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rev1-26 罠の先に

どうにか6月中に更新できました。

できたら、タマちゃんも今日中に更新したいですが←汗

霊山への山頂に向かう最中のことだ。


俺たちが普段利用している小屋から、山頂まではわりと険しめの坂道が続く。


でも険しいけれど、道のり自体は一本道だった。雪に覆われた山の坂道を、しかも夜間での登山だったが、特に問題もなく進んでいた。


「山頂まではまだ時間が掛かりそうか」


小屋からだいぶ離れたけど、山頂には近づいている。だけど、その道程までがとても遠い。山頂に至るまでまだ時間が掛かりそうだった。


「……ふむ。アンジュ殿は無事かのぅ」


ベティを背負ったルリが言う。


その少し前までベティも自分の足で歩いていたのだけど、時間が遅いということもあり、歩きながら船を漕いでしまっていた。


とはいえ、ベティだけを小屋に戻すということは憚れた。


最初は俺が背負おうとしていたのだけど、俺よりも先にルリがベティの前にしゃがみこんで、背中に乗るように言ったんだ。ベティは「……ばぅ」と小さく鳴いてからルリの背中に乗り、それからすぐに静かな寝息を立て始めたんだ。


「……やっぱりベティはまだ子供だな」


眠るベティを見ていると、自然と笑みがこぼれる。


ベティはシリウスとカティよりも甘えん坊な子だけど、芯はしっかりとしていた。ただ、ふたりよりもファザコンだった。……まぁ、ファザコンというよりかは俺を恋愛対象として見ている節があるのだけど、いずれはちゃんとした恋愛対象を見つけてくれると思いたい。


「それをベティに言ったら、ベティが怒るぞ?」


ベティを背負っているルリが若干呆れたように言った。それは俺の隣にいたイリアも同じようで、「そういうところですよ、レン様は」とため息を吐いていた。


「いや、でもさ、お眠になっているのを見たらさ」


「それはそうかもしれんが、恋するこの子に対してその一言はいかんと思うぞ?」


「そうですよ、レン様。もう少しベティちゃんをレディーとして見てあげてください」


ふたりとも「ありえない」という体で俺を見つめていたけど、なんて言っていいのかがわからなかった。


俺にとってベティは娘だった。それ以上でもそれ以下でもない。


あえて娘という言葉以外で言い表すのであれば、俺にとっての救いになるんだろうか。


ベティがいるから俺は壊れないままでいる。ベティがいなかったから、きっと俺は壊れていたと思う。


こんな穏やかな日々を過ごすことはできなかったはずだ。


だからこそベティは俺にとっての救いだ。でも救いであるからこそ、ベティを汚してはいけないと思っている。ベティにはこれ以上酷いものも醜いものも見てほしくなった。


ベティにはきれいなものや貴いものだけを見ていてほしいと思う。……半ば壊れてしまっている俺なんかに恋心なんて抱いてほしくなかった。


「……ベティは俺にとって娘だ。でも」


「……まぁ、そうなるだろうな。だが、それでもベティは諦めぬと思うぞ?」


「そうですね。なにせ、ベティちゃんのおとーさんは「諦めることを諦めた人」ですもの。そのおとーさんの背中を見て育ちつつあるんですから、そう簡単には諦めませんよ、レン様?」


イリアもルリも「諦めろ」と言っているかのような口振りだった。


だからと言って、こっちから諦める気なんてない。


とはいえ、ベティの気質が俺に似つつあるのも事実であるから、説得には相当骨が折れそうな気がしてならない。


(俺は娘に振り回されてしまうんかねぇ)


ルリの背中で健やかに眠るベティを眺めながら、困った気質になりつつあるベティに対して苦笑いを浮かべた、そのときだった。


「むっ?」


不意にルリが立ち止まった。


山頂までは一本道だ。


もっとも一本道なのはあくまでも人間であればの話だ。この霊山に住む魔物や動物たちが行き交う獣道はいままで通ってきた道の脇にはいくつもあった。そしてその獣道はルリが立ち止まった場所にも当然のように存在していた。


けど、寄り道なんてしている暇はない。アンジュが拐われているのに、寄り道なんてしている余裕があるわけもない。それはアンジュを助けに向かっている俺たち全員の共通した認識だったはず。


けれどその一本道から逸れた獣道をなぜかルリは見つめていた。


「どうしたんだ、ルリ?」


「……いや、気のせいかとは思うのだが、この獣道の先からアンジュ殿の匂いがしたのだ」


ルリがやや困惑したように言った。獣道の先からアンジュの匂いがする。それはどうにも頷けないことだった。


「いや、さすがにそれはなくないか?だって指定されたのは山頂だぜ?」


そう、アンジュを拐った犯人が、あいつが指定したのは山頂だった。


なのに山頂に至る一本道から逸れた獣道の先からアンジュの匂いがするというのは、どうにも頷けない。というか、罠としか思えないことだった。


「……いえ、可能性としてはありえるかもしれません」


だが、そんな俺の意見をイリアは真っ向から否定した。いきなりの否定で少し驚いたけど、イリアはまっすぐに俺を見つめながら続けた。


「相手があの人であれば、可能性としてはありえると思います」


「どいうことだ?」


「あの人はあくまでも場所を指定してはいましたし、アンジュさんを預かったとはありました。ですが、アンジュさんを返してほしければ、とはありませんでした」


「ぁ」


それはイリアに言われるまで気づかなかったことだ。


たしかにあいつ、アルトリアからの書き置きには「アンジュを返してほしければ」とは書かれていなかった。書かれていたのはアンジュを預かったということと、山頂を指定する地図だけ。それ以外はなにも書かれてはいなかった。


