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rev1-22 お姉ちゃんの名前

3日ぶりの更新となりました。

(眠れないです)


天井の木目模様をぼんやりと眺めながら私は静かにため息を吐いていた。


というのも眠れないからです。


私はいまイリアさんのベッドを貸してもらっていますが、どうにも他人の使っているベッドというのは寝付きが悪いですね。


ベッドのシーツにも枕にもイリアさんの匂いを感じられるというのも眠れない理由のひとつですかね。


「……思えば、お風呂ではたっぷりと堪能しましたからねぇ」


主になにをとは言いませんが、私はたしかにイリアさんを堪能させてもらいました。……お返しとして頬に紅葉が咲き誇ることになりましたが、まぁ、些事でしょう。


「イリアさんのはすごかったなぁ。どこに触っても気持ちいいとか意味わからないですよ」


イリアさんはどこに触れても気持ちがよかった。まぁ、重要な部分は私もさほど変わりませんからスルーしていましたけど、あのボリュームと手触り、そして艶は凄まじいの一言でしたよ。


「私が男だったら襲っていましたね。むしろ襲わずにはいられない」


しみじみと頷きながらも、「私の性別はどちらだったかな?」と思いますけど、あれはイリアさんがあまりにもエッチッチすぎるのがいけないのです。


なんですか、あのどスケベボディは?


あんなどスケベボディを前にして抑えろという方が無理でしょう。


ゆえに私は悪くありません。


悪いのはイリアさんがあまりにも誘い受けすぎるのがいけないのです!


むしろ私は被害者と言っても差し支えはない!はっきりと言いきれますね、はい。


「エッチッチなイリアさんが悪いですよね。ええ、私は悪くありません」


しみじみと頷きながらイリアさんの枕により深く頭を埋めた。するとイリアさんの香りがふわぁと広がりました。


「むぅ。私よりもいい香りがしますね」


私も髪にはそれなりに自信がありますけど、イリアさんには敵いません。


というかイリアさんがきれいすぎるんですよね。あいにくと素顔は知りませんけど。なにせイリアさんったらお風呂に入っているにもかかわらず、顔を隠したままでしたから。お風呂に入るときくらいは外してもいいんじゃないかなと思わなくもなかったですが、イリアさんは気にすることなくお風呂に入っていましたけど。


あの調子だと、寝ているときも顔を隠していそうですよ。


ただ髪の質を踏まえると素顔もとてもきれいそうです。


きっととんでもない美人さんでしょうね。


「あぁ、羨ましいです」


スタイルもよく、顔立ちもよく、なおかつ性格もいいとか意味がわかりませんよ。


せめてスタイルのよさくらいは分けてほしいものですが、たぶん無理でしょうねぇ。


ええ、わかっていますよ。だってできるのであれば、とっくにしていますからね!


