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首都への道のりで

 ──数週間前、明朝。


「起きろ、アンジュ」


 体を揺さぶられた。


 微睡みながらまぶたを開くと、レンさんが私をじっと見下ろしていました。


「……おはようございます、朝ご飯ですか?」


「……おまえ、寝ぼけているのか?」


 レンさんは呆れた様子で見下ろしていました。


 なんで呆れられているんだろうと思っていたら、レンさんはため息を吐かれると、はっきりと仰られました。


「……おまえ、見張りのこと忘れていただろう?」


「……みはり?」


 レンさんのお言葉に首を傾げた。言葉の意味がわからないわけではなく、自分のやらかしたことをはっきりと理解できたからです。


 そのときには私は数時間ごとの見張りの交代を単独で行えることができるようになったからです。


 コサージュ村を出た当初は、レンさんに付き添いして貰ってようやく行えていた役割も、数週間も経てば単独で行うこともできるようになっていたのです。


「もうひとりで大丈夫だろう」とレンさんからもお墨付きをいただき、それまではレンさんと合同でのローテンションが、私単独の回も含めた4人でのローテンションに変わった矢先のことでした。


 もっと言えば、初めて単独での見張りを任されるようになった最初の晩で、夜明け前のローテンションを迎えたときのことだったんです。


 ルリさんと交代して、夜明け前にレンさんと交代するはずだったんです。


 ルリさんと交代をして、さぁもうひと頑張りだと気合いを入れて、見張りをしようとしていたんです。そう、するつもりだったんですよ。


 けれど、現実はとても厳しかったわけです。


 私はとんでもないミスを犯したのです。そう、ルリさんと交代をして間もなく寝てしまったというケアレスミスを犯したのです。そのことにレンさんに起こされた気づいた私は、さぁーという血の気が引く音を耳にしました。


「……なかなか起こされねぇなぁと思っていたら、おまえ寝ているんだもんよ。念のために確認はしたけれど、荷物を盗まれたということはなかったし、火もちゃんと燃えてはいたよ。まぁ、だいぶ弱々しくなっていたけれど」


 レンさんは呆れて物も言えないという風に、私を見下ろされていました。私にできることはただひとつでした。


「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」


 すかさず地面に額をこすりつけて謝ること。それがそのときに私にできる唯一のこと。


「あぁ、いいよ。別になにかあったわけじゃないし。でも、次は気をつけてくれよ? 今回はなんともなかったけれど、次も同じようにというわけにはならないし」


「……はい、以後気をつけます」


「うん、そうしてくれ」


 レンさんは呆れていましたけど、許してくれました。それは私の謝罪の声で目を覚まされたルリさんとベティちゃんも「まぁ、最初はそんなものだろうさ」や「きにしないでいいの」と言って許してくれました。


「……アンジュ様に甘過ぎですよ、皆さん」


 ですが、イリアさんだけは許してくれませんでした。が、表面上はその一言だけでした。あくまでも表面上は。水面下では、念話では言いたい放題というか、ぐうの音も出ないことを言われてしまいました。


『旦那様方が許してくださったからと言って、調子に乗らないでね? あなたがしたことは最悪私たちが全滅するかもしれなかったことなんだから。あなたひとりが野盗に犯されようと殺されようと私はどうでもいいけれど、もしそいつらがベティちゃんに牙を向けていたとしたら、あなた責任取れるわけ?』


 イリアさんが仰ったことに私はなにも言い返せなかった。私のミスで私に被害が出るのはいい。でも、もし私のミスのせいで私以外に被害が出たとしたら、特にベティちゃんに被害が及んでいたとしたらと思うと、イリアさんに反論はできなかった。


『わかったのなら猛省なさい。今後こんなくだらないミスを犯さず、ちゃんと自分の職務を全うできるように誓いなさいよ』

 

 イリアさんの言葉は厳しかった。それほどのことを私がしてしまったということ。そのことを否定することはできない。受け止めることしか私にはできなかった。


 その後、朝食を取り、夜営地から離れても、私は自分のミスを気にしてしまっていた。せっかく認めてもらえたのに、自分のつまらないミスでそれを台無しにしてしまったのだから、無理もない。


