rev1-Ex-1 トラウマ
えー、10日ほどお休みいただきました。
長期のお休みをいただいた関係でだらけていました←汗
お休みは計画的にしないとダメですね←汗
さて、今回から特別編となります。
ベティの過去話です。
今回はまだわりとですけど、次回はグロいのでご注意をば。
「……ばぅ」
火が爆ぜる音とともに、それは聞こえてきました。
「ばぅ、ばぅ」
コサージュ村から離れて早数日。
首都であるアルトリウスはまだ遠く、いまだ周囲は深い雪に、腰くらいまである深い雪に覆われています。その影響なのか、夜だというのにも関わらず、いくらか明るかった。焚き火の灯りが反射しているからなのでしょう。
野宿の経験はほとんどありませんでした。
コサージュ村のある「アヴァンシア王国」は、万年雪の国です。正確に言えば、一年の大半が雪降る冬の国。雪解けの春を迎えるとすぐに夏が来て、短い秋が訪れる。その後は一年のほぼ大半を占める冬が訪れる。
そんなお国柄であるため、辺境であるコサージュ村出身の私でも、野宿の経験はほぼありません。理由は単純。野宿なんてしたら、簡単に凍死するから。冬以外の季節であれば、まだ野宿は可能ですが、冬以外の季節に活発に行動するのは人間だけの特徴ではありません。
動物や魔物もまた冬以外の季節に活性化してしまう。要は動物や魔物に襲われる確率が跳ね上がってしまうわけです。
例外として高ランクの冒険者や腕利きの傭兵、精鋭の騎士であれば、魔物や動物の襲撃を切り抜けることは可能です。
ですが、この国に住まう国民全員がそんな実力者揃いというわけではないのです。ほとんどの人は私のようになんの力もない一般人ばかり。実力者以外は、みな生まれ育った街や村からほぼ離れることなく生活するのがこの国の常識です。離れたとしても、早朝に出て昼には到着するような距離くらいまで。それも空模様を見て、天気が荒れないことを確認したうえでのこと。それ以上の距離は冬はもちろん、他の季節でも危険極まりないため、ほとんどの人は野宿することなく、一生を過ごすことになる。その例に私はいまのいままで外れることはなかった。
でも、いまの私は人生で初めてだった野宿を、数回行っていました。それだけでもコサージュ村に凱旋できるほどの偉業です。コサージュ村が無事であれば、の話ではありますが。
最初、初めての野宿です、と伝えるとレンさんたちは驚いていましたが、理由を説明すると「なるほど」と納得してくれました。
「野宿新人のアンジュには、火の番はなしにしておこうか」
野宿をしたことがない私を、レンさんは当分火の番を免除してくれると言ってくれましたが、さすがにそこまで甘えることはできないので、少しでもやらせてほしいとお願いすると、レンさんは条件付きで聞いてくれました。
その条件とは、私が担当するのはレンさんと一緒のときだけ。単独で担当するのは、レンさんの許しを得てからというもの。あとベティちゃんを変な目で見ないというものです。
ベティちゃんのこと以外は頷きましたが、ベティちゃんのことだけは頷くことはできません。そもそも私はベティちゃんにそんな変な目を向けたことはないのです。あくまでもベティちゃんが私の理性を拐かす、困った小悪魔であるからしてと説明をすると、レンさんに頭を叩かれたのは言うまでもありません。
「……アンジュ様を甘やかしすぎでは?」
レンさんに頭を叩かれた後、イリアさんはじっと私を見つめられました。口調は穏やかなのに、その視線はとても鋭かった。レンさんが「経験者が面倒を見るのは当然だろう?」とレンさんは苦笑いしながら焚き火に薪を放り込まれました。イリアさんは「……そうですね」と納得していないのは明らかでしたが、一応頷いてくださいました。ですが──。
『調子に乗らないでくださいね? 旦那様はあくまでも温情を掛けてくださっているだけです。その温情を受けるのは当然だと思わないことです。わかりましたか、生娘さん?』
──念話ではとても攻撃的でした。イリアさんはなんでこんなにも私に攻撃的なのかはわからなかった。
そんなにも私のことが目障りだというのでしょうか。なにもしていないのに、なんでここまで言われなければならないのか、理不尽だとは思うけれど、実際に口にする勇気は私にはありませんでした。
そんな取り決めから早くも数日が経った今日、最初の火の番はイリアさん、その次がルリさん、最後に私とレンさんという組み合わせになった。だいたい二時間ごとの交代で、今夜だけで二週目となりました。もうじき夜明けです。夜が明けたら、朝食を取り、移動する。昼の休憩までは移動をして、昼を食べ終わったら、わずかに眠らせて貰う。その後、日が暮れるまで移動し、昨晩に最後に火の番だった人が最初に火の番となり、それ以降の番はひとつずつずれるというローテーションとなる。それがこの旅のあり方でした。
今夜が終われば、そのローテンションも一巡することになる。まだ単独での火の番には慣れていませんが、そのうちに慣れると思います。それがいつになるのかはわからないけれど、いつかは慣れて任せて貰えるだろう。そう思っていた矢先に、それは聞こえたのです。
「ばぅぅ」
火の番には一切関与していないベティちゃんの声が、どこか苦しそうな声をベティちゃんがあげたのです。
いったいどうしたのだろうと心配していると、レンさんは静かにため息を吐きました。
「……いつものことだよ。慌てるな」
聞きようによっては冷たいものでしたが、ベティちゃんを見やるその視線はとても穏やかなものです。
「いつものこと、って」
