rev1-19 交換条件と持たざるがゆえの暴走と
約1週間ぶりの更新となりました←汗
難産というのもありますが、いろいろと重なってしまっていたので←ため息
まぁ、それはさておき。
今回はアンジュが暴走しました←
「ふぅ、やはり乳酒も旨いのぅ」
にこにこと笑いながら、ルリが乳酒を飲んでいた。
ただいつもとは違い、ちびちびと舐めるようにして乳酒を飲んでいる。いつもなら一気に呷るはずなのだけど、今日はその味を堪能しているようだ。
「……珍しいな」
「なにがだ?」
「いつもなら呷るように飲むだろう?それがちびちびと飲んでいるから珍しいと思ったのさ」
ルリが酒飲みなのは、ここに来てから知った。いや、正確にはルリ自身も酒好きであることを、この村に来てから知ったようだ。
おかげで、うちのエンゲル係数はわりと高い。その大半がルリの酒代なのがなんとも言えない。ルリはうちの最高戦力だから、ある程度は目を瞑るけれど、イリアはルリの酒代にいつも頭を抱えていた。
それでもルリの酒代が減ることはないし、ルリ自身も改めようとはしていないが、俺としては酒代くらいでルリの機嫌を取れるのであれば安いもんだとは思う。……実際の支出額を見て、少し頬がひきつりはしたけど。
とにかく、ルリの酒好きはもうどうしようもないレベルだった。そのくせガバガバと大量に飲むうえに、いくら飲んでも酔いもしないのだから、イリアが頭を抱えてしまうのも無理もない。
だからこそ、そのルリがちびちびと舐めるようにして乳酒を飲んでいるのは不思議だった。
「ばぅ、簡単なの、おとーさん」
俺の疑問にルリではなく、ベティがいつものように元気いっぱいに答えた。シュタと手を高々と掲げる姿は、シリウスとカティを連想させてくれる。
「どういうことだい、ベティ?」
「ばぅ。ルリおねーちゃんはね、イリアおねーちゃんに怒られたの!おさけをのみすぎだから、飲んじゃダメって!」
「……そうなのか、ルリ?」
ルリを見やるも、すでにその視線は窓の外へと向けられていた。よく見るとその背中はだらだらと冷や汗を流していた。
「……俺個人としては、別にいくら飲んでもいいとは思うけどさ」
「ほ、本当か、レン!?」
背けていた視線が一瞬で集中した。それこそ風切り音と遅れて切り裂いた風が押し寄せるほどの速さでだ。
「……あぁ、あくまでも俺個人としてはな?」
「そ、そうか!やはりレンは話が」
「ただし、カティが起きたらなにを言われたとしても俺はなんの責任も負わないし、カティを宥める気もないからな?」
ルリの表情の変化は見事の一言だった。
風切り音を立てて振り返ってすぐは、満面の笑みだった。それこそ涙を流すほどに。
しかしカティ関係のことを口にしたとたん、その笑みは消えた。仮面で見えないけど、いまのルリが絶望の縁にあることは容易にうかがい知れた。……いまにもブルータスとか言われそうだ。
「……やはり、カティが起きたら怒られる、かのぅ?」
「カティの考えた方次第だなぁ。酒で体を壊されていたらそりゃ怒るだろうし、酒の飲みすぎで体重がとんでもなく増えていたら、それはそれで怒るだろうなぁ」
酒は種類によるけど、カロリーと糖質がわりと高めだった。もちろんカロリーと糖質を抑えているものもあるだろうから、一概には酒=太るという図式にはならない。
というか摂取したら太るとか言ったら、口にするものは大抵カロリーと糖質は含まれているから、カロリーと糖質を気にしていたらなにも摂取できなくなる。
そして旨いものというものは基本的には、カロリーと糖質が高めというのは世の常だ。中にはそれらが低いものもあるだろうけど、種類はそう多くない。
まぁ、太るということはそれだけ食生活が充実しているという証拠だから悪いことじゃない。
そもそも太るのは、過剰な摂取の結果だ。摂取したらその分だけ消費すれば、 理論上では太ることはない。
ルリの場合はその気になれば、いくらでも消費できるだろうけど、面倒くさがっていることもあるし、そもそもその気になられるとちょっと大変なので、いまのままでいてくれる方が俺としてはありがたい。
ただルリが使っている体の本来の持ち主であるカティがどう思うかは知らんけど。
まぁ、想像できる範囲で言えば、間違いなくブチ切れると思うけど。
カティは恋する乙女だから、体型の維持に関しては細心の注意を払うだろうし、そうなると間違いなく怒るだろう。
ルリの事情を踏まえたら、少しはしゃいでしまうというのもわかるし、カティも同じことを言うと思うけど、それとオトメゴコロとは話が別だろう。
だから俺にできるのは、オトメゴコロが炸裂する前に釘を刺すということだけだ。
「……でも、カティならきっと」
「わかってくれるとは思うけど、それとオトメゴコロは別じゃね?」
「……だろうなぁ」
がくりと肩を落とすルリ。肩を落としつつも乳酒を舐めるように飲むあたり、ルリの酒好きが筋金入りなのは間違いない。
「まぁ、少しは自重してくれ。少なくとも今日はそれで終わりにしておけよ?」
「……うむ。まだ飲み足りんがな」
「……そうか」
ルリのぼそりと呟いた一言で開いた口が塞がらないとはこのことか、という心境になってしまった。
(神獣様ってやっぱりまともな人っていないんだなぁ)
ルリを見ていると、神獣様はまともな人がいないという愕然とした事実を突きつけられる気がしてならない。
実際お会いしたことのある神獣様は、なんというか破綻した部分がある人ばかりだった。
お布施やお供え物を宴会代と宴会のつまみや酒だと豪語するパリピだったり、人を痛めつけるのが大好きと笑顔で語る破綻者だったり、妹という存在に劣情を催す淑女だったりとどうしてこうも問題児ばかりなんだろうなぁと思う。
