Act1-52 白昼夢
二組のクランは合わせて十人ほどだった。
全員、顔に見覚えがあるので、うちを利用しているクランたちだというのはわかった。
ただなんでそのクラン二組がこんなところにいるのかがわからなかった。
「どうされましたか?」
他所向けの口調で話しかけると、二組のクランは、俺の存在に気付いたようで、再び慌て出した。
「ぎ、ギルドマスター? なんでここに?」
「それは私のセリフですよ? なんであなた方はここへ?」
「いや、自分たちは依頼を受けたので」
「え?」
思わぬ返事だった。
依頼を受けた。ゴブリン退治の依頼を受けたということなのだろうけれど、ゴブリン退治の依頼は俺が受注したはずだった。
もっとも依頼内容によっては、複数のクランが受注することもあるので、そこまでおかしいというわけではなかった。
ただ少なくとも、俺がこの依頼を受注したことは、アルーサさんには伝えたはずだったのだけど、どうして彼らがこの場にいるのか。やっぱり理解できなかった。
「えっと、依頼を受注されたのですか? この依頼は私が終わらせるとアルーサさんに伝えていたはずだったのですが」
「いや、自分たちは、秘書ちゃんに頼まれてここに」
「アルトリアにですか?」
「ええ。秘書ちゃんに、受ける人が誰もいない依頼なので、とお願いされて、自分たちが受けることになったんですよ」
「……ちなみに、アルーサさんにその話は?」
「いえ、秘書ちゃんの方でやっておくからと言われまして」
「……あー、なるほど。ならバッティングするのも無理ないですね」
俺が受注することをアルーサさんには伝えてあった。
すでに受注済の処理はされていただろう。
けれどそのことをアルトリアは知らず、ゴブリン退治の依頼をみずから斡旋してしまった。
斡旋するのが悪いわけじゃない。むしろ組織や地域のことを考えれば、アルトリアのしたことは正しい。
だが、アルトリアにミスがあったとすれば、俺の性格を考えていなかったってことだろう。
おかげで現地にて、バッティングする羽目になった。
責める気はない。これくらいの失敗であれば、まだかわいいものだ。
それにアルトリアは、アルトリアなりの考えがあってやったことだ。
なのに、あの子を責めるというのは、ちょっとひどい気がする。
経営者としては、怒るべきなのだろう。ちゃんと確認をしろと言うべきなんだと思う。
でも、俺は言いたくなかった。
言えば、アルトリアを傷付けてしまいそうだった。
アルトリアは精神的に脆いところがある子だから、こういうミスをしたと知ったら、際限なく自分を責め続けるというのは目に見えていた。
ただこうなった以上は、補てんをしなければならなかった。
加えてアルトリアの精神的なフォローもしてあげないといけない。
とりあえず、悪いのを俺にしてしまえばいい。
こういう依頼があったということを知らなかったという体にしてしまえばいいだけのことだ。
「……ひとつお願いがあるのですが。今回の件について、口裏を合わせてくださったら、補てんに加え、ゴブリンキングの素材をプレゼント、というのはどうでしょうか?」
にこりとその場にいた二組のクランに笑い掛けた。
要は賄賂を渡すから、黙っていろということだ。
そんな俺の思惑を二組とも理解してくれたようで、苦笑いしながら頷いてくれた。
「ギルドマスターは、秘書ちゃんを本当に大切にされていますよね」
くすくすと女性冒険者が笑った。言い返すことはできなかった。というか、言い返す言葉が見つからなかった。
「……公私ともに私を支えてくれていますからね、彼女は」
「ふふふ、本当にお似合いですね、ギルドマスターと秘書ちゃんは」
「ま、まぁ、嫌ってはいませんよ。大事な子ですから」
うん、嫌ってはいない。むしろ嫌っていたら、あんなにべたべたされたくもないし、血なんて吸わせもしない。
けれど俺はアルトリアに血を吸わせていた。つまりは嫌ってはいないということだ。
