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rev1-23 笑う狂気

お待たせいたしました。

ようやく体調が戻ったので更新再開です。

そして再開しょっぱなから不穏すぎるサブタイトルですが、まぁ、そのままな内容です←

「──なんだ、おまえか」


雪の中でひとり崖の縁にいたレンさんに声を掛けると、レンさんはいつものように、ややつっけんどんな言い方で振り返りました。


よく見ると表情もいつも通りですね。まぁ、表情とは言いましたけど、その表情を読むことは最初からできていないわけなんですけどね。


私が読んでいるのはレンさんの目。それも片方だけ露になっていた右目でレンさんの表情を読んでいるわけですが、その右目に宿る感情はいつも通りです。そう、いつも通りですが、違和感があった。


(……さっきまでとは違う?)


寝る前までは優しさと言いますか、言葉のひとつひとつから温かみを感じられた。


でもいまのレンさんからはいつも通りの冷たさしか感じられない。


たった数時間ほどでここまで様変わりするものなのかな、と違和感を覚えていた。


「えっと、お邪魔でしたか?」


「……はっきり言えばな。おまえの面はあまり見たくねえんだよ」


レンさんははっきりと言ってくださいました。まさにレンさんらしい言葉ではありますけど、やっぱり違和感があった。あまりにもレンさんらしいけど、さっきまでのレンさんとはあまりにも違いすぎている。


「……なにか悪いもの食べられましたか?」


「は?」


理解できないことを言われた、とレンさんの目は言っていた。たしかにそうなのかもしれないとは思います。レンさんからしてみたら、理解できないことでしょう。


普段通りの態度をしているだけなのに、それをなぜか不思議がられる。たしかにレンさんが理解できないという反応をするのも当然ですし、昨日までの私であれば、こんなことを言うわけもない。


だけど、いまの私にとって、いまのレンさんはおかしく見えて仕方がなかった。


「いえ、なんか違うなぁと思ったので」


「……なにが違うって?」


怪訝そうにレンさんが私を見上げている。その反応もやはり違和感を覚えさせてくれる。


でも目の前にいるのは、誰がどう見てもレンさん本人。見間違えるわけがないし、レンさんたち「シエロ」の本拠地の前にレンさんのそっくりさんがいるわけがなかった。


「言葉にはできないというか、しづらいと言いますか。う~ん。気のせいですかね、たぶん」


違和感はあるけど、レンさんであることは間違いない。だからこの違和感は気のせいということにしておいた。レンさんは「なんだそれ?」と呆れているみたいですが、それは私の方が言いたいのですけどね。さっきまでの優しさはどこにお散歩しているんですか、と。


まぁ、言っても無駄でしょうからあえてなにも言わない方がいいんでしょうね。


下手なことを口にして怒らせてしまうのも馬鹿馬鹿しいですから。


だからこそ、あえて違和感には触れないことにしました。


ただレンさんに会いに来た理由に関しては別ですが。


「……隣に座っても?」


「話を聞いていなかったのか?」


「いいじゃないですか、たまには」


話を聞いていなかったのかと威嚇されてしまいましたが、無視してレンさんの隣に腰かける。レンさんは舌打ちしつつも「勝手にしろ」と折れてくれました。


(……いつも通りなんだけど、なんか違うよね)


レンさんの態度はいつも通り。


だけど、やはり違和感があった。その違和感に触れたいけど、その違和感よりも聞きたいことが私にはあるのです。


「あの、レンさん」


「……なんだよ?」


「お聞きしたいことがあるのですけど」


「聞きたいこと?」


レンさんが私を見つめている。でもなにも言わない。これはきっと「言ってみろ」ということなのでしょう。そう判断して私は聞きたいことを尋ねた。


「……レンさんの奥さんのことをお話しいただけますか?」


レンさんを見つめ返すと、レンさんは急に黙ってしまった。


聞かれるとは思っていなかったのか、それとも話したくないだけなのかはいまひとつ判断がつかなかった。


「……えっと、やっぱり聞かない方がよかったですかね?」


「いや、構わねえよ。ただ、なんというか」


レンさんはやけに歯切れが悪かった。それだけ「カルディアさん」のことを思い出したくないのかもしれない。喪ってしまった彼女との思い出を他人に語りたくないのかもしれない。


