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rev1-74 朝を迎えて

 優しく体が揺さぶられていた。


 ゆさゆさと、体を前後に揺らされていく。


 うっすらとまぶたを開くと、目の前には見慣れない天井となぜか空中にいる愛娘が見えた。

「んあ?」


 見慣れない天井自体は問題じゃない。問題なのはなぜかわいい愛娘が空中にいるのかということ。ぼんやりとした思考の中で、愛娘を──ベティがゆっくりと落下してくるのを見守っていた。


 ──どすん


「っぐぇ」


 自分のものとは思えない、やけに低い声が出た。


 声とともに胃の中身まで吐き出しそうだったけれど、どうにか押さえ込めた。押さえ込まないとかわいい愛娘が吐瀉物塗れになるところだった。よく頑張ったな、俺と自分自身を褒めつつも、「ばぅ」と尻尾を振りながら鳴くベティの首根っこを掴んで持ち上げる。


「こら、悪戯娘。なにをしているんだ?」


「いたずらじゃもん。おとーさんがわるいんだもん」


 ベティはふんだと顔を逸らした。かわいらしい頬はぷっくりと膨らんでいるのが、とても愛らしい。思わず頬が緩みそうになるけれど、ぐっと抑えこむ。いまは娘の愛らしさに心を動かしている場合じゃなく、なんでこんなことをしたのかを聞く方が先決だ。


 ベティにはこんな癖はなかったのに、今日に限ってはこんなことをした理由を尋ねないといけない。じゃないと誰彼構わずにこんな起こし方をしてしまう子になってしまう。父親としてはそうなる前に矯正をしてあげないといけない。


「お父さんが悪いって、どういうことだい?」


「……ばぅ!」


 唸るように鳴きながら、ベティが俺の隣を指差した。そこには半裸で眠るイリアがいた。しかも俺の右腕を枕にしてだ。よく見ると首筋には結構な量の虫刺されがある。……ベティが怒るのも当然だった。


「……あー、その、うん。ごめん、な?」


「ごめんじゃないもん! おとーさんのばか!」


 ベティは若干涙目になって顔を突き出してくる。灰色の尻尾がべちべちと俺の体を叩いてくるが、あまり痛くなく、そういう反応もかわいいなとさえ思う。ベティが聞いたら、余計に怒りそうなのであえて言うことはしないけれど。


「それにおめん、とったらだめなんじゃないの?」


「え?」


 言われてから気づいた。いつも以上に空気が肌に触れていた。視界も広い。普段は視界が片方塞がっているのが、いまは塞がれることなく見えていたし、その仮面がすぐそばで転がっているのがなによりもの証拠だった。


「……そっか。ごめんな」


 誰に謝っているのか、自分でもよくわからなかった。


 それでも口にしたのは謝罪だ。謝罪をしながら転がっている仮面を取り、一度表面を撫でてから仮面をつけた。


(……我ながら情けないね)


 ただの感傷でしかないのに、仮面を見ていると自然と撫でてしまう。そんな感傷に浸る自分が情けなく思う。感傷に浸りつつも、やっていることはその感傷にはほど遠い。


「……おとーさん」


 ベティが悲しそうに俺を呼ぶ。ベティは灰色の瞳でじっと俺を見つめていた。なんて言えばいいのか、どうしてあげたらいいのか、よくわからない。


「……イリア、起きろ」


 とりあえずイリアを起こすことにした。雪国で半裸で眠っていたら風邪を引くし、いつまでも素顔を晒しているのも問題だった。


 イリアはもともと大国の姫だ。公に素顔を出していたかどうかは知らないし、イリア自身言わない。それ以前にイリアはあまり過去のことを口にはしない。俺が知っているのはわずかなことだけ。大国の姫であること、三姉妹であること、父親と姉を敬愛していたこと、その敬愛していた姉から虐待じみたことをされていたこと、母親を姉とともに殺したこと、父と姉の命令を受けて、命を奪い続けてきたこと。そしてホムンクルスであること。イリアは自嘲しながら「あの頃の私は傀儡でした。まさにホムンクルスらしいですよね」と言っていた。


 そんなイリアになにを言えばいいのかわからなかった。


 気づいたときには腕の中に閉じ込め、唇を奪い、抱いていた。イリアを哀れんでいたということもある。悲しい過去を思い出させたくなかったということもある。それ以上に伝えたかった。いまはもうアイリスじゃない。いまはイリアであることを伝えたかった。