ただどういう意味でなのかは、この時期になるとよくわからなくなっていた。
アルトリアは好きだ。それが友人という意味でなのか。
それともアルトリアが向けてくれている想いと同じ意味での好きなのかは、自分でもわからなかった。
ただ失いたくない人にはなっていた。あの笑顔を手放したくないと感じていた。
アルトリアがそばにいてくれるならば、元の世界に戻れなくてもいいとさえ考えそうになることもある。
いや、実際に考えていた。アルトリアとずっとこの世界で暮らしていく。
表面上は、元の世界へ帰るための資金を稼ぎつつ、実際はアルトリアとずっと一緒にいようと決める。
悪いことじゃない。ラースさんには失望されるかもしれない。
でも、エンヴィーさんや勇ちゃんたちはきっと受け入れてくれると思う。
だいたい個人で星金貨一千枚を稼ぐこと自体が、無謀なことだった。そんなことできるわけがない。
資金を稼ぐために冒険者ギルドを設立したけれど、はたして本当に稼ぐことができるのか。
稼げるとは思っていない。ギルドとしての経営自体はうまくいっている。
ドルーサ商会が手を回しただろう嫌がらせは、相変らず受けているが、それでも順調に稼ぐことはできていた。
一日だいたい金貨三十枚ほどの売り上げはある。
だが、それは純利益というわけじゃない。純利益となると、せいぜい金貨十枚もあれば、いい方だ。
仮に一日金貨十枚の純利益があるとしても、それを一か月続けられれば、ひと月の純利益は、金貨三百枚。
そのうちの三分の二をギルドの大金庫に納めたとした場合、残る金貨百枚が俺の一か月の報酬とした場合、一年で千二百枚。
一年かけても星金貨一枚も稼げないということになる。
星金貨一千枚を稼ぐとなれば、八千年かかる計算になる。
もちろん、その年収はあくまでも現段階の予想だから、これから先ギルドがもっと円滑に運営できれば、より稼ぐことはできるはずだ。
けれど、現状を踏まえるかぎり、星金貨一千枚を稼ぐというのは、想定よりも厳しいと言わざるをえない。
このままずっと頑張ったところで、なんの意味もないかもしれない。
ならば、このままアルトリアと添い遂げるという選択もありかもしれない。
頑張り抜いても、星金貨一千枚を稼げないというよりかは、そこそこに稼いで、この世界で残りの人生を過ごすのだってありかもしれない。
元の世界に戻れば、家族や友人たちがいる。
けれどアルトリアのように、俺をあそこまで慕ってくれる相手はいない。
アルトリアがずっとそばにいてくれるのであれば、この世界で一生を過ごすのは、悪いことじゃないと思う。
親父やじいちゃんの死に目には会えないけれど、ふたりだって、この世界で俺が幸せな人生を送るのであれば、きっとわかってもらえると思う。
だから、星金貨一千枚を稼ぐなんて、バカなことはやめて、アルトリアの想いを受け入れてあげればいい。
そうすれば、俺はもう苦しむことはなくなる。そう、アルトリアを抱いて、彼女と恋人になれば──。
「カレンちゃんが、本当にそう思っているのであれば、それでもいいと思うよ」
声が聞こえた。聞き間違えるはずのない声。振り返る。誰もいない。
だが、不思議なことに、世界の色が変わっていた。
俺の周囲には、相変らず二組のクランがいた。
でも、全員がセピア色に、いいや、世界自体がセピア色に染まり、動きを止めていた。
動きを止めていること自体は、目を細めたときと同じだ。
しかし目を細めたときは、セピア色に染まったことはなかった。
これはいったい。困惑していた、そのとき。
「アルトリアちゃんか。かわいい子だよね。カレンちゃんが夢中になっちゃうのも無理はないかな」
くすくすと笑う声が聞こえた。慌てて声の聞こえた方を見やる。そこに「彼女」はいた。
「モーレ?」
少し離れたところに、モーレが立っていた。
真っ白なワンピースを身に着けたモーレが、最期に浮かべたのと同じ笑顔を浮かべて立っていた




