rev1-24 その誇りを受け継いで
3週間ぶりの更新になりました←汗
もっと早く更新したかったんですけど、なかなか書けなくて←ため息
今後はもう少し安定して更新したいです。
呼吸が乱れていた。
俺自身は呼吸だけですんでいる。けれど、イリアは俺以上に呼吸が乱れていた。きれいな白髪もいまは肌にべったりと張り付いていた。
仮面越しにイリアがぼんやりと俺を見つめている。顔を近づけて唇をわずかに重ねた。触れ合わせるだけの口付けでも、イリアは嬉しそうに笑っている。
(今日はここまでにしておこうか)
イリアを軽く抱き締めて、髪を手櫛で梳くと心地よさそうにイリアは体を押し付けてくる。
「頑張りすぎた、かな?」
「お気になさらずに。ご寵愛をいただけるだけで幸せですので」
ふふふ、と穏やかに言い切るイリア。でも仮面の奥にある目からは、わずかに覗く赤い瞳からは明らかな疲れの色が見えていた。
それ以外ではイリアは疲れを感じさせようとしない。この子は本当に相手に尽くすなぁ、としみじみと思う。
(こういうところが心配なんだよな)
イリアは相手に尽くしてしまう。それはイリアの美点でもあるけど、欠点でもある。
ちゃんとした相手であれば、尽くしたとしても問題はない。でももし相手がロクデナシやイリアを喰い物にしようとしか考えていなかったら、イリアの美点は欠点と化す。
(アルトリアに散々いいように使われていたこともあったからな。……俺も人のことを言えたタマじゃないけど)
イリアをいいように使っているということについて、俺は他人をとやかく言える筋合いじゃなかった。
むしろイリアの負担を考えれば、イリアからの好意を盾にしていいように使っていると意味合いで言えば、五十歩百歩というところ。
はっきりと言えば、外道なことをしている。自分でも外道だという自覚はあれど、それを改めることはなかなかに難しい。
ただ、申し訳なさは常に抱いていた。
イリアをいいように使っているという自覚はある。それでもいまの爛れた関係を終わらせることができないでいる。
(本当にひどいよな、俺は)
イリアのこれからのことを考えるのであれば、いまの関係は終わらせるべきだと思う。
それに以前は抱くのは嫁だけでいいと思っていたのに、嫁でもないイリアを抱いているいまはいったいどういう了見だと問い詰めたいもんだ。
でも問い詰めたところで俺自身ではどうしようもないことでもある。
本当に情けない。
いなくなった嫁たちに操を立てればいいのに、嫁以外の相手に劣情を向けている現状はひどく情けなかった。
でもその情けなさをどうすることもできない自分が惨めだった。
(……どうすればいいんだろう?)
浮かぶ答えはなに一つなくて、できることはただ前を見つめること。
俺からいろんなものを奪い尽くしたこの世界を、どうぶち壊すのかを考える。それがいまの俺にできる唯一のこと。
だというのに、俺はイリアに溺れ、新しい娘との日々を謳歌している。
俺はいったいなにがしたいのだろうか?
いったいなにをなせばいいのか。
なにひとつとてわからなくなっていく。
難しいことを考えているわけじゃない。むしろ単純なことだ。
でもその単純なことがいまはひどく難しかった。
(……どうすればいいんだろう?)
わからない。
単純なはずなのに、いまはその単純なことが理解不能な難題として圧し掛かっていた。
(……カルディア。俺はどうしたら)
もうどこにもいないカルディアを思っていた、そのとき。
──ドンっ!
リビングから大きな音が響いた。
イリアをとっさに庇いながらベッドから起き上がった。イリアは俺に寄り添うようにして起き上がり、シーツで体を隠していた。
「……いまのうちに着れるものは着ておいて」
「承知しました」
イリアが攻撃されないように、扉の直線上、イリアの前に立つようにして扉へと向かっていく。後ろでイリアが服を整える音が聞こえていた。
(……ルシフェニアの連中が来たのか?)
