rev1-30 霊水と咆哮と
10日以上空いてしまった←トオイメ
早く更新速度を戻したいなぁ←汗
「ここ、か」
レンさんが足を止めたのは、洞窟の入口からさほど離れていない場所でした。
そこには小さな泉が、透き通ったきれいな水が溜まった泉がありました。
そこはちょうど洞窟の行き止まりで、ほかにそれらしいものも見当たらなかったし、分岐路もなかったので、間違いなくこれがディーネの言っていた霊泉で、父さんが命を落とすきっかけになった霊水の源泉であることは間違いない。
霊泉は、その名を示すかのように底まで見えるほどに澄みきっていた。
ただ、洞窟が薄暗いこともあり、はっきりと底は見えなかった。でも危険ななにかがいるようには見えない。せいぜい、泉には至るところに青白い水草が、いままで見たことがない水草が生えているくらい。その水草が生えていても霊泉は美しく、神秘的なものでした。
「見た目は小さな泉、だな。まぁ、こういうところほど神秘的な力が宿っているもんだし、不思議ではないか」
「そう、なんですか?」
「あぁ。お約束みたいなもんさ」
「そう、ですか」
レンさんはお約束と言っていたけど、いまいち言われている意味がわからなかった。
こんな小さな泉が霊泉と言われても納得できない人の方が多そうなのに、レンさんにとってはこういう泉の方が神秘的なものだというイメージがあるみたいだった。
(いったいどういう生活をすれば、そういう発想になるんだろう?)
レンさんはやはり不思議な人だなぁとしみじみと思っていると、レンさんはおもむろに跪いてから私の足首にそっと触れました。触れられると鋭い痛みが走るけど、レンさんは気にすることなく触れていた。お医者が触診しているかのように、真剣だけど優しい手付きでした。
「……ずいぶんときれいに切られているもんだな」
「え?」
「足の腱さ。ここが切られているという話だったけど、とても丁寧に切られているよ。断裂ではなく、細胞の結合を一時的に切り離したってくらいにな。まるで、あらかじめ治すつもりだったみたいに、ね」
「治すつもり、だった」
「……あくまでもそういう風に見えるってだけだがな」
そう言ってレンさんは、泉の水を手で掬い、口に含むと、しばらく口の中に留めてから思いきったかのように飲み込むと、「味は悪くない」と言いました。
「……飲料水として利用できるくらいには、澄んでいるな。まぁ、念のために煮沸はした方がいい。ってわけだから、少しだけ待っていろ」
「え、あ、はい」
アイテムボックスからお鍋を取り出し水を汲むと、手頃の石で組んだ即席の釜戸を作り、その釜戸で鍋に火を掛けた。
「煮沸した後に適温まで冷ましてからってことになるけど、いいか?」
「あ、はい、大丈夫です」
「……そうか。本当は煮沸なしの方が手っ取り早いし、ものがものだけに問題ないとは思うけど、念には念を入れておきたい。すまないな」
「いえ、気にしないでください」
レンさんは沸騰した霊水を脚に掛けることを気にしていたけど、レンさんが気にすることじゃなかった。
私が拐われて怪我したのは、レンさんが原因なのかもしれないけど、それでもこうして助けてくれたことは確かです。
だから気にすることじゃない。そう言った。
それに気になることもあったんです。
「あの、レンさん」
「あん?」
「この霊水のことをご存知だったんですか?」
そう、レンさんは霊水を煮沸しても問題はないと言っていた。たしかに霊泉は神秘的な雰囲気をかもち出しているけど、煮沸せずに使用しても問題はないとは言いきれない。
なのになんでレンさんは問題ないなんて言えるのか。その理由が気になった。
「……ここのことは知らねえ。ただ、あの水草には心当たりがあっただけだ」
「水草ですか?」
「あぁ」
レンさんは泉の中にもあった水草を指差していた。あの水草は「霊山」近郊で育った私が初めて見るものでした。恐らくは猟師であるゲイルさんも見たことがないもののはずです。
私が知っている動植物のことはすべてゲイルさんから教えてもらったものなので、その教えてもらった中にあの水草の存在はなかった。ということはゲイルさんもあの水草のことを知らないということ。その水草の存在をどうしてレンさんは知っているのか。
(レンさんって本当に何者なんだろう?)
