rev1-29 さようなら
あー、やっと更新できた←汗
7月は全然更新できませんでした←汗
8月はできたら5日に1回のペースで更新したいです
さて、今回は死にネタになりますので、ご注意をば。
一方的な光景でした。
レンさんが刀を振るう度にディーネの体は少しずつ刻まれて、ディーネは悲鳴を上げていた。
だけど、レンさんは悲鳴を上げるディーネを見下ろしながら、淡々と刀を振っていく。……まぁ、私にはその様子が一切見えていないわけなんですが。
なにせ、レンさんが刀を振るうのが見えない。動き出しさえも見えていない。ただレンさんが攻撃をしたという証拠としてディーネの体が切り刻まれていく。それだけがレンさんがディーネを攻撃しているという私がわかることでした。
加えるとすれば、ディーネは徐々にその体積を少なくしているということくらい。ほんの数分前は五体満足だったというのに、いまや右腕は肩から先を失い、髪は最初の半分の長さとなり、顔には大小様々な刀傷が刻み付けられている。
それは見ようによってはいたぶっているという風にも見える。
でも実際はいたぶっているわけではなく、ディーネが全力で回避行動を取っているがゆえの代償。回避行動に全力を傾けているからこそ、ディーネはいまもなお生きている。逆に言えば、回避行動に全力を出さなかったから、とっくに終わっている。
ディーネとレンさんの実力がどれほどの差があるのかは、いままでのやり取りで理解している。
そのうえで思うのは、ディーネはよくやっているということ。圧倒的に実力差がある相手に対して、必死に生を掴み取ろうとしている。それはとてもすごいことだった。……レンさんに言ったら、「おまえアレにされかけたことを忘れているのか?」と言われそうだから、あえて言いませんけど。
ディーネは私を犯し殺そうとしていた相手。でも同時にあの子は私の後輩でも、仲のいい後輩でもあった。
他にも後輩はいる。
でも「後輩と言えば?」と問われて、真っ先に出てくるのはディーネだった。
ディーネは私にとって大切な存在のひとり。
お互いに家族と言える相手はおらず、家に帰っても迎えてくれる相手はいなかった。
だからか、時折お互いの家に泊まることが私たちにとって、楽しみのひとつでもあった。
仕事が終わったら、一緒に買い物をしてお肉や野菜を手に入れたら、一緒に調理をして、一緒にご飯を食べる。
ご飯の間はいろんな話をしていた。
だいたいはコイバナが多かったけど、時々お互いの家族のことや子供の頃の話をしていた。
コイバナのときはディーネが主体だったけど、家族のことや子供の頃の話をするのは私が主体となっていた。
その後はお風呂に入り、それぞれの自室で一緒に眠る。たまに朝まで話をしてしまって、次の日の仕事に支障が出てしまうこともありました。
そんなディーネと過ごす日々は、代わり映えのない寒村での日々を彩られることのひとつでした。
たとえ騙されていたとしても、ディーネが私の後輩であることには、親友であることには変わらない。
そんな親友兼後輩が傷つく姿は見たくなかった。たとえその親友に犯されそうになっていたとしても。殺されるところだったとしても。私はもうディーネが傷つくところを見たくなんかなかった。
「……レンさん、もう十分です」
ディーネの胸に大きな刀傷が走り、ディーネが胸を押さえながら踞ったところで、レンさんの右腕を掴んだ。
「おまえ、なにを言ってわかっているのか?」
「……はい。ディーネを助けてあげてほしいです」
「……あいつはおまえを」
「それでも私はディーネに生きていてほしいから。お願いします!」
腕の中で頭を下げながら右腕を精一杯の力で掴んだ。
レンさんにとっては私の精一杯の力なんて簡単に振り払える程度だろうけど、レンさんは私の腕を振り払うことはなかった。