コサージュ村に来てから数ヶ月。連中からの干渉はなかった。……あくまでも表向きはだけども。
コサージュ村に来てから、数週間はなにもなかった。だけど、1ヶ月を過ぎようとしたとき、ふらりと知らない女が現れた。
最初あの女は旅人としてこの村に来たはずだった。
でも気づいたときにはあの女はアンジュたち、コサージュ村の住人たちと親密に接していた。まるで昔からの知り合いであるかのようにだ。
でもそのことを誰もわかっていなかった。いや、認識させられていたと言う方が正しいか。
空き家に住み着き、その家の前の住人の、俺たちがコサージュ村に来たときに殲滅した盗賊どもが殺した若夫婦の妹としてこの村に居座った。
それだけであれば、手っ取り早く村に定住するためという風に取れなくもない。故人を愚弄する大いに問題があるやり方だけど、効果的な方法であることは間違いなかった。
我ながらひどいとは思うが、会ったこともない他人に対して、その死を汚されたとしてもこれといって想うことはない。そのやり方に腹は立つがそれだけだ。あの女に罵声を浴びせたり、殴り飛ばしたりするつもりはない。
腹立たしいことと怒ることは別物だ。少なくとも俺にとってはだけど。
見も知りもしない赤の他人がどうなろうと知ったことじゃない。そう思うのは決して俺だけじゃない。人間であれば誰だって思うことだ。
中にはあの女がしたことに対して義憤を抱く人はいる。
でもその手の人だって、なにからなにまで義憤を抱くわけじゃない。
例えば時代劇の、ふらりと訪れた町で知り合った娘さんがその町の有力者に拐われて、主人公がその娘さんを助けるという展開があるけど、あれだって町に訪れたその場で「娘を助けてください」と頼み込まれたとしても、「わかった。任せておけ」と頷くわけがない。
事情を聞くというかかわり合いを持ったからこそ、「わかった。任せておけ」ということになるんだ。
かかわり合いもない赤の他人に頼まれたからといって、頼み事を引き受ける人なんてよっぽどのお人好しくらいだ。
いまも昔も俺はお人好しじゃない。だからあの女がなにをしようと知ったことじゃなかった。していたのはただ無視することだけだった。特にルシフェニアの手合いであればなおさらだ。
そう、あの女はルシフェニアの手合いだ。どのくらいの地位にいるのかはわからないが、少なくともあの女がアンデッドであることはわかっていた。ベティやルリはあの女から「死肉の臭い」がしていると言っていた。もっともベティの場合は「へんなにおいがする」と言っていたけど、その臭いが「死肉の臭い」であることは間違いない。あの女の狙いが俺なのもまた。
とにかく、あの女とはできるだけかかわり合いを持ちたくはなかったのだけど、どうやらそうも言っていられないようだ。
「……イリア。準備は?」
「どうにか、です」
顔だけ振り返ると、イリアは顔を紅く染めてなぜか胸元を隠していた。いつも身に付けている赤い上着の上からだ。よく見るといつも見えている首筋まで覆っている黒いインナーが見えないし、いつもよりも胸の形がわかるような気がした。その上でイリアの反応を見れば、導きだされる答えはひとつだけ。
「……上半身に攻撃受けないように、な?」
「……すみません」
「いや、時間もなかったから無理もないよ」
そもそもイリアを抱いていなければこんなことにはならなかったわけだから、イリアが謝ることじゃない。
むしろ謝るのはこんな状況でイリアを抱いていた俺だ。こんな状況になるなんて考えていなかったと言えなくもないけど、ルシフェニアの手合いがいつ接触してくるかわからない状況下で、呑気なことをしていた俺が一番悪い。イリアはその俺に巻き込まれただけ。だからイリアは悪くない。
「……レン様はお優しいですね」
「……優しくなんかないさ」
「ですが」
「問答はいい。それよりも行くぞ」
準備万端というわけではないけど、一応の準備はできた。
であれば、そろそろ打って出るべきだ。
イリアを庇うようにして扉に向かい、ドアノブを握り一気に開いた。
リビングは静かだった。人の気配はない。アンデッドの気配もまた。
だけど、大きな物音が聞こえたことはたしかだった。
魔鋼の刀を片手に、ゆっくりとリビングに進み出た。が、誰もいない。荒らされている様子もなかった。が、物音を立てたと思わしきものもなかった。
油断はできない。
「レン様」
「あぁ、わかっている」
イリアが背中に触れてから、よりリビングに踏み込んだ。
「レン!」
反対側からベティと手を繋いだルリがリビングに出てきた。見たところ、ふたりに異常はない。まぁ、かつて神獣だったルリをどうにかできる存在なんて邪神くらいだから、無事なのはあたりまえと言ってもいい。