「……お姉ちゃんはどうなんでしょうね?」


ふと口にした単語に「はて?」と首を傾げました。


「お姉ちゃんって、誰のこと?」


自分でもなんで「お姉ちゃん」なんて言ったのかがわからなかった。


けれど不思議と「お姉ちゃん」と口にしていた。そしてそれがあたりまえのように思えてならなかった。


「……私お姉ちゃんはいない、よね?」


母さんは一度もお姉ちゃんのことを言っていなかった。もしかしたらいたのかもしれないけど、少なくとも物心がついたときには私は母さんと二人暮らしだった。


でも物心がつく前までいたとしたら、知らないのも無理もないわけで──。



「──アンジュ。──にバイバイしようか」



ずきりと鈍い痛みが走る。頭の中で母さんの声が響いた。


5年前に私を放り出していなくなった母さんの声。ズキズキと痛む頭を押さえていると、知らない光景が脳裏をよぎっていく。


「これ、は?」


赤い空。紅い瞳ときれいな銀髪の知らない赤ん坊。小さな手。知らない人の腕の中にいる赤ん坊との距離が徐々に開いていく。


脳裏をよぎる光景は、時間にしたらほんの数十秒ほどに短い。


でも、たしかに私はそれを見たことがある。


「……母さんはなんて言ったのかな?」


自然と乱れていた呼吸のまま、わずかに聞こえなかった母さんの声に集中していく。


でも聞こえるのは声だけ。母さんの顔は見えない。だけど、母さんの声をもう一度思い出す。


「……おねえ、ちゃん?」


はっきりとは聞き取れなかった単語に不思議なほどに噛み合ったのは、少し前に口にした「お姉ちゃん」という単語。そうして噛み合うとそれ以外にはないと思えた。


「……お姉ちゃん」


すとんと胸に落ちる言葉。同時に私はその光景をより思い出していた。


「私は母さんに抱かれて、お姉ちゃんはおじいちゃんに抱かれていた。おじいちゃんはこの国では育てられないって言っていた」


ズキズキとまた頭が痛む。


けれど私は別れの光景を徐々に思い出していく。でもなんでおじいちゃんがそう言ったのかはわからない。


けれどおじいちゃんが断腸の想いだったのはわかる。おじいちゃんは泣いていた。泣きながら私を見送っていた。


「……家族がほかにいるんだ」


もう天涯孤独だと思っていた。母さんが生きているのかもわからない。


だから私はこの世界でひとりっきりなんだと思っていた。


でも違う。私には家族がいる。


名前もわからない家族だけど、私には家族がいる。お姉ちゃんとおじいちゃんがあの赤い空の下にいる。


「……名前はなんだったっけ?」


荒い呼吸を繰り返しながら、もっと深く思考を巡らす。あのときの光景をより深く思い出す。


「……おじいちゃんは、たしかお姉ちゃんの名前を口にしていた。その名前は、名前はたしか」


頭が痛む。気絶してしまうほどに痛い。それでも私はその痛みの先にと腕を伸ばして──。



「カルディアは任せておけ。お前の代わりに立派に育てよう。アンジュは──」



「……カル、ディア?」


──おじいちゃんの声が聞こえた。お姉ちゃんの名前を口にしたおじいちゃんが、泣きながら話す声が聞こえた。


「お姉ちゃんの名前は、カルディア」


またすとんと胸に落ちる。


私のお姉ちゃんの名前は「カルディア」──。


息切れとともに呟いた名前が胸いっぱいに広がっていく。そしてその名前は──。


「レンさんの奥さんと同じ名前?」


──レンさんの奥さんと同じ名前だった。どくんと胸が高鳴る。次いでいままでのレンさんの私への態度が甦っていく。


「……もしかしてレンさんは、このことを知っていた?」


どうしてそう導きだしたのかは、自分でも不思議だった。


けれど、そう仮定したら理解できなくもない。


「私がお姉ちゃんに似すぎていたから、辛くあたっていたとか?」


赤ん坊の頃のお姉ちゃんは、私と同じ見目をしていた。


その私とお姉ちゃんを重ねてしまった結果が、あの態度だった。そう仮定したら理解できなくはない。


「でもなんで?」


そう辛くあたっていた理由は、それだけにしてはおかしい。


ほかに理由があるはず。


「……そう言えば、レンさんの奥さんはたしか」


はっきりと言ってはいなかったけど、あの口調だとレンさんの奥さんである「カルディアさん」はもう亡くなっているはず。


その「カルディアさん」と「カルディアお姉ちゃん」が同一人物だったとしたら、つまり──。


「……レンさんに聞かなくちゃ」


ふらりとベッドから立ち上がり、部屋を出る。まっすぐにレンさんの部屋へと、リビングの真横のレンさんの部屋へと向かおうとした。そのとき。


「……レンさん?」


リビングに出ると、窓の外に雪の中でひとり崖の縁に座るレンさんを見つけた。


私は導かれるように外に出ていた。


「……こんばんは、レンさん」


崖の縁に座り、背中を向けているレンさんに私は声を描けたのでした。

次回もできるだけ早く更新したいです。

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