「……本当、そういうところは似ているな」
「え?」
「一度決めたら頑ななところはそっくりだよ。本当にさ」
レンさんは目を細めて笑っているようでした。でもその笑みはどこか悲しそうだった。
そもそもいまの言葉はなにに対してのものなのがわからなかった。思い当たる節はあるけど、確証はなかった。
だから尋ねようとした。でもレンさんはそれを見越したのか、それとも偶然かなのかはわからなかったけど、いくらかため息を吐いてからレンさんは「わかった」と言って、ディーネへの攻撃を止めてくれた。
「……おい、化け物。見逃してやる。さっさと失せろ」
レンさんは刀を鞘にしまうと私を抱き抱えて洞窟の入り口へと、ディーネに背を向けて入り口に向かっていく。
「ありがとうございます、レンさん」
「……礼を言うのは早いと思うけどな」
「え?」
ディーネを見逃してくれたことへのお礼を言うと、レンさんはなぜか「早い」と言った。
その言い方だとまだディーネとの戦いは終わっていないと言っているようなもの。
だけど、ディーネはもうボロボロでした。ボロボロだけど、それでも生きている。生きているのであれば、傷もいつかはよくなる。
でもいますぐに戦えるわけじゃない。だからレンさんの危惧は見当違いだと思った。そう、見当違いだと思ったのだけど──。
「ふざけるなぁぁぁっ!」
──ディーネは怒り狂ってしまった。
レンさんが面倒臭そうに振り返ると、そこには目を血走らせたディーネがとても強い目で私たちを睨み付けていた。
「私を、私を、侮辱するなぁぁぁぁっ!」
残された肩を大きく動かして叫ぶディーネ。
もう戦う云々ではないのに。仮に戦えてもレンさんには敵わない。それはディーネ自身がわかっているはずなのに、ディーネはまだ戦おうとしている。なんでそこまで戦おうとしているのか。私にはわからなかった。
「なんで、ディーネ」
「……これがルシフェニアの連中さ。どんなに劣勢でも諦めない。生き汚さと醜さが同一している、そんな奴らの集まりなんだよ、あの国は。加えて言えば、他者を喰い物にしてもなにも感じやしないということも含まれる」
レンさんが刀を再び抜き放った。ディーネの顔に赤い線が走り、ディーネが顔を押さえて叫んでいく。
「レンさん!」
「……あれはおまえの後輩でもなんでもない。ただの人喰いの化け物だ」
「そんなことは」
「じゃあ、なんでおまえは両足の腱を切られている?服を破かれ、犯されそうになっていた?あれの下劣な趣味のせいでおまえはいまそうなっている。あれがおまえに近づいたのは単純にそうした方がおまえを喰い殺しやすいだけだ。そのためだけにあいつはおまえに近づいた」
レンさんは淡々とディーネを刻んでいく。顔を押さえていた左腕を肩から切り落とし、次に胸を斜めに切りつけた。
ディーネは長い舌を覗かせながら、まるで喘ぐようにして悲鳴を上げていく。
「ディーネ!」
「……何度も言っているが、あれはおまえの後輩じゃない。人肉を喰らう、醜い化け物だ」
「そんなこと、そんなことは!」
「いい加減にしろ!」
レンさんの声が洞窟の中で響いていく。
レンさんの怒鳴り声なんて何度も聞いている。でもいまの怒鳴り声はいままで聞いてきたものとは違っていた。
いままでのは苛立ちしかなかった。
でもいまの声は私を案じているがゆえのものでした。
もっと言えば現実を見ろ、と言ってくれていた。
「あれはおまえが同情する価値もない!人肉を喰らうことしか考えていない化け物なんだよ!同情なんてしていたら、おまえが喰いものにされるだけだ!それを理解しろ!」
レンさんは怒鳴っていた。怒鳴りながらもその目は私に配慮していた。ディーネを化け物と言うのは、ディーネの死を間近にしても決して心が揺れることがないように。生き残るためには仕方がないことなんだと言い聞かせてくれているようでした。