「そのことを踏まえると、あの人は山頂にいるでしょうが、アンジュさんも山頂にいるとは限らないと思います。むしろレン様を誘き出すために、わざとアンジュさんを拐ったのかと」


「……狡猾なやり方だな。普段であれば、気づけてもこの状況に至るまで誰もそのことに気づかなんだ。まぁ、状況が状況であったからのぅ」


ルリは誉めているような貶しているような、なんとも言えない言い方をしている。だが、その言葉に込められている大部分が侮蔑であることは間違いない。


実際アルトリアは嘘を言ってはいない。アンジュを預かったことと、山頂を指定する書き置きを残してはいたけど、山頂に向かえばアンジュがいるとは一言も言っていなかった。俺たちがそういう風に勘違いしてしまっただけだった。


「……あの人らしいです、本当に」


イリアは懐かしそうに、でも苦しそうに言いきった。それ以上はなにも言えないでいるようだった。無理もないことだけど、イリアの苦しそうな顔をあまり見たくなかった。


「……無理するなよ、イリア」


「それはすべてレン様にお返ししますよ」


くすくすとイリアが笑う。その笑顔に胸の奥が暖かくなるのを感じつつ、俺は獣道を見やった。


獣道は薄暗く、先が見えない。けれど、この先にアンジュがいるというのであれば、アンジュの痕跡があるのであれば、向かうだけだ。ただしそれは俺一人だけでいい。


「この先は俺一人でいい」


「レン?」


「どうしてですか?」


「……山頂にはアンジュはたぶんいない。でも確定というわけじゃない。だからふたりには先に山頂に向かってもらう。俺もこの先を探索したら急いで山頂に向かうから、それまでふたりでアルトリアの相手をしていてほしい」


「……そういうことか」


「たしかにそれも手ではありますが」


ルリは口にはしなかったけど、イリアは言いたいことがあるようだった。その内容はだいたい理解できる。


イリアは山頂に向かうことが罠と言っていたけど、この獣道の先が罠であることも十分に考えられる。


であれば、だ。


罠かもしれない道を辿るのは俺だけでいい。


ルリは最高戦力として、イリアはいざというときにベティを守ってもらうために、それぞれ必要だ。


それにもし山頂に俺が向かい、そこにアンジュがいなかったとしたら、アルトリアは目的を達成できたということであっさりとアンジュを切り捨てるかもしれない。


特にアンジュはカルディアの妹なのだから、アルトリアはあっさりと切り捨てるはず。あいつはそういう女だ。


でももし俺がいなければ、アルトリアは俺の居場所を尋ねるはずだ。


イリアとルリがはぐらかして時間稼ぎをしてくれるのであれば、その間にアンジュを助けることができる。はぐらかして稼げる時間なんてわずかなものだろうけど、山頂に向かうまでの時間を加えれば、十分な時間は稼げるはずだ。


ただそれは俺が向かう獣道がどれほどの距離にもよるけれど、ルリ曰くアンジュの匂いはだいぶ近いとのことだったから、イリアとルリが山頂に向かうよりも獣道の探索に時間が掛かるなんてことはないはず。


ならイリアとルリには時間を稼げるだけ稼いでもらって、その間にアンジュを助けるのが最良だろう。


第一に今回の登山の目的はアルトリアを倒すことじゃない。アンジュを助けることだ。だからここは確実にアンジュを助けるべく行動を起こす。そう俺はふたりを説得し、その結果、いま俺はここにいた。


「レン、さん?」


イリアたちと別れて、ひとり獣道を進んでいるとアンジュの悲鳴が聞こえた。


俺は「アンジュ!」と叫びながら、獣道を駆け抜けた。


そうして駆け抜けると、獣道はあっさりと終り、その先には熊かその近縁種になる魔物の巣だっただろうそれなりの規模の洞窟があった。


その洞窟の中からアンジュの悲鳴は聞こえていた。急いで洞窟の中に踊り込むと、薄暗い洞窟の中では、瞳孔が裂けた化け物のような存在に犯されそうになっているアンジュがいた。


アンジュはその化け物の蛇のように巻き付いた髪によって身動きが取れなくなっていた。


そのうえで服を引きちぎられたのか、それとも噛みちぎられたのかはわからないけど、アンジュが身に付けていたギルドの制服はもうその用途を果たせなくなっていた。


「……ひどいもんだな」


いまのアンジュはとても痛ましかった。


肌に痣はないけれど、化け物の唾液にまみれ、顔はやはりと化け物の唾液と涙が混じりあったもので汚れ、そしてカルディアと同じ紅い瞳は光を消していた。


だけど、そんなアンジュを見ても化け物は平然としていた。いや、むしろいまのアンジュの姿に興奮しているようだ。

(俺好みの外道か。いいねぇ、潰し甲斐があるってもんだ)


目の前の化け物が誰であろうとそんなものは知ったことじゃない。


でもこうして外道であることがわかった以上、もう手加減する気はない。まぁ、アンジュを犯そうとしている時点で加減なんてするつもりは欠片もなかったけども。


「もう一度言うぞ。アンジュを返してもらう」


化け物に向かって俺ははっきりと宣言した。

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