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rev1-49 雪原に響く声

鮮血注意です。

 視界が紅く染まった。


 レンさんの胸に向けて突き出された小刀が、まるで吸い込まれるようにまっすぐ突き出された白刃は、私の目の前にまで迫っていた。


 レンさんは私をどうにか守ろうとしてくれている。けれど、レンさんの動き出しよりも突き出された白刃の方が速かった。


 私の視界はあっという間に真っ赤に染まった。


 視界の中で鮮血が舞っていく。


 私の目と同じ色が白銀の世界を染めていく。


 視界という世界の中が紅に侵略されていた。


 言葉が出なかった。


 私の呼吸は止まっていた。


 その代わりのように荒く、弾んだ吐息が世界の中でこだましていた。


 こだまする音は吐息の他にもあった。


 血が滴り落ち、雪原の色を変えていく音。


 そのふたつの音を私はただ聞いていた。


 その音を聞いているのは私だけじゃない。


 レンさんもまた聞いていた。


 仮面から覗く紅い瞳は見開かれていた。


 目を見開きながら、レンさんは震えていた。


 震えながら、「イリア」と口にした。


「……間に合いましたか、さすがですね」


 くすくすとティアリカという女性が笑っている。女性の笑顔はとてもきれいだった。まるで天使や女神といった人ならざぬ美ゆえの笑顔のよう。そんなきれいな笑顔は付着した血でわずかに汚れていた。


 でも、そのわずかに汚れた血がかえって彼女を彩っているように感じられた。


 その視線の先には私とレンの間に立ち塞がるようにして、文字通り、肉の壁として立ち塞がっているイリアさんがいた。イリアさんの胸には血に塗れた小刀が突き刺さり、その小刀はイリアさんの背中まで貫通し、私の目の前にまで突き出されていた。突き出された白刃の先からは血が滴り落ちていた。


「……レン様もアンジュさんも傷つけさせはしない」


「その代わりにあなたが傷つくと? とんだ自己犠牲ですね? ええ。とても無駄な、ね」


 おかしそうに女性は笑っていた。笑いながらイリアさんの胸を貫いた小刀をゆっくりと抉るようにして回転させていく。


 イリアさんが血を吐き出したのか、宙に鮮血が舞っていく。


「あなたには腹が立つんですよ。誰の許しを得て、旦那様のおそばにいるんですか? そのうえ、旦那様の夜伽の相手もしているというではないですか。私を怒らせたいのですか? 私なんて一度しか夜伽の相手をさせてもらえていないのに」


 女性は笑っていた。笑いながらもその笑みには酷薄としたものが見えた。いや。もっと言えば嫉妬でしょう。女性はイリアさんを嫉妬の目で見ていた。


「やめろ、ティアリカ、やめてくれ!」


 レンさんが叫んだ。その声には必死さがあった。必死にイリアさんを助けようとしている。でも、その叫びは女性には届かない。


「ダメですよ? 当たり前じゃないですか。同じ嫁という立場の相手であれば、致し方がないと諦めもつきますよ。ですが、コレは嫁ではないのでしょう? ただの愛妾。いえ、愛妾にもなれぬ女の形をした張り型でしょう? ならそんなものは廃棄でいいではないですか。だからこそこうして廃棄をしてあげているのです。あなたが廃棄できないのであれば、嫁のひとりとして慰めるためだけの存在を捨てようとしてあげているのです。これも一種の愛ゆえのことですよ、旦那様」


 女性は笑いながらイリアさんの胸を抉っていく。


 その物言いはまるで自分が正しいと言っているかのようでした。


 でも、間違っている。


 イリアさんを物扱いしている。人として扱っていない。いや、人として見ていないのです。

 ハリガタというのはなんなのかはいまいちわからないですけど、人として見ていないということだけは理解できる。


「イリアはそんなんじゃない! イリアは、イリアは俺にとって」


 レンさんが叫んでいる。けれど女性は笑いながらより、小刀を回転させていく。イリアさんの白いジャケットはすでに紅く染まっている。それがより一層血を吸い、その色を強めていく。鮮やかな紅はもはや黒に似た色になっていた。それでもなお女性は手を止めようとしていない。


「ふふふ、なにか仰りたいことはあるようですけど、とりあえずこれは廃棄処分といたしましょう? そうすれば、こんな女のまがい物よりも、現実の女にまた目覚めてもらえるでしょうし。ええ、そうしましょう、そうしましょう」


 抉っていた小刀から手を女性が離した。イリアさんの体がゆっくりと倒れていく。レンさんが「イリア!」と叫ぶと同時に、女性は腕を引いていた。いや、腕を引いて構えていた。それが意味することはひとつしかなくて、そのことに気づいたレンさんは「やめろ!」と叫びました。けれど、女性は止まらなかった。


「迷わずに逝ってくださいね、愛妾にもなれなかったホムンクルスさん」


 そう言って女性はイリアさんの胸に突き刺さっていた小刀に向けて掌底を放った。イリアさんの胸を抉っていた小刀はより一層イリアさんの胸を深く抉り、その刀身のほとんどが背中を貫通し、イリアさんは紅く染まった雪原にゆっくりと崩れ落ちていく。レンさんが大声で「イリア!」と叫ぶ声がむなしく響くのを私は呆然と聞いていた。

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