「殺してやる、殺してやる、コロシテヤルゥゥゥ!」
ディーネの目は血走っていき、やがて真っ赤に染まった。
まるで血でできた瞳のようだった。口からは黒い血と涎が混じりあったものを溢しながら、私たちを睨み付けていた。
そんな血の瞳を見て、背筋が震えた。ディーネはどんなに姿形が変わっても私の後輩だと思っていた。
でもいまの姿を見ていると後輩としてのディーネの姿が消えていってしまいそうになる。
私の知っているディーネはこんな恐ろしいモノじゃなかったはずなのに。でもいま目の前にいるのは、たしかに私の知っているディーネだった。そう、ディーネのはずなのに。そのディーネに私は恐怖していた。
「……ディーネ」
ディーネを恐ろしく思ってしまったことに愕然としていると、「無理するな」とだけレンさんが言いました。
「……アレを怖いと思うのは当然の反応だ。気にすんな」
「でも、私にとってディーネは」
「どんなに大切に思っていたとしたも、それは自分だけの感情だ。その感情を向ける相手も自分と同じものを抱いているなんてことは、そうそうありえないもんだ。おまえが悪いわけじゃない。ただ相手が悪かったってだけだ」
ディーネに恐怖していた私に対して、レンさんは慰めてくれていた。その言葉に少しだけ胸が軽くなった。
「シネェェェ!」
ディーネの声が響いた。ディーネは口を大きく開けて突っ込んできていた。両腕を失くしたディーネにとって攻撃の方法は噛みつくことだけ。だからこその突撃だった。
そんなディーネを一瞥しながらレンさんは言いました。
「いまのうちに言いたいことは言っておけ」
「……はい」
レンさんの一言の意味を理解し、私は口を開こうとしたけど、言うべき言葉が見つからなかった。それでも言葉を探しているうちにディーネとの距離はもうわずかになっていた。間近にまで迫るディーネの牙と黒い血が混じった唾液を見つめながら私は──。
「……さようなら、大好きだったよ、ディーネ」
──たった一言の別れを告げました。その一言にディーネの体がわずかに鈍った。そのままディーネの体は動きを止めた。ディーネの体からディーネの顔が失くなっていた。
くるくるとディーネの頭が宙を舞っていた。
宙を舞った頭は、ほどなくして地面にぶつかり、転がって私たちの前で止まった。
「……最後にあれは反則ですよ、センパイ」
「ディーネ、あなた、まだ」
「……ええ、意識はありますよ。ですが、再生はできません。浄化され、焼かれてしまっていますからね。後は頭を潰すなり、心臓を貫くなり好きにしてください」
「ずいぶんとあっさり諦めるんだな?」
レンさんが怪訝そうに言うと、ディーネは「どの口で言っているんですか?」と呆れていた。
「仮に再生できたとしても、レン様がいらっしゃる以上どうしようもありませんから。なら諦めてさっさと死にますよ。センパイを犯して食べたかったけど、そちらも諦めるとします。あーあ、残念」
「……ディーネ」
ディーネは軽口ばかり叩いていた。でもそうしているときのディーネは、基本的に動揺しているとき。つまりいまのやり取りは、平静を保つため。その動揺がどういう意味なのか、いえ、どちらの意味なのかはわからない。最初の一言がなければ。
「……ディーネは私が好きだったの?」
「……好きな人のお肉は異性同性関係なく美味しいと言われています。私は体験したことがないからわかりませんけど、もしセンパイを食べたら実体験できたかもですね」
「それって」
「……なにも言わないでください。レン様が仰った通り、我々は人肉を食べることしか考えていない化け物です。その化け物になにか言われたとしても、その言葉に心を動かさないことです。でないとまた私みたいな化け物に騙されて──」
「ディーネは私の後輩で親友だった。たとえ人でなくてもそれは変わらない。だから私はあなたを化け物とは呼ばない」
