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rev1-37 助けを呼ぶ声に

今年もあと3ヶ月になりましたね←しみじみ

例年ならあと2ヶ月で冬コミですけど、今年は夏も冬もコミケのないので、違和感ありますね。

今回はアンジュ視点となります。次回もアンジュ視点の予定ですが、予定は未定。つまりはいつも通りです←

 雪降る山道がぐんぐんと後ろへと流れていく。


 特別に飼育されたバンマーに乗っていなければ、そんな光景を見ることはない。人の脚ではバンマーと同じ速度で走ることはできない。雪道であればなおさらのこと。


 それは雪国であるこの国で生まれた私の、いえ、この国で生まれ育った者にとっての常識です。その常識外の光景を見ることになるなんて考えてもいなかった。


 その考えてもいなかった光景を私はいま見て、感じていた。そうなった原因はレンさんにあった。


「山頂はまだか?」


「ま、まだ先です!」


「……そうか」


 レンさんは私を抱き抱えながら、雪道を駆け抜けていました。それも夜の雪道をです。特殊に飼育されたバンマーでも、夜は走れない。それは人とて同じはずなのに、レンさんはそんなことは関係ないと言わんばかりに、昼間のバンマーと同じ速度で夜の雪道を走っていました。そんなレンさんの口調は苦々しそうでした。仮面の下の顔はわからないけれど、その目には苛立ちさえも感じられた。


 そう、レンさんはいま苛立っていた。


 でも、それは普段のように私にと向けられたものじゃない。まぁ、そもそも普段から私に苛立たれている意味もいまいちわかりませんでした。……今朝までは、ですけども。


 レンさんには奥さんがいた。その奥さんの名前はカルディア。私のお姉ちゃんと同じ名前で、私ととても似ているそうです。 


 それだけであれば、よくある偶然ですむ。


 けれど、あの女が言ったことを踏まえると、レンさんの奥さんであったカルディアさんと私のお姉ちゃんであるカルディアが同一人物であるということが本当に事実であるのであれば、レンさんはきっと私にお姉ちゃんの影を見ていたのかもしれません。


 でもそれを認めたくなかった。なによりもお姉ちゃんをご自分の中から消したくなかったからこそ、私に怒鳴り散らしたり、スキンシップにしては行き過ぎな、半ば暴力も振るっていたんでしょう。


 被害者である私にしてみれば、「勘弁してください」と言いたいことではありますけど、もし私が逆の立場だったら、たぶんレンさんと同じことをしていたかもしれない。だからレンさんを恨むことはできないし、レンさんを悪く言うこともまたできない。


 まぁ、若干やりすぎなのでは、とは思いますけど、ここはもう私が大人になるしかありません。


 私も散々罵声やら拳やらを受けてきましたが、それ以上に痛くて辛かったのはきっとレンさんでしょうから。……いや、まぁ、私も痛くて辛かったですけど、レンさんは私よりもきっと痛みも辛さも大きかったはずですから。


 レンさんの過去になにがあって、どうして仮面を外さないのかはわからない。でもカルディアお姉ちゃんを喪ったということは事実なんでしょう。いま思えばレンさんが私を見る目はいつも悲しそうだった。大きな苛立ちを抱えられていたことはたしかでしたけど、その苛立ちの中にはいつも別の感情も入り交じっていたんでしょう。


 そう考えると、少しだけ申し訳なさはある。


 もっともいくら申し訳なくても、この顔と姿を変えることはできないので、どうしようもないわけですが。


 それでも、もし私がお姉ちゃんの妹でなければ、とは思いますが。それでも結果は変わらなかったのかもしれない。


 どのみち、私を見たレンさんがお姉ちゃんと重ねてしまうことになったんでしょう。


 誰も悪いわけじゃない。ただ悲しいほどのすれ違いがあったということ。そう、これもまた運命なのかもしれない。


 運命の悪戯みたいなものなのかもしれません。


「アンジュ。まだか? まだなのか?」


 不意にレンさんが私を見つめた。どうしてか胸が騒いだけれど、表情に出すことなく、私は周囲を見渡していく。


「……さっきよりも近づいていますが、まだもう少しです」


「……そうか」


 レンさんはそう言って口を閉ざされました。紅い瞳をわずかに顰められながらです。きっと仮面の下の素顔は苦虫を潰したようになっていることでしょう。


 それだけいまのレンさんには余裕がなかった。


 レンさんから余裕がなくなったのは、ずっと聞こえている狼の魔物が、この子が泣き叫んでいるからと伝えたからですけど、なんで狼の魔物の言葉を私が理解できるのかはわからなかった。


 ただ理解した以上、この子がお母さんに助けを求めていることがわかった以上は、放っておくことはできませんでした。


 むしろ、こんなにも泣き叫ぶ子供がいることを知って、見ない振りなんてできるわけがない。


 母さんがいなくなってから、みなしご同然となった私を、コサージュ村のみんなは助け、育ててくれた。育ての親というものがいるというのであれば、それはコサージュ村のみんなのこと。


 いわば、私にとってコサージュ村のみんなは家族同然。その家族同然の人たちの子供や孫であれば、私にとっては弟妹のようなものです。だから私は村で泣き叫ぶ子がいたら、絶対に見捨てることはしなかった。


 それはコサージュ村の子供以外であっても変わらない。たとえ相手が狼の魔物であったとしても、お母さんに必死に助けを求める子供を見捨てることなんて私にはできなかった。


 レンさんもたぶん同じなんだろうとは思うけれど、私とは若干理由が異なる気もします。


 レンさんの目には苛立ちと同じくらいの大きさの焦りがあった。その焦りはまるでいなくなった子供を捜し回る親御さんと同じもの。


 もしかしたら、この狼の魔物、いえ、この子はもしかしたら──。


「レンさん、この子はあなたにとってどんな子なんですか?」


 ──思わず、口にした言葉はレンさんの足を止めるには十分だった。レンさんは顔を俯かせるとと、はっきりと答えを口にしました。


「……この声の主はおそらく、俺とカルディアたちの娘のひとりだ」


 レンさんが口にした一言に今度は私が口を閉ざすことになった。思いもしなかった言葉でしたし、それ以上にレンさんは悲しんでいた。大粒の涙を流してレンさんは悲しんでいた。そんなレンさんの姿に私はなにも言うことができなくなりました。


 山頂からは依然として泣き叫ぶ声が聞こえてくる。その声に呼応するように雪は吹雪き始めた。レンさんに触れられていない部分の熱は奪われていく。逆に触れている部分からはそのぬくもりが伝わってくる。寒さとぬくもり。そのふたつを同時に感じながら、私はただ大粒の涙を流すレンさんを見上げることしかできないでいた。


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