Act1-55 浮かぶ疑惑
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結局、血は致死量ギリギリまで吸われてしまった。
それもいつもよりもハイペースでだった。どうやら完全にヤキモチを妬いてしまっていたみたいで、止めることができなかった。
でも、ヤキモチで吸血するってどうなんだろうな。
そういうところも、アルトリアらしいと言えば、らしいのだけど、おかげで、その日は残りずっとベッドの上で過ごすことになった。いや、過ごさざるをえなかったと言った方が適切かな。
「ふふふ、「旦那さま」とずっとベッドの上でぇ、ゴロゴロできるなんてぇ、幸せだなぁ」
当のアルトリアは、俺の胸に顔を埋めて、ご機嫌な様子で、にこにこと笑っていたけれど、アルトリアまでベッドの上で過ごす必要はなかった。
というか、アルトリアは仕事をしてほしかったのだけど、聞いてくれるはずもなかった。
そもそもそんなことを言ったら、なにをされるかわかったものじゃなかったので、下手なことは言えなかった。できたのは、アルトリアのしたいようにさせておくことだけだった。
「もう、浮気しちゃ、だぁめだよぉ?」
アルトリアは上目遣いで俺を見つめて、頬を人差し指で突いてくれた。
上目遣いをされるだけで、胸がどくんと高鳴っていた。
どうやら俺は本当に上目遣いに弱いようだ。そもそもの話、身長的な意味で、上目遣いをされたことなんて、一度もなかったので、慣れていないと言った方が、いいかもしれない。
仮に慣れていたとしても、アルトリアの上目遣いの破壊力は凄まじいものがあるので、慣れていようとなかろうと、胸を高鳴らせていただろうなあ。ありありと、そんな自分を想像できてしまった。
「だ、だから、浮気は」
「浮気だもん。アルトリアにとっては、アルトリア以外の女の匂いをつけるのは、ぜぇんぶ浮気なの」
「匂いつけるって。それくらいじゃ、浮気には」
「……匂いつくってことは、ハグしたんでしょう?」
ぎくりという擬音が脳裏で響いた。
実際抱きしめましたし、キスもされました。
うん、傍から見たら、浮気かな。うん、浮気と思われるだろうね。
ただ俺は誰とも付き合っていないから、浮気とは言えないのだけど、アルトリアは俺の話をまるで聞いてくれなかった。
「いま、動揺したよね?」
「……してねえし」
「目を逸らさないの」
「ハイ」
動揺していないつもりだったが、俺の胸に顔を埋めている影響というか、俺の心音を聞いたからなのか、アルトリアはジト目になって見つめてくる。
ごまかすことはできそうになかった。
とはいえ、下手なことを言えば、なにをされるのか、わからない以上、下手なことは言えない。
かといって、言わないのもまたなにをされるか、わかったものじゃない。話すまでオシオキとか言い出しそうで怖かった。
アルトリアを直視できず、堪らず目を逸らしたのだけど、アルトリアが、俺の顎を掴み、強制的に目を合わせられる。
地味に顎が痛い。けれどアルトリアに言ったところで、自業自得とか言われそうだった。
実際、アルトリアを怒らせたことはたしかなので、そういう意味では自業自得と言えなくもないのだろうけれど、浮気はしていない。
アルトリアとは上司と部下という関係だから、浮気にはなりえない。
けれどこういう時に事実とか、正論を言うと泥沼化するというのは、お約束のようなもので、なにも言うことはできなかった。
「なにも言わないってことは、やっぱり浮気なんだねぇ。ひどいよ、「旦那さま」はぁ。浮気をするのは、旦那さんの甲斐性みたいなものかもしれないけれど、アルトリアは、「旦那さま」ひと筋なのに。なのに、「旦那さま」は、ほかのメスと浮気なんて」
ほろり、ほろりと涙を流すアルトリア。
だから浮気じゃない、と言ったところで、どうしようもない。
ため息を吐きたくなったけれど、ため息を吐いたら、それはそれでヤバいことになりそうだったので、あえてなにも言わず、ただアルトリアの体を抱き締めた。
「……今後は、アルトリア以外の女の子の匂いは、つけないから、許してくれないか?」
「……破ったら、ほかの人と寝るからね」
「ごめんなさい、絶対に匂いをつけませんから、それだけは勘弁してください」
頬を膨らませながら、流れるように問題発言をかましてくれるアルトリア。
いや、わかるよ。あくまでも言っただけっていうのはさ。
ただそれは俺にとって、かなりのダメージだから、やめてほしい。
正直な話、俺って本当にノンケなのか、と思わなくもない。