助けてもらってなんではあるけど、レンさんが怪しく見えてしまってならない。その視線に気づいたのか、レンさんは苦笑いしながら水草のことを教えてくれました。
「あの水草はエリキサと呼ばれる霊草の種類のひとつさ」
「エリキサというと、エリクシルの「魔大陸」呼びのことでしたっけ?」
「あぁ。そうだよ。こっちで言うエリクシルは、「魔大陸」ではあらゆる病、あらゆる怪我をも治す最高の薬草のことだ。「魔大陸」で霊草と言ったら、エリキサのことを言うんだ」
「そのエリキサが、あの水草?」
レンさんは「あぁ」と短めに答えながら、周囲を見渡し始めた。いったいなにをしているんだろうと思っていると、レンさんが口にしたのは思ってもいないものでした。
「……これは極秘なんだけど、エリキサという霊草には固定の形がないんだ」
「え?」
「そもそもエリキサと呼ばれる薬草自体が本来は存在しないものなんだよ」
「ど、どういうことですか?」
「そのままの意味さ。本来ならエリキサと呼ばれる薬草は存在しない。が、一定の条件を満たすと、そこらの雑草でもエリキサとなるんだ。いや、すべての植物が変化した結果、エリキサになるという方が正しいな」
「一定の条件?」
エリクシルないしエリキサがもともと存在しないというのは初耳だった。とはいえ、レンさんが嘘を吐いているとも思えない。
むしろこんなことで嘘を吐く理由がない。
(ということは本当にエリキサって存在しないものなの?一定の条件っていうのを満たしたものだけが、エリキサになるってことなの?)
レンさんが言った言葉を反芻しつつも、ありえるかもしれないとも思えた。
エリクシルは「霊山」にもいくらか自生しているけど、そのどれもが別々の姿形だった。同じ種類のものはほぼなかった。
判別方法は他の山菜との色が違うということだけ。
「霊山」で採れるエリクシルはすべてが青白い魔力を帯びている。
たとえ姿形は異なっていても、「霊山」で採れるエリクシルはすべてがそうだ。
つまり青白い魔力を帯びた山菜があれば、それがエリクシルということ。少なくとも「霊山」近郊ではそれが常識でした。
その常識を当てはめると、たしかにあの水草たちも「霊山」のエリクシルと同様に青白かった。水中にあるからか、魔力を帯びているのか、もとから青白いのかはわかりづらいけど。
でももし、レンさんの言うとおり、あの水草が一定の条件を満たし、エリクシルと化したものであれば、霊水の正体もわかる。
霊水はエリクシルの成分が溶け出したもの。つまりは天然の飲み薬と化したものということ。
あくまでも仮説のようなものでしかないけど、たしかに可能性としてはありえた。
もっともレンさんが言った一定の条件次第ではありますが。すべての植物をエリクシルという存在に押し上げる条件とはいったいなんなのか。
「条件ってなんですか?」
「……魔力だよ」
「魔力?」
「あぁ、一定以上の魔力を込められた植物は、エリキサとなる。それはエリクシルも同じだ。実際俺たちが使っている小屋周辺にエリクシルが多いのは、ルリの魔力の影響によるんだ」
「ルリさんの魔力ですか?」
「あぁ。ルリは特別な存在だからな」
レンさんはそれ以上は語るつもりはないみたいで、押し黙ってしまいました。ですが、レンさんたちの小屋周辺でエリクシルがよく採取できる理由はわかりました。いまひとつ納得はできませんが。
「ということは、この水草はルリさんの影響で?」
「いや、違う。ルリの魔力の影響によるなら、灰色になるはずだ。実際、うちの小屋周辺にあるエリクシルの色は灰色の魔力を纏っているだろう?」
「そう言えば」
レンさんたちの小屋周辺にあるエリクシルは、ほかのエリクシルとは違い、灰色の魔力を帯びていた。あれがルリさんの影響によるものならば、この水草も灰色になるはず。でも水草たちはすべてが青白い。つまりルリさん以外の影響によるということ。
そして強い魔力を帯びているという存在は、基本的には一部の強大な魔物などを指すことが多い。ということは──。
「御山のエリクシルが青白い魔力を帯びているのは」
「ここに強大ななにかがいるってことさ。そういったなにかの話とか聞いたことがあるか、アンジュ?」
「……強大ななにかと言われたら、「古き神」くらいしか」
「「古き神」か。ここら一帯の伝承にある存在だったっけ?」
「ええ。各村で神とも悪魔とも謡われる存在ですが、どの村でも人の手では抗いようのない強大な存在とされています」
「……この山の規模でエリクシルを採れる箇所を踏まえると、最低でもBランク相当かな」
「Bランク?」
「仮にその「古き神」が魔物であったとしたら、最低でもBランク相当の存在ってことだよ」
レンさんがあっさりと言いきった。その一言に私は言葉を失いました。
最低でもBランク。魔物のランクにおいて高位の存在を指し示すもの。基本的にロードクラスの手前。高位の冒険者が総掛かりとなってようやく討伐まで行けるかどうかという存在が、「古き神」──。
しかももしかしたらAランクの、伝説のロードクラスの可能性さえもあると言われたら、言葉を失うのも当然でした。
「で、でも「古き神」が実在したとしても」
「本来なら問題はないさ。そういう存在というのは下手なちょっかいを出さなければ基本的には無害だ。だけど、ここにはあの女が来ている。もしあの女が俺の捜索だけではなく、「古き神」の探索に来ていたとしたら」
「それは」
レンさんの言う「あの女」がディーネの言っていた姫様だとしたら、まずいことになるかもしれない。あの姫様であればなにをしてもおかしくはない。そう思った、そのとき。
「オォォォォォォ!」
いままで聞いたことのない咆哮が響き、それに呼応するようにして御山全体が震え始めたのでした。
次回は視点チェンジです。




