rev1-33 甘く残酷な毒
更新がまた途絶えそうになりましたが、更新できました。
肩と腰の調子はだいぶよくなりました。
まぁ、まだ違和感がありますけども←
まぁ、それはさておき。
今回はプロキオンの正体です。
わりとキツい内容になりますけども←
大丈夫な方だけスクロールしてください。
「ふふふ、久しぶりね」
「霊山」の山頂のお社前にあの人はいた。
正確には、仮面をつけた女が、あの人と同じ声をした仮面の女性が立っていた。背丈は私が知っているあの人よりもいくらか大きく、体格はより女性らしい丸みを帯びていた。
私たちの年齢を考えれば、数ヶ月あれば、発育するのはあたりまえ。レン様という例外はあれど、普通であれば数ヶ月あれば、男女ともに成長するのは当然。それが成長期というもの。
だから、あの人の変化は当然のことだった。
でも、どこか違和感はあった。一番の違和感の元は素顔を隠す仮面だった。
「……顔をお隠しになられるようになったのですか?」
「ええ。わざわざ私の顔を見せる必要はないのではなくて?」
「……そうですか」
「あら? 気を悪くしたかしら? ごめんなさいね」
あの人は笑っているようだった。
その声はとても楽しげではある。
けれど、どうしても違和感があった。
体に纏わり付くような、なんとも言えない違和感があった。
それでも、目の前にいるのはたしかにあの人で、姉様であることには変わらない。そう、姉様は姉様だった。
たとえ、私の知る姉様との乖離があったとしても。目の前にいるのが姉様であることはたしかだった。
「まま上、ひとり足りないけれどいい?」
「……ええ。大丈夫よ」
「そっか」
「ええ、お利口さんね。でも」
プロキオンは姉様の隣に立って、姉様の服の袖を引っ張っていた。その様子は見た目相応のものとは言えない。小さな子供がひとりでお使いができたことを褒めて貰おうとしているようにしか見えない。
見た目が成人女性であるプロキオンがするとアンバランスではあったけれど、それまでのふてぶてしさが消えて、愛らしく見えた。腕の中で「イリアおねえちゃん、わらっているの?」とベティちゃんに言われてしまうほどには。
ベティちゃんからの言葉につい慌ててしまったけれど、ベティちゃんはどこか嬉しそうでもあった。妙な勘違いをされているような気がしてならなかったけれど、訂正することはできなかった。
いや、訂正する前にそれは起きてしまったのだから。
「まだ私はお話しているでしょう? なのにいきなり話しかけるのは悪い子の証拠よね?」
姉様はそう言うやいなや、プロキオンの髪を掴むと、地面に力任せに叩きつけた。プロキオンは「きゃん!」と甲高い声を上げて地面に転がった。姉様の手には力任せに叩きつけたことで抜け落ちた銀糸の髪が巻き付いていた。その巻き付いた髪をまるで穢らわしいとでも言うかのように払い落とすと、姉様は何のためらいもなく、プロキオンの体を踏みつけた。
「本当に覚えが悪い子ね。どうしてわからないのかしら? まま上がお話しているときに話しかけちゃいけないって何度も教えたでしょう? なのに、どうして理解できないの? そんなにまま上の言っていることは難しいこと? 違うでしょう? 「シリウスちゃん」なら簡単にできることでしょう? なのになんでそんな簡単なことが! あなたにはできないの!? 違うでしょう!? 「シリウスちゃん」ならできて当然でしょう!?」
途中で熱が籠もったのか、姉様は何度も何度もプロキオンの体をためらいなく力任せに踏みつけていく。
そのたびにプロキオンは呻き声を上げるも、姉様の耳には届いていないみたいだった。いや、違う。届いていてもそれを無視しているし、その呻き声ひとつとっても穢らわしいと思っているようだった。まるでプロキオンを通して違う誰かへの苛立ちをぶつけているかのようだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
プロキオンは姉様からの暴行に身を丸めることで耐えていた。嵐が過ぎ去るのを待つように。そうすることでしか暴行が終わらないことを理解しているかのようだった。もっと言えば、姉様からの暴行を受けることに馴れてさえいるように私には思えた。