 私はため息を吐きながらとぼとぼとレンさんの隣を歩くことしかできませんでした。そんな私にレンさんはぽんと肩を叩いてくれました。


「……イリアにいろいろと言われたみたいだけど、あまり気にしすぎるなよ? ルリとベティも言っていたけれど、最初はそんなものだよ。そもそもおまえは冒険者じゃない。本来ならギルドの運営側にいるはずだったんだ。こんなミスをしてしまうのも仕方がない」


 レンさんはそう言って慰めてくれましたけど、いくら冒険者じゃないと言っても、ギルドの運営側だったと言っても、冒険者じゃなく、運営側だったとしても有事においては冒険者同様に見張りをすることだってある。そのときは、いえ、いまだって有事のまっただ中なんです。


 だというのに、私は自分の職務を果たせなかった。イリアさんに叱られてしまうのも無理からぬことです。それにレンさんはギルドの運営側であれば仕方がないと言っていましたが、その運営側だったとしても、冒険者同様のことができる人はいるのですから。


「……「才媛」やククル様ならできると思います」


 そう、ギルドの運営側だったとしても、かの「才媛」やその「才媛」を育てたと謳われる「蛇の王国」のククル様であれば、平然と行えたはずのことです。私は彼のおふたりと同じくマスターの立場にいる。たとえお飾りのような存在だったとしても、私がおふたりと同じマスターであることには変わらない。


 だというのに私にはできなかった。それが余計に心を沈ませてくれた。


「……「才媛」はともかく、ククルさんならたしかにできたな。あの人は戦闘もできた、書類仕事はもちろん運営も新人の冒険者を育成することも、部隊の指揮だってなんだってできた。本当にすごい人だった」

 

 レンさんは私から視線を外して遠くを眺められました。眺めながら口にされた言葉は、レンさんがククル様と知り合いだったかのようです。……もし私の想像通りであれば、それも当然のことです。レンさんはククル様に冒険者として育てて貰い、ギルドマスターになった方なんですから。


 そう、レンさんこそが「才媛」カレン・ズッキーその人だと私は思っている。確証はなにもないけど、わずかに見たレンさんの横顔は、カレン・ズッキーそのものだった。そのことを私はレンさんに確かめてはいない。レンさんも私が「才媛」とレンさんを結びつけているとは考えてもいないでしょう。


 いえ、もしかしたら気づかれている可能性もある。それでもレンさんはいままで通りに振る舞っている。その理由は私がお姉ちゃんの妹だからということなのでしょう。


 私の姉であるカルディアは、レンさんの妻だった。そのお姉ちゃんと私をレンさんは無意識に重ねてしまっているのでしょう。出会った当初はなんでこんなに私に突っかかってくるのかと思っていました。


 けれど、事情を知ったらその理由もわかるようになった。わかるようになっても納得しているわけじゃない。納得はしていなくても理解はできるようになった。


「まぁ、人は人だ。あまり気にしすぎんなよ」


 肩をもう一度叩かれるとレンさんは、肩から手を離されました。


 できることとできないこと。


 それは人それぞれ。私ができないことをククル様たちはできる。その逆でククル様たちにできないことが私ならできるかもしれない。レンさんが仰りたいことはたぶんそういうこと。……夜営の見張り中に居眠りしてしまったことに対するフォローにしては若干大げさすぎることだけれど、レンさんの気持ちはありがたかった。


「ありがとう、ございます」


 私は俯きながらもお礼を言った。レンさんは「気にすんな」とだけ言われました。レンさんに叩かれた肩にそっと触れる。肩からはまだ熱のようなものを感じられた。どうしてそう思うのかはわからなかった。わからないまま、私はレンさんの後を追う形で首都「アルトリウス」までの道を歩き続けた。


 その日の晩の夜営は、どうにか見張りをちゃんとこなすことはできた。レンさんたちは「頑張ったな」と褒めてくれましたが、イリアさんは「当たり前のことができただけですよ」と言うだけでしたが、前の日のように叱られることはありませんでした。

 

 それ以降の夜営でも私は見張りをちゃんとこなすことができていた。その見張り中にすることと言えば、レンさんのことばかりを考えていた。レンさんが寝ている間に仮面を取って素顔を確認することはできた。


 でも、それはレンさんの信頼を裏切ることになる気がしてできなかった。できないまま、レンさんのことだけを、レンさんがどうしてレンさんになったのかということばかりを考えて夜を過ごしていた。そんな夜を幾日も重ねていき、そしてついに──。


「到着だな」


 私たちは首都である「アルトリウス」にたどり着いたのでした。

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