だってさ、ノンケであれば、こうしてアルトリアに抱き着かれたり、「旦那さま」呼びされたりしたら、もっと拒絶反応みたいなものを起こすと思う。
けれど俺にはいまのところ、拒絶反応はなかった。
それに「旦那さま」呼びは、俺みずからそう呼べと言ってしまった以上、なかったことにはできない。
加えて、本当にノンケであれば、アルトリアが誰と寝ようとも気にしないはずだった。
そういう恋愛関係の話は、生々しすぎるから、あまり聞きたくはないのだけど、誰が誰と寝ようとも、俺には大した違いはないというか、特になにも思わないはずだった。
実際、地元にいた頃は、クラスメイトが誰と恋愛関係になろうとも、俺には関係のない話だった。
そう、そのクラスメイトがたとえ、友人のひとりであったとしても、友人が誰と恋愛したところで、俺にはまるで関係がなかった。
さすがにどうでもいいとまでは言わないけれど、特にこれと言って思うことはなにもなかった。
しかしアルトリアに関してだけはダメだった。
アルトリアがほかの誰かと寝ていると考えただけで、妙にそわそわしてしまう。
いや、なんというか、腹立たしくなる。アルトリアにではなく、アルトリアと寝ている奴に対してだ。
これがシリウスであれば、まだ許せる。許すことができる。
しかしそれ以外であれば、確実にアウトと言う自信があった。
いらない自信ではあるけれど、こればかりはどうしようもない。
「約束だからね」
アルトリアが見つめてくる。血の瞳が、濡れた血の瞳に見つめられていく。
意識するよりも早く、ああ、と答えていた。
アルトリアに見つめられると、不思議と考えているのが億劫になることがある。
思った通りのことを口にしてしまう。いや思ってもいないことも、たまに口にすることがあった。
まるでアルトリアに心を奪われてしまったかのようだ。
「じゃあ、約束の証として、キスして。頬じゃなくて、こっちに」
アルトリアが唇を指差した。
さすがにそこは、と思った。なのに、俺は頷いていた。
位置を入れ替え、アルトリアを組み伏す形になる。
アルトリアが逆手でシーツを握りしめながら、俺を見上げる。
血の瞳は相変わらず濡れていて、とてもきれいだった。
まるで吸い込まれていくかのように、顔を近づけていく。
アルトリアがまぶたを閉じた。みずみずしい薄紅色の唇しか、もう見えなかった。
「「旦那さま」、大好きだよ」
アルトリアの唇を見つめながら、そこにみずからの唇を重ねるべく、顔をいままでになく近づけていった。そして、唇の先がかすかに触れ合った、そのとき。
『──カレンちゃんは、いま本当に正気なのかな?』
モーレの言葉が脳裏によみがえった。同時に俺は止まった。
少しだけ唇が触れ合っていた。でも、決定的に重なったわけじゃなかった。
ゆっくりと距離を取り、唇ではなく、頬に口づけた。それが俺のせいいっぱいだった。
「……また頬にした」
不満げにアルトリアは頬を膨らました。
悪い悪い、と言いながら、アルトリアの隣で寝転がる。
できるだけ余裕があるように見せかけつつ、危なかったと心の底から思った。
モーレの言葉を思い出さなかったら、きっとキスをしていた。
いやキスだけじゃなく、その先も、決定的なことさえもしてしまっていたはずだ。
だが、寸前で止まれた。止まることができた。
アルトリアには悪いけれど、まだそういうことをしたいとは思わないし、する気もなかった。
しかしアルトリアに見つめられてからの俺は、まるでたがが外れてしまったかのように、アルトリアを欲してしまっていた。
なんでそうなったのかは、よくわからない。
単純にアルトリアのことを愛しているというのであればいい。
ノンケだなんだと言いつつも、アルトリアに惹かれてしまったというだけのことだ。
けれどこれがなにかしらの外的要因であったとすれば。
要は操られていたとすれば、話は変わってくる。
だがそうなると、誰が俺を操っていたかということになる。
心当たりはなかった。少なくとも、可能性と言う意味であれば、俺がそれまでに知り合った人たち全員が容疑者になれる。
だから容疑者から犯人を絞ることはしない。したくなかった。考えたくなかった。
「少し寝るよ。アルトリアも寝たら?」
「……じゃあ、そうする。ぎゅーってして?」
血の瞳で見つめてきながら、アルトリアが腕を広げる。
求められるままに、抱きしめてあげた。アルトリアは嬉しそうに笑ってくれた。
違うよな。あるわけがないよな。
そう自分に言い聞かせながら、俺はアルトリアを抱き締めながら、そのぬくもりに包まれながら、まぶたを閉じた。
組み伏されてすぐに、逆手でシーツを握るとか、アルトリアは恐ろしい子←しみじみ