それでもベティが無事なのは喜ばしい。ほっと一息を吐けた。
でもまだ全員揃ったわけじゃない。
「……アンジュは?」
「我らはまだ見ておらん」
リビングにアンジュ以外は揃っていた。この小屋の住人は揃っていても、今夜客人として泊まっているアンジュの姿がまだ見えない。
「寝ているだけならいいのだけど」
リビングからの物音はかなり大きかった。耳がいいルリやベティならば寝ていても飛び起きれるし、俺とイリアに至っては起きていたのだから聞こえていた。
だが、アンジュがもし眠っていたとしたら、まだ眠っている可能性はある。
「……確認しに行くか」
「半数ずつで行動か?」
「……そうだな。俺とイリアで様子を見てくるから、その間ルリはベティを守りながらここを少し調べておいてくれ」
「承知した」
「御心のままに」
「ばぅ!」
勝手知ったる小屋の中ではあるけど、現状では最大限の警戒をした方がいい。
特にベティはネックになってしまうから、最大戦力であるルリとセットで行動してもらうのがいい。特殊進化個体であるグレーウルフであるベティはここいらの魔物どころか、Dランクの冒険者よりも強い。
でもルシフェニアの手合いが相手であれば、グレーウルフでは太刀打ちはできない。最悪人質にさえなりかねない。その最悪を回避するにはルリにベティを任せるのが一番だった。おとーさんとしては娘を満足に守れないというのは、歯痒さしかないけども、ベティまでも喪うわけにはいかない。
イリアであれば、背中を預けることができるし、意志疎通しながら戦うことも可能だった。
それにルリなら戦闘になってもベティに怪我ひとつ負わせることなく、相手を制圧することも可能だ。
となれば、ルリにベティを任せておくのがベストだ。
「よし、行くぞ」
イリアに声を掛けて、イリアの部屋を使っているアンジュの元へと向かう。ルリとベティはもうリビングの探索を始めているようで、ふたりは鼻と耳まで使って確認を行っている。
そんなふたりに背中を向けてイリアの部屋に向かう。
イリアの部屋は少し奥まったところにある。奥まったと言ってもキッチンの隣にあるという程度のこと。そのキッチンもすでに見えているが、キッチンには人影はない。が、念のために確認はした。
「……誰もいないな」
「そうですね。私が最後に使ったままです」
イリアと一緒にキッチンを見たが、イリアが最後に使ったままの状態らしい。
それでも念には念を入れたが、これといって変化はなかった。
「じゃあ、イリアの部屋に行くか」
キッチンを確認するためにそれなりの音を立てたのだけど、いまのところイリアの部屋からアンジュが出てくる様子はなかった。
(よほど熟睡しているのか、それとも)
二択だった。
前者であれば、まだ笑える。
がもし後者──アンジュの身になにかしらのことが起きていたとしたら。そう考えると冷たい汗が背筋を伝った。
無事でいてほしいと思う反面、現金なものだとも思った。
昨日までならアンジュに対してここまで親身にはなれなかった。
だけど、あいつがカルディアの妹だとわかってからは、あいつを守らなきゃいけないという想いが沸き起こっていた。
(カルディアの妹を守らなきゃ、カルディアになんて言われるのかわからないしな)
天国に旅立ったカルディアにまた会えるかはわからない。
けれどもし出会えたときに、アンジュを守れなかったら怒られるのは目に見える。いや、もう怒られるのは確定だろう。
「私の妹をぞんざいに扱うなんて、旦那様は最低だよね」とか言って頬を膨らまして不機嫌になるのはもう確定だろう。
だから怒られるのはもう防ぎようはない。でもいまならまだ少しは汚名を灌げるはずだ。
(不純な動機だなぁ)
自分でもびっくりするほどに不純極まりない動機だけど、いまはそれでいい。カルディアを想わせるアンジュを守るのではなく、カルディアの妹であるアンジュを守る。そう思えば、不思議とカルディアへの罪悪感は抱くことはなかった。
「レン様?」
「……なんでもないよ」
イリアが怪訝そうに声をかけてきた。いつの間にか立ち止まっていたことが不思議だったのかもしれない。
頬を軽く叩いて気合いを入れる。そうして気持ちを切り替えてからイリアの部屋の扉を軽くノックした。
だが、部屋の中から物音は聞こえない。もう一度ノックしてもやはり物音は聞こえない。
「……入るぞ、アンジュ」
扉越しに声を掛けたけど、やはり、物音はなかった。
ドアノブを握り、ゆっくりと開けた。そうして開けたドアの先には誰もいなかった。
「……まだ温かいか」
ベッドにはシーツから抜け出た跡があった。ベッドに触れるとまだ温もりがある。ただ争った痕跡はない。あくまでも自分の意思でベッドから抜け出したようだ。
