がすごい人だ。常に民のことを考えている。どうすれば、民が幸せになるのか。その笑顔をどうすれば引き出せるのか。その笑顔とともにあるにはどうすればいいのか。彼女はそのことばかりを考えていた。常に国のために。常に住まう民のために。その身を粉にしていたよ。そんな立派な王様だった」
「……王様というと、蛇王様ですよね? とても美しいお方だと聞いたことがあります」
「うん。とてもきれいな人だよ。とても頭がよくて、それでいてとても優しくもある。でも、茶目っ気があってね。補佐役の執事さんをいつも困らせていた。なにせ、変装をしていつも市井に紛れていたし。きれいな服を着ながら、串焼きのタレで服を汚しても気にしない人だった。そんなあの人を住人はみんな知っていたし、慕っていた。それをあの人は当たり前だとは思っていなかった。特別な物だと思っていたなぁ」
レンさんの声はとても穏やかだった。ベティちゃんに対するときのような優しさが自然とその声には籠もっていた。それでもどこかに悲しみを感じられた。
「……お知り合いだったんですか?」
「……それなりにね。あの街で一ヶ月過ごしたことがあって、そのときに世話になったことがある。姉であって、恋人でもある。そんな不思議な人だった」
「恋人、ですか」
「……あくまでも、そういう雰囲気を持ったような人ってことさ。「俺」があの人の恋人だったわけじゃない」
恋愛関係にあったということをレンさんは否定していた。普通に考えれば、「魔大陸」の支配者の一角である蛇王様と恋愛関係にあるわけがない。
けれど、聞き及んだ話では、「才媛」カレン・ズッキーと蛇王様は非常に親しい間柄だったということ。それこそ夫婦の関係でもあったという話も聞いたことがあった。それが本当かどうかなのかはわからない。レンさんがカレン・ズッキーであるかどうかもまた。
だけど、もしどちらも本当であったとして、そのときのレンさんがどんな想いを抱いていたのかは私にはわからなかった。
イリアさんやルリさん、ベティちゃんまでもそのときのレンさんに声を掛けることはしなかった。最初からそういう不文律ができているかのように。決して触れてはならないと「シエロ」の中では決まっているかのような、そんな雰囲気を皆さんは纏っていた。
その雰囲気には私さえも充てられていた。その雰囲気に私はなにも言えず、ただレンさんを見つめていることしかできずにいた。そのときでした。
「──蛇王殿か。たしかにあのお方はとても美しく聡明だな。あの方とお会いするたびに自然と背筋が伸びてしまうほどには」
不意に後ろからそんな声が聞こえてきたのです。
誰だろうと振り返るとそこには、ベティちゃんよりもいくらか年上そうな、八歳、九歳辺りの年齢の男の子が、おとぎ話に出てくるような王子様という存在を体現したかのような、金髪に青い瞳をした男の子がしきりに頷いて立っていたのでした。