「……おまえも知っているだろう? この子のトラウマ。この子はまだ囚われたままなんだよ」
ルリさんの隣で眠るベティちゃんをレンさんは抱きかかえると、私の対面にと腰掛けられました。腕の中のベティちゃんは顔いっぱいに汗を搔いて、魘されたままのようです。
「……お肉はまだ食べられないのですか?」
「……ああ。見ていたからわかっているだろうけれど、クッキーくらいしかこの子は食べていない。ううん、食べられなくなっているんだよ」
バチという乾いた音を立てて、薪が燃えていく。薪が燃えることでレンさんの腕の中にいるベティちゃんがほのかに照らされていた。
焚き火によって照らされて、ベティちゃんの口元に夕飯として食べたクッキーの欠片が残っているのが見えた。その欠片を払い落としながら口元を拭っていくレンさん。その手つきはとても優しかった。
「……一緒に住み始めた頃に比べれば、まだましになったよ。あの頃は肉を見るだけで吐いていたからね。無理もないことだけど」
「そう、ですね」
なんて言っていいのかわからず、ただ頷くことしか私にはできなかった。
ベティちゃんがお肉を食べられない理由。それはレンさんたちと知り合うことになったあの盗賊たちと深い関わり合いがありました。
ベティちゃんはあの盗賊たちに飼われていたのです。……暇つぶしの玩具として。
初めて会った頃はまだベティちゃんは、人化の術が使えないグレーウルフでした。ルリさんに教えられて人化の術が使えるようになり、いまの美幼女となったわけですが、それまでは毛並みの荒れたグレーウルフだったのです。それもところどころに怪我を負っていた。
怪我を負っていた理由は盗賊たちからの暴行を受けていたためです。そしてその怪我は体だけではなく、その心にまで至っていました。もっと言えば、ベティちゃんが当時取っていた「食事」が問題だったのです。
そもそもなんでベティちゃんがあの盗賊たちに飼われていたのか。もともとあの盗賊たちに拾われたから、というわけではない。あの盗賊たちがベティちゃんの一族を全滅させたからです。
ベティちゃんが言うには、ベティちゃんの一族は「水の狼の一族」だったそうです。その中でベティちゃんは光と闇の適性を得て産まれたとのことでした。光か闇の一族であれば、まだわかることだったそうですが、水の一族でそんな適性を得て産まれたことはほぼ初めてだったそうで、大変驚かれていたとベティちゃんは教えてくれました。
本来であれば、水の一族であるにも関わらず、光と闇の適性を得て産まれたベティちゃんは爪弾きにされるところだったそうですが、ご両親が長の血筋だったこともあって爪弾きになることなく、他の狼たち同様に育てられていた。時折やっかみを受けることはあっても、優しい両親の元で慎ましく暮らしていたそうです。……盗賊たちに襲撃を受けるまでは。
盗賊たちはベティちゃんが特別な存在であることをどこかで知り、ベティちゃんを捕獲するためにその一族を皆殺しにしたのです。ベティちゃんのご両親は最後まで抵抗していたそうですが、物量には勝てず、最後には力尽きてしまい、ベティちゃんは盗賊たちの手に落ちたそうです。
ですが、まだそれだけならよかった。両親と一族すべてを失ってもまだ命があるのであれば、と誰もが思うでしょうが、彼の盗賊たちの非道はそれだけでは納まらなかった。
彼らがベティちゃんに用意した「食事」は、捕獲の際に得た肉でした。そう、ベティちゃんの一族の亡骸から得た肉。ご両親と一族の亡骸を「食事」として出されていたのです。
「ちちじゃとははじゃのおにくや、ともだちのおにくをだされたの。たべろ、って。これいがいにくわせるものはなにもないっていわれたの」
人化ができるようになったベティちゃんは、ぽつぽつとそう語っていました。そのときのベティちゃんの目は絶望に染まっていた。光がなく、ただがらんどうとした目をしていた。
「たべないといっぱいけられたの。けがをしてもやめてくれなかったの。けがをなおすには、たべないといけなかったの。たべてもすぐにはなおらなかった。それでもたべないといけなかったの。けががなおったら、またけられて、けがをしたの。そのけがをなおすために、またたべたの。それをなんどもなんどもくりかえしていたの」
ベティちゃんが淡々と語る内容に、私はなにも言うことができなかった。それは同じ場にいたイリアさんとルリさんも同じでした。レンさんだけは「もういい」と言ってベティちゃんを抱きしめていました。
それでもベティちゃんは壊れたように、何度も何度も当時のことを話していた。いや、あの子は壊れていた。壊れてしまっていた。
でも、それももう昔のこと。献身的なレンさんたちの保護によって、ベティちゃんは回復しましたが、狼の魔物としては異端なお肉を食べることができなくなってしまっていました。それはいまでも同じなのです。両親と一族の肉を食べて生きながらえされたというトラウマから開放されていないのです。
そのトラウマを、ベティちゃんはいまも悪夢として見てしまっている。それがいま魘されている理由でした。
「……大丈夫だよ、ベティ。おとーさんはここにいる。怖い奴らは誰もいない。ベティを苛める奴らはもういない。だから大丈夫だよ」
魘されるベティちゃんに向けてレンさんは、とても優しく語りかけている。でも、ベティちゃんを抱きしめながらも、その拳はとても強く握りしめられていた。そんなレンさんに私はなにも言うことができなかった。
ベティちゃんの魘される声は続いている。その声の相づちを打つように焚き火は音を立てていく。そんな物悲しい光景を私はただ見つめていることしかできなかった。