ディーネの言葉を、ディーネ自身を蔑む言葉を遮った。ディーネは一瞬言葉を失っていたけど、すぐに力なく「あはは」と笑った。笑いながらディーネは泣いていた。
「本当に反則ですよね。まさに殺し文句だ。まぁ、そんな先輩だったから惹かれたわけですが」
「……ディーネ」
「……ひとつだけお願いが。先輩の手で私の心臓を貫いてください。それで私は死ねますので」
「私が?」
「ええ、手向けとしてお願いしますよ、先輩」
ディーネは笑っていた。その笑顔はいつものディーネの笑顔だった。
ディーネは反則だと言っていたけど、ディーネのしていることもまた私から言わせてもらえば反則そのものだった。
「……ディーネも反則だよ?」
「あはは、じゃあお互いに反則し合ったってことでいいんじゃないですか?というわけでお願いします」
「なにが、というわけなの?意味わからないよ」
「……ですよね。でもまぁけじめとして、お願いしますよ。せめてあなたの手で死なせてください」
ディーネは私を見つめていた。
その目は血走りが消えて、とても澄んだものだった。澄みきった瞳を見ているとディーネとの日々が脳裏をよぎっていく。
「やるぞ、アンジュ」
レンさんがディーネの体に近づき、刀の切っ先をディーネの胸にと当てた。
「刀を握れ。後は俺がやる」
レンさんが言ったのはレンさんが握る刀を私も握ればいいということ。後はレンさんが力を込めてディーネの胸を貫いてくれる。
あくまでもレンさんが主体となる形。私が責任を負うことのない形。ディーネはそれでも構わないと思ってくれているみたいで、なにも言わないでいた。ただじっと私を見つめているだけ。
ディーネの視線に晒されながら、私はレンさんの刀をそっと握った。
「……さようなら、ディーネ」
「さようならです、先輩」
ディーネが笑う。その笑顔を眺めているとレンさんの手がゆっくりと動き、ディーネの胸に当てられた切っ先が吸い込まれるようにして胸を貫いた。
「……これで私も終わりかぁ」
ディーネが残念そうに言った。胸を貫いた体が少しずつ崩れていく。それはディーネの頭も同じで、少しずつ崩れていた。
「ディーネ」
「そんな顔をしないで。言ったでしょう?私たちは人肉を喰らうことしか考えていない化け物なんですって。だから化け物の死に胸を痛ませないでください」
「でも」
「……先輩らしいですね。ならひとつだけ教えてあげます」
「教える?」
「ええ。この洞窟は行き止まりではないんですよ。実はこの先には霊泉があります。先輩のお父さんが命を落とすきっかけになった霊水の沸く泉があります。その霊水なら先輩の足も治せると思いますので」
「この先に」
父さんが死ぬ原因となった霊水がこの先にある。それは思ってもいなかったこと。でもなんでそんなところにディーネは私を連れ込んだのか。
「理由はありません。だからさっさと傷を治して、私のことを忘れてくださいね、おバカでお人好しで、でもとても優しい先輩」
そう言ってすぐにディーネの体の崩壊は、一気に加速した。あっという間に体は塵となった。残る頭ももう顔の半分が失くなっていた。半分だけになった顔でディーネは最期に笑っていた。笑いながら、「さようなら」とだけ言ってディーネは完全に消滅してしまった。
「行くぞ、アンジュ。あれが言っていた通りなら、霊水があるということだしな」
「……はい」
レンさんは洞窟の奥へと向かっていく。その足取りには迷いはなかった。迷いなく進んでいくレンさんの腕の中に収まりながら、私は振り返ってディーネがいた場所を見つめた。そこにディーネはもういない。
それでも私は口を開いていた。
「……さようなら、ディーネ」
大切な後輩であり親友でもあった彼女との別れを告げて、私とレンさんはディーネの教えてくれた霊泉へと向かうのでした。