それでも私は一度口にしたことを、撤回したくなかった。


「お願いします。聞かせてください」


レンさんをじっと見つめて、一歩も退かないと視線で物語ると、レンさんは小さくため息を吐きました。


「……少しだけだからな」


「ありがとうございます」


素直にお礼とともに頭を下げられた。レンさんは「調子が狂うなぁ」と若干困っているようでしたが、咳払いをしてからカルディアさんのことを話してくれた。


「……彼女と出会ったのは、とある国の首都だったよ。ちょうど俺がその国の首都に着いたときに彼女がいたんだ。彼女はトラブルに巻き込まれていて、それを助けたときにお互い一目惚れしたんだ」


「……なにかの物語の主人公とヒロインみたいですね」


レンさんの話はまさに物語じみていた。前日までは見聞きもしなかった赤の他人と出会い、恋に落ちる。それもトラブルに巻き込まれていたカルディアさんを助けたことで、お互いに一目惚れしたのですから、まさに王道的な内容でしょう。


そんな私の感想にレンさんは「俺もそう思うよ」と苦笑いしていました。普段のレンさんからは想像もできないほどにその笑みは優しいものでした。


「そのあとはいろいろとあって、彼女には俺の補佐役をしてもらっていたんだ。まぁ、部下たちからはイチャつきすぎだと文句をよく言われていたけどね」


「……もしかして仕事中にも?」


「……まぁ、その、なんだ」


「それは文句を言われても無理はないかと」


「……だな」


レンさんはガクッと肩を落としていた。肩を落としながらも笑っているようです。その笑顔を見ていると「カルディアさんを本当に愛されていんだろうなぁ」というのがよくわかります。


レンさんのの語るカルディアさんがお姉ちゃんだったとしたら、お姉ちゃんはすごく幸せだったのでしょうね。


会ったこともないお姉ちゃんだけど、きっと毎日笑って過ごしていられたんだろうと思うと、胸がいっぱいになる。


よかったね、お姉ちゃんと会ったこともないお姉ちゃんの幸せを祝福せずにはいられなかった。


「……でも、そんな日々もね。いきなり終わりを告げたの」


「ぇ?」


レンさんの雰囲気がいきなり変わった。いや、雰囲気だけじゃない。口調も変わった。男勝りな口調がいきなり女性らしいものになった。妙な寒気が背筋をよぎる。


「愛し合っているのに。邪魔者がね、いきなり現れたのよ。それもご寵愛を一身に受ける私に、正妻たる私に向かって挑発ばかりする雌犬が現れたの。その雌犬はすごくしぶとくてね?しっかりと殺したはずだったのに、しょうこりもなく私の前に現れたの。そしてアレは言ったの。「あなたにも旦那様の匂いは感じるけれど、かなり薄めだもの」ってね。正妻たる私に向かって、二度もそんなふざけたことを!」


レンさんの目が血走った。怒りに我を忘れたようにレンさんは叫んでいた。


(……いや、違う。これは、この人はレンさんじゃない)


ずっと感じていたものが、わずかだった違和感が頭をもたげていくのがわかる。とっさにレンさんの姿をした誰かから距離を取った。


「……ふふふ、どうしたの、アンジュ?」


誰かは笑いながら立ち上がった。立ち上がると、ゆらりゆらりと体を左右に揺らしながら近づいてくる。その目にあるのは狂気の光だけ。狂気に染まった憎悪が私を見つめている。


「……あなた、は」


歯がうまく噛み合わない。ガチガチガチと耳障りな音が響いていく。そんな私の姿に誰かは嬉しそうに笑った。


「あぁ、いい。いいよ、アンジュ。あの雌犬がしなかった顔がとても愛らしい。あぁ、浮かべさせたかったなぁ。どうあっても敵わない存在を前にして絶望に染まった愛らしい顔。そう、いまのあなたのような顔を!」