 だからと言って、自分の女でもないのに抱くかとは思うが、それ以外にイリアの自嘲を止める方法がわからなかった。


 思えば、イリアを抱くようになったのはそれからだ。


 初めて抱いたとき、イリアは「忘れさせてください」と泣いていた。あの涙が俺を突き動かし、関係を持つようになった。いまではもうイリアの裸は見慣れた。淡く染まる肌も、色情に染まる目も、着痩せする体も。すべてが見慣れていた。見慣れているけれど、正直言ってイリアとはどういう関係なのはかはいまいち自分でもわからない。主従であり、仲間であり、そして恋人のような関係でもある。


 いつかははっきりとした関係にするべきなのか、それともいまの中途半端な関係のままでいるべきなのか。はっきりとした答えは出させない。いや、出そうとしていない。そんな自分がやっぱり情けなく思うけれど、いまの関係を変えられない自分がいるのも事実だった。


「……ん」


 イリアの体を揺さぶると、閉じたまぶたが開き、イリアはぼぉとした目で俺を見ると、穏やかに、でも幸せそうに笑った。


「だんな、さま」


「……え?」


 幸せそうに笑いながらイリアははっきりと「だんなさま」と呟いていた。思いもしない言葉に一瞬頭の中が真っ白になる。ベティが「ばぅぅぅ!」と唸った。その唸り声にイリアの意識は一気に覚醒したみたいで、「す、すみません、レン様」と慌てて謝り、散らばっていた服を羽織り、自身の仮面を取り、素顔を隠した。


「……その、いきなり妙なことを口走りまして、申し訳ありません」


 イリアは羽織った服で素肌を隠しながら、口にした内容についての謝罪をした。謝られることじゃなかったし、別にイリアがそう言いたいのであれば構わないとも思ったが、「……あぁ」と気づいたら言っていた。そんな自分に少し驚きつつも、イリアが服を整えるのを横目で見ながら待った。


 朝の光できらきらと白い髪が輝いているように見える。それはカルディアを思い浮かばせてくれる。体つきもカルディアに似ている。肌が淡く染まっていく様も似ていた。劣情が煽られるのがはっきりとわかった。


 でも、いまそばにはベティがいて、劣情を開放することはできなかった。逆に言えば、ベティがいなかったら朝から劣情を開放していたということだ。浅ましいもんだ。


「……ん~」


 イリアが服を整え終えてすぐに、声が聞こえた。見ればアンジュが、俺とイリアから少し離れた場所で横たわっていたアンジュが身動ぎをし、それからまぶたが開いた。


「……おはようございます、レンさん」


「あぁ、おはよう」


 アンジュは目を擦り、あくびを搔いた。なんとも色気のない姿だ。というか、若干だらしなく思えるが、思えばカルディアもわりと朝はだらしなかった。そういうところも似ている。体つきはまるで似ていないが、それ以外であれば、アンジュはカルディアとそっくりだ。さすがは姉妹だと思う。


「……おはようございます、アンジュ様」


「あ、お、おはようございます、イリアさん」


 アンジュとイリアが挨拶を交わすも、なぜかアンジュは一瞬びくんと体を震わせた。イリアは笑っているのだけど、アンジュはどこか怖がっているようにも見えた。昨日までにはなかった反応で、どうしたんだろうと声を掛けようとしたけれど、それよりも早くアンジュはベティを見つけると、いつものようにだらしない顔でベティに近づき始めた。


「ベティちゃんは本当にかわいいですねぇ。あー、癒やされますぅ」


 だらしないというか、完全にメス顔を晒すアンジュと、若干引いているベティを見て、俺はいつものようにアンジュからベティを引き離した。アンジュは「ご無体なぁぁぁぁ」と呻いた。どれだけ呻かれようともかわいい愛娘を変態の魔の手から守るのは父親としては当然だった。


 そんなアンジュとのやりとりをイリアは黙って見つめていた。いつもなら笑っているはずなのに、今日はどうしてか笑っていない。その理由がいまいちわからなかった。わからないまま、今日も一日が始まった。

表面上はなんともないけれど、実際には、というのはなかなか好きなシチュエーションだったりします←

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