rev2-1 困惑のプロポーズ
本日より第二章となります。
最初から飛ばしていく感じですね、はい。
白く輝いていた。
背の高い住居、大きく広い教会、天に届くのではないかと思うほどの塔など。街の至るところにある建造物すべてが白い雪をその身に纏っていた。纏った雪によって、建造物たちは月の光で淡く輝きを放っている。
目が眩むような光ではないけれど、夜であっても街中は明るかったし、活気もあった。さすがに昼間ほどに明るくはないけれど、コサージュ村ではおおよそあり得ない光景が目の前には広がっている。
「どうかな?」
ふふふ、といかにも楽しんでいるような声が聞こえた。
視線を向けると、長い金髪と空のような青い瞳をした、おとぎ話に出てくる王子様のような人が私を見つめている。その王子様のような人は、長い金髪を項の辺りでひとまとめにして背中に垂らしていた。
「どうかなと言われましても」
「あなたのために用意した──と言えれば、格好はつくのだろうが、残念ながらあなたのために用意したものではない。だが、初めて見るあなたのために、とっておきの場所を用意したつもりだ。気に入ってくれると嬉しいんだが」
「それは、まぁ」
「つれない返事だね。でも、それもいい」
ふふふ、とまたその人は笑うと、すっと長い指をある方にへと向けた。その方向にはいくつもの彫像が置かれていた。
正確には彫像は、町中の至るところに存在しているのだけど、特に彫像が多い場所をその人は指差した。
それぞれの彫像の前には、大勢の人たちが集まっている。その集まる人たちもいくらかの分類に分かれている。
ひとつは物見客の人。彫像の出来を見て感嘆とする人たちで、主に私たちもそこに含まれており、ほぼ大半が物見客です。
ひとつはその彫像自体を作る人たち。中には別の彫像を作っている人たちもいて、責任者同士で健闘をたたえ合ってもいるようです。
そしてもうひとつが、お国の役人さんないし警備の人たちでした。主に彫像にあまり近づかないようにと注意をしていたり、投票貨という木製のコインを配っていたりと結構忙しそうです。
「おとーさん、おとーさん。すごいの」
ベティちゃんはレンさんの肩に乗って目をきらきらと輝かせていました。レンさんは「そうだなぁ」と穏やかな声で返事をしていますね。とてもほのぼのとした親子のやりとりとなっています。
「立派なものだが、どうして狼はおらぬのだ? どれもこれも竜ばかりではないか」
「やはり畏怖する存在として竜は選ばれやすいのではないでしょうか? 竜に比べたら、狼は少し身近すぎるのかもしれませんね」
ベティちゃんに対してルリさんはいくらか不満そうです。どうやら彫像の多くが竜をモチーフにしたものばかりなのが気に入らないようですね。そんなルリさんにイリアさんは苦笑いしながら宥めていました。
そして私はと言いますと、皆さんから少しだけ離れた場所で、とある方と一緒にいるわけです。そう、本来なら私が一緒にいられるような方ではない身分の方と。なぜか私は一緒にいて──。
「どうだろうか、アンジュ殿。この時期は素晴らしい彫像でこのアルトリウスの街は埋め尽くされる。いや、埋め尽くされるのは言いすぎか。だが、無数の彫像でこの街は彩られることになるのは事実。それもすべては大いなる始祖王のお力による。先祖の偉功に縋るようで個人的には情けなくはあるのだが、始祖アルトリウスが偉大なる方であることは紛れもない事実であり、その裔としては誇るべきだが、私個人はまだなにも成し遂げてはいない。情けないものさ。先祖の威光を笠に着ているだけなのだ」
「いや、そんなことは」
「ある。私は父祖たちが成した威光を頼りにしているだけの若輩者にしかすぎぬ。たとえ名君と謳われようとも、それは父祖たちが何代も重ねて築き上げてきたゆえのもの。その直系だから、いや、直系であるからこそ、私は父祖たちが成してきたことをなぞっているにしかすぎん。ただそれだけのことで名君と謳われている。私自身が成したことなど、その程度のことにしかすぎない」
はっきりとその方はご自分の事跡を斬り捨てられました。いままで成してきたことなど、なんの意味もないのだとそう仰っているのです。自己評価が著しく低い、もしくはご自分に非常に厳しいからこそのお言葉でした。……問題は、それをなんで村娘にしかすぎない私に対して言っているのかということです。
(いや、わかるんですよ。わかるんですよ。だって最初からずっと言われ続けてきたことですからね。でも、でも、なんで私なんかを)
正直困惑しかなかった。
村の友人たちが聞けば「超玉の輿じゃん」と言われることは想像に難くありません。私も当事者でなければ、無邪気に言えたことでしょう。ですが、当事者にしてみれば困惑しかないわけでありまして──。
「……それで、なんだがね」
「あ、はい」
その方はそれまでの流暢な、つらつらと国への想いを述べられていたときとは打って変わって、なんとも緊張した様子で何度も咳払いをされました。よく見ると、頬が紅く染まっていますし、目も若干泳いでいるようです。なによりも手と足、そして背中をピンと伸ばして直立不動の体勢になっているのです。
「まぁ、その、こんな未熟な私なんだが。できることであれば、そばで支えてくれる誰かがいてほしいのだ。そう、公私ともに私を支えてくれる伴侶が欲しい」
「えっと、それは取られるべきかと思います」
「そうか? そうだな。うん、そうであるな」
うんうんと何度も頷かれてから、その方は私の両手を取るとその場で片膝を立てて跪かれました。
「アンジュ殿。私は、アヴァンシア王としても、ひとりのアルトリウスとしても、あなたを愛している。あなたに私の妃としてこれからの人生をともに歩いて欲しいと願っている。……ああ、違う。こんな言い方はまだるっこしい」
その方は首を振られると、熱の籠もった瞳で私を見上げました。空の瞳にはたしかな熱が、私へと向けられた愛情が籠もっていた。
「アンジュ殿、私はあなたを愛しています。私と夫婦になってはいただけませんか?」
その方──「聖大陸」における四大国家の一角にして、コサージュ村ほかのいくつもの街や村を抱える雪の国にして、「聖大陸」の玄関口である通称「英傑の国」と呼ばれたアヴァンシア王国の国王陛下、そう目の前にいらっしゃるアルトリウス・フォン・アヴァンシア様に私はプロポーズをされてしまっているのです。
(なんでこんなことになったんだろう)
どうしてこんなことになったのか。現状に至った理由を私は困惑する頭で振り返っていた。