誰かが足を踏み出した。合わせるようにして私は一歩後ずさっていた。


「でもできなかったよ。あの雌犬は意味もなく私に歯向かってばかりで。私こそが旦那様の正妻だというのに。まるで自分こそが正妻だと言って憚らなかった。あまつさえ私を殺そうとしたの。自分の立場を理解していない姿にずっと苛立っていたの。だから殺してあげたというのに。性懲りもなく生き返ってきて、本当に穢らわしい雌犬だったよ」


誰かは笑っていた。笑いながらはっきりと言った殺してあげた、と。殺した相手が誰なのかは話の流れからして明らかだったし、なによりも誰かは私をじっと見つめていた。私自身に対して言っているのではなく、私に似た誰かに向けて言っている。だから私はその名を口にしていた。


「……あなたが殺したの?」


「うん?」


「お姉ちゃんを殺したの?」


レンさんの奥さんであるカルディアさんが、本当にお姉ちゃんなのかはわからない。でも目の前にいる誰かは、カルディアさんこそが私のお姉ちゃんだと、私がカルディアさんの妹だと確信しているようだった。だから尋ねた。「お姉ちゃんを殺したのか」と。噛み合わない歯を無理やり食い縛って睨み付けた。


「……そうよ?だって仕方がないじゃない。旦那様の正妻は私なの。なのにあの雌犬は生き返ってきたうえに、私を殴り、私を罵倒したのよ?なら殺すしかないでしょう?目障りだったから最初に殺してあげたというのに、まさか生き返ってくるなんて思わなかったけども」


面倒だったと吐き捨てるように誰かは言った。目障りだったから殺した。生き返ってきたうえに、殴り罵倒してきたから殺したと。お姉ちゃんを殺した理由はその程度のことだったと誰かは言った。


(たったそれくらいで?目障りだったからお姉ちゃんを殺し、生き返ってきたお姉ちゃんに殴られ、罵倒されたくらいでもう一度お姉ちゃんを殺した?)


お姉ちゃんが生き返ったということはいまいち意味がわからないけど、この誰かは、いや、この女はお姉ちゃんの命をまるで物のように扱っていることははっきりとわかった。そしてそのことになんの罪悪感もないこともまた。


「ふざける、な」


「うん?」


「ふざけるなよ、この醜女!」


目の前の女がどういう見目をしているのかは知らない。けど、こんなふざけた女は醜女で十分だった。


「……やっぱりあなたはあの雌犬の妹だね。私を怒らせるのがとても上手だもの」


醜女の目がより血走った。いや、目の色がまるで血の色のように紅く染まっていく。たぶん怒らせたのだろうけど、ずいぶんと醜い変化だと思う。お似合いの変化だねと告げると、醜女は目を大きく見開くと、声を震わせて笑った。


「だからこそ確実に殺さないとねぇ?」


醜女が笑った。そう思ったときには後ろから羽交い締めにされていた。でも醜女自身にじゃない。醜女は目の前にいる。醜女以外の誰かに羽交い締めにされてしまった。


(いったいいつのまに)


慌てて振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。


「……ディー、ネ?」


「こんばんは、アンジュ先輩」


私の後輩であるディーネがにっこりと笑いながら、私を羽交い締めにしていた。


「あなた、なにを」


「私ですか?姫様のお手伝いです」


「姫様?」


誰のことをと尋ねるよりも早く影が差した。影の主を見ようと振り返る前に、私の意識は薄れていた。首筋にちくりと痛みが走っていた。それがなんなのかはわからない。わからないまま、私の体は私の意思を無視して動かなくなっていく。


「先輩が悪いんですよ?絶世の美姫と謳われる姫様に罵声を浴びせるんですから。大人しく贄になればいいのに、まったくこれだから人間は面倒なんですよねぇ」


薄れゆく意識の中で、くすくすとおかしそうに笑うディーネの声を私は聞いていた。まるで自分は人間ではないと言っているかのようなディーネの声に返事をできないまま、私は意識を手放した。

レンに変装していたのが誰なのかは明らかでした。

次回、レン視点になります。

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