「……イリア。部屋の中で変わった様子は?」
「少なくとも荒らされた様子はありませんね。あくまでも見た感じでは、ですけども」
イリアが見ても部屋の中は、荒らされた様子はないようだ。
しっかりと調べればなにかわかるかもしれないけど、それよりもいまはいなくなったアンジュのことを優先したかった。
「……一度リビングに戻ろう」
「承知しました」
イリアの部屋を探索してもアンジュの手懸かりはなさそうだ。となれば、一度リビングに戻ってルリたちの話を聞く方がいいだろう。そう思い、リビングへと向かおうとした。
「レン、来てくれ!」
ルリの声が響いた。イリアと顔を見合わせて足早にリビングに戻ると、正面のドアが開いていた。見れば、ルリとベティが外に出ていて、ドアをじっと見つめていた。
なにかあったのは確定だった。イリアとともに外に出ると、ふたりが見ていたものがなんなのかがわかった。
「……「「雌犬」の妹は預かりました」か」
ドアには書き置きがあった。それも血で書かれた書き置きだった。血で書かれているけど、その字は見知ったものだし、その呼び名にも覚えがあった。
「……誰の字かわかるか、レン?」
「……あぁ。イリアもわかるよな?」
「……はい。この字は間違いありません」
イリアは辛そうだった。生きていたことを喜んでいるようでもあるけど、それ以上に辛そうに書き置きを見つめている。
「……生きていたのか、アルトリア」
シリウスに首を落とされたはずの女が生きていた。かつては愛した人だ。だが、二度にも渡ってカルディアを殺した女だった。愛憎入り交じるとは言うけども、いまや憎しみしかない。……そんな自分がどこか悲しかった。
イリアは「レン様」と悲しそうに俺を呼びながら手を繋いでくれた。
(俺よりもおまえの方が辛いだろうに)
俺の内面を理解しているからなのか、イリアは俺を気遣ってくれている。イリアの方がはるかに辛いだろうに。それでも俺を気遣ってくれるイリアの優しさが心地よく、そして愛おしかった。繋がれた手をそっと握り返してから「大丈夫だ」とだけ言った。
イリアはなにも言わずにそっと寄りかかってきた。俺はそんなイリアを受け入れながら、書き置きを見つめた。
「……頂上か」
書き置きはアンジュを預かったことと、場所が記されていた。その場所は俺たちがいまいる「霊山ガイスト」の頂上。コサージュ村の住人たちが言う「古き神」なる存在が奉られた祠があるという場所だった。
その祠に来いと書き置きには書かれていた。
「……アンジュのことをいつ知ったんだ?」
なぜアンジュを拐ったのかは、書き置きにある「雌犬の妹」という言葉で理解はできた。だが、なぜアンジュがカルディアの妹であるのかをあいつが知っているのか。そしてわざわざアンジュを拐ったのはなぜか。わからないことは多い。けれど、もう行くしかなかった。
「……ふむ。行くしかあるまいな」
「アンジュおねーちゃんのピンチなの」
「お供いたします」
ひとりで行くべきなのだろうけど、イリアもルリもそしてベティもまた一緒に行くと言っていた。ダメだと言っても誰ひとりとて聞いてくれやしないだろう。
「……行こう、頂上へ」
この場にいる全員でアンジュが連れ去られた頂上へと向かう。
罠だろうけど、アンジュを捨て置くことはできない。
カルディアがいれば、きっとアンジュを助けに行ったはずだ。カルディアはそういう人だった。
「守りたいと思った者を守るため」に戦うのが彼女だ。それが彼女の一族の誇りだった。
でもカルディアはもういない。そしてその誇りに命を懸けれる存在もいない。
だけど、俺がいる。
カルディアから一族の誇りを教えられた俺がいる。
俺はカルディアたちの一族じゃない。その誇りを抱いた血は流れていない。
でもその誇りはとても尊く、気高いものだ。その尊く、気高いものが喪われるのは見ていられない。なら俺が受け継げばいい。
カルディアがいればしたであろうことを、妹であるアンジュを助けに向かったであろう彼女の代わりを俺がすればいい。俺がカルディアの分までアンジュを守ればいい。
たとえ世界のすべてがアンジュを傷つけようとしても、その世界からあいつを守ればいい。昨日までであれば、決して抱けなかった想いがいまなら抱くことができていた。
「待っていろよ、アンジュ」
拐われたアンジュがいる頂上を俺は見つめた。頂上で待っているだろうアルトリアとの再会に複雑な感情を抱きながら、カルディアがなせなくなったことを代わりに行うべく、彼女の誇りを俺が代わりに果たすための目指すべき場所をただ見つめた。
続きはできるだけ、早く更新したいです