だけど、神獣様の中で二番手の年長者なルリがこうなのだから、ルリよりも若手の神獣様が問題児なのも無理もないのかもしれない。
(人格者というベヒモス様も、前例がある以上どこまで信じていいのやら)
「聖大陸」にいる神獣様のおひとりであるベヒモス様は、ルリや他の神獣様の存在を踏まえる限り、「人格者」という言葉をどこまで信じていいのかわからなかった。
(いまのところ、会いに行く理由もないわけだけど)
いまはまだこの村を離れられないから、ベヒモス様のところに向かうつもりはない。少なくともいまのうちは、だけど。
「ねぇねぇ、おとーさん、ルリおねーちゃん」
「うん?」
「どうした、ベティ?」
ルリを含めた神獣様の破綻っぷりについて考えていると、ベティが俺とルリそれぞれに声を掛けてくれた。
「カティおねーちゃんは、怒るとこわいの?」
つぶらな瞳で俺とルリを交互に眺めながら、首を傾げるベティ。
ベティは、カルディアたち「まま」のことだけじゃなく、シリウスとカティたち「おねーちゃん」のことも知りたがる。
ついぽろっと口にしてしまって以来、ことあるごとに知りたがるようになってしまった。
俺自身話しても構わないことだったから、ついついと話していたけど、まさかアンジュの前でシリウスたちのことを口にしてしまうとは思ってもいなかった。
(……だからこそ風呂に入らせたわけでもあるけど)
そのアンジュはいま風呂に入っている。
凍えていたということもあるけど、俺自身がアンジュをそのままにしておけなかった。
ただアンジュは酒を飲んで風呂に入っている。酒精がほとんどない乳酒であっても、一応は酒だった。
(医学上では認められない行為だろうなぁ)
もっともどちらも俺自身が勧めたことだし、アンジュを責めることはできないし、する気もない。ただ念のためにイリアを付き添いという形で、一緒に入ってもらっていた。
まぁ、付き添いというのは形だけで、本来はベティが口にした「おねーちゃんたち」ということを忘れてもらうためだったのだけど──。
「……なんなんですか?なんなんですか?なんなんですか!?そのドスケベボディはぁぁぁぁぁぁーっ!?持たざる者への嫌味ですか?嫌味ですね?嫌味ですよねぇぇぇぇぇーっ!?ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
「え、えっと、アンジュ様落ちつい──」
「落ち着けるわけないでしょう!?胸もお尻もお腹回りもすべてがハレンチ!ハ・レ・ン・チ・です!ハレンチすぎて同性の私でさえ鼻血が出るレベルですよ!なんなんですか?なんなんですか?なんなんですか!?そのエッチッチすぎるハレンチドスケベボディーは!?」
「なんなんですかと言われても、気づいたらこうなっていたと言いますか」
「はぁぁぁぁぁぁぁーっ!?ふざけんなよ、ごらぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
「え、いや、あの、ご、ごめんなさい?」
「謝ってすむかぁぁぁぁぁーっ!とりあえず揉ませろ、ごるぅぁぁぁぁぁーっ!」
「え、揉ませろって、ちょ、ちょっと待ちなさ──きゃぁぁぁぁぁーっ!?」
──どうやら任務完遂は無理そうだ。
イリアの悲鳴とアンジュの怒鳴り声が風呂場からは聞こえてきていた。富めるものにはわからない痛みゆえの暴走というところか。
(……あいつ、体つきはカルディアとは全然似ていないからなぁ)
気持ちはわからんでもないが、ここまで暴走するとは予想外だった。それはイリアも同じなんだろう。
イリアならアンジュを簡単に押さえ込めるはずなのに、手を焼いているのがその証拠だった。
加えてイリアは手加減しているということもあるようで、アンジュを押さえ込めずにセクハラの被害を受けているみたいだ。
逆に手加減しないと、アンジュを殺すことなんてイリアにしてみれば、簡単に行えるから無理もないだろうけど。
「落ち、落ち着い──っ!」
「うううーっ!」
悲鳴の後は我慢しているくぐもったイリアの声や「これが、これが本当のお胸!?私の半ば胸板とは全然違う!くそったれぇぇぇぇぇーっ!」と泣きわめくアンジュの声も聞こえてくる。
(……イリアのくぐもった声も、アンジュの怒鳴り声もどっちもよく聞いているけど、なんというか、うん)
なんとも言えない気分になってしまった。けれど、言うべきことは言っておこうか。
「……ベティ」
「ばぅ?」
「とりあえず、シリウスとカティのことは、アンジュの前では言わないようにな?」
「ばぅん。わかったの。かわりにカティおねーちゃんのこと教えて!」
「はいはい」
ちゃっかりと交換条件を出す辺り、ベティはなかなか強かだった。……そういう一面も愛らしいと思うところが、親バカたる由縁かもしれない。
「ルリも一応は話すのを手伝ってくれよ?手伝ってくれたら、カティを宥める手伝いはしてやるから」
「……むぅ。仕方がない」
ベティが交換条件を突きつけてきたのであれば、父親として俺もするべきだろうと我ながら謎な理論を導き出すと、ルリは唸ってから一応は頷いてくれた。
そうして俺とルリはカティについての話をベティに聞かせることにしたんだ。
ちなみに風呂から出てきたふたりは、片や頬に大きな紅葉を咲かせてつやつやとした笑みを浮かべ、片や「お嫁にいけない」と真っ赤な顔で胸元を隠しなからぼそぼそと呟いていたけれど、どっちがどっちなのかは言うまでもない。