かつての私も姉様が癇癪を起こすたびにああして暴行を受けていたからわかる。姉様はプロキオンを暴行するのを当たり前と捉えているし、プロキオン自身も姉様に暴行されるのは「自分が悪いことをしてしまったから」と捉えているようだった。
「……ばぅぅ」
ベティちゃんが服の袖を掴んだ。いや、私の胸に顔を埋めて目の前の光景を見ないようにしていた。
無理もない。目の前の光景はベティちゃんにとってはトラウマを刺激されることだった。ベティちゃん自身が暴行を受けたわけではないが、近いことをされていた。その結果、この子は狼の魔物であるのにも関わらず、肉類を食べることができなくなってしまったのだから。
狼の魔物であるのに、肉を食べられないというのはそれだけ根強いトラウマを植え付けられたということに他ならないのだから。
「……ベティちゃん」
「ばぅ、ばぅ、ばぅ~」
体を震わせてベティちゃんは泣いている。毛並みがよくなった尻尾は力なく垂れ下がり、私の胸に押しつけられた顔は見えないけれど、大粒の涙でぐしゃぐしゃになっているのは明らかだった。
「……ベティ」
ルリ様が痛ましそうに声を掛けるも、ベティちゃんが泣きやむことはない。その体の震えも止まらない。完全に過去に囚われてしまっていた。私にできることはただベティちゃんを抱きしめることだけだった。それだけのことをしでかしたにも関わらず、姉様はプロキオンを痛めつけていた。
「本当に! なんで! あなたは! こんなにもダメな子なの!?」
それまでは踏みつけていただけだったのに、そこからはプロキオンの腹部を蹴り始めていた。まるでボールを蹴るような、遠くまでボールを飛ばすように力強く蹴りつけていく。そのたびにプロキオンは血が混じった唾を飛ばしていた。
「ごめん、なさい、ごめんな、さい」
プロキオンは力なく謝っていた。
姉様の暴行をただ受けることしかあの子にはできないようだった。いや、違うか。それ以外の行動を取ることを教えられていないんだろう。「どんなに痛くてもまま上のすることを嫌がってはいけない」等のことくらいはあの人であれば、たぶん教えるだろう。
実際、私自身それに近いことを言われたことがあった。
「私の所有物なら私になにをされたとしても、喜ぶのが普通でしょう?」
あの人は笑いながらそう言っていた。そしてそれをプロキオンに言ったであろうことはたぶん間違いない。
姉様の暴行にただ耐え続けているだけの姿を見る限り、姉様がそう教え込んだであろうことは間違いない。そしてそれが意味することはただひとつ。あまりにも惨すぎる答えだけだった。
「本当に! 本当に使えない! 見た目だけがそっくりな出来損ないが! おまえなんかをシリウスちゃんと呼ぶこと事態が腹立たしい!」
姉様はついに叫んだ。私が導き出していた答えを口にした。
そう、プロキオンはシリウスちゃんの細胞を使って造られたホムンクルスだということ。それを姉様ははっきりと口にしていた。
でも、おそらくはそのことを言ってもプロキオンは認識しないだろう。父様であれば、そういう設定でホムンクルスを造れる。正確にはいまのプロキオンには違う言葉で聞こえているんだろう。
それがどういう風に聞こえているのかは私たちにはわからない。けれど、それがとてつもなく甘い毒であることはわかる。真実を知らせない、甘く残酷な毒であることはたしかだった。
そんな甘く残酷な毒をプロキオンは常日頃から受け続けている。目の前の光景はその証左だった。それでもなお、プロキオンは姉様を「まま上」と呼んで慕っていた。とても物悲しく、そして胸を痛ませる光景だった。
その光景を誰一人止めることもできないまま、ただ姉様の苛立ちとプロキオンの謝罪の声が、冷たく吹き付ける風とともにいつまでもこだまし続けていた。
ホムンクルスというよりも、クローンの方が合っている気はしますが、世界観的にはホムンクルスだろうと思い、ホムンクルスにしておりますので、あしからず。




