rev1-16 もしこの世界でなければ
香恋がいろいろと妄想します。……もの悲しいものですけどね。
雪が降っていた。
しんしんと降る雪は、とても目が細かくて、これ単体では積もりそうにはない。積もったとしてもせいぜい踝くらいの、この村では雪が降ったとは言えないレベルだ。
(ほんの数ヶ月で雪に馴染んだな)
この村に来た頃はまだ冬の半ばくらいで、いまはそろそろ冬の終わりくらいらしい。でもまだ春の芽吹きは見えない。その春にしてもあっという間に夏になり、短い秋を越したら長い冬が訪れるようだ。
正直冬の半ばにこの村に新しく訪れる者がいるとは思われていなかったみたいで、来たこと事態で驚かれてしまった。
ただ例の盗賊どもを壊滅させたことで手放しで歓迎してもらえたはいいけれど、もしあの盗賊どもがいなかったら、歓迎されるどころか、厄介者扱いされていた可能性もあったことは想像に難くない。
この村にとっての一年は冬に備えるためのもの。冬の期間はとても長く一年の大半が冬にあたるそう。
俺たちが経験したのはせいぜい冬の半分ほど。それも終わりの半分という、寒さも徐々に陰りを見せ始める頃のようだった。
そんな冬の真っ只中に突然よそ者が訪れたとなれば、なにかしらのやむにやまれぬ事情があったということ。それも後ろめたい理由によるものだと思われるのは必定だ。
俺がこの村で産まれ育ったのであれば、まず間違いなくそう思う。
たとえ、村を滅亡させようとしていた盗賊どもを壊滅させた救世主のような存在であってもだ。むしろそんな救世主のような存在であればなおさら、怪しいと思うだろう。
なにせタイミングが神がかりすぎている。村を救ってくれたことはありがたい。でもあまりにもタイミングが合いすぎていた。
まるで示し合わせたかのようだと思われても無理もない。いや、示し合わせたと考えるのが妥当だろう。
そういう意味では、あいつが俺たちを疑うのも無理はないし、理解できた。……我ながら現金なものだとは思うけど。
(本当に現金なものだよな。……あいつが他人の空似じゃないとわかったらこれだ)
いままではあいつの顔を、あいつの姿を見かけるたびに胸が痛かった。あまりにも似すぎていたから。顔から後ろ姿までなにをとってもカルディアにあまりにも似すぎていた。それが悲しかったし、カルディアを汚されているみたいで嫌だった。
だから邪険にした。あいつから徹底的に嫌われようとしていた。カルディアの代わりにならないように。カルディアそっくりなあいつをカルディアの代わりに愛することがないように。
でもそれが悪かったのかもしれない。
まさか空似じゃなかったなんて思ってもいなかった。
「……雪やみませんね」
後ろからイリアが声をかけてくれた。いや、声だけじゃない。イリア自身の体を使って背中から抱きしめて、俺の背中を覆ってくれている。
「……そうだね」
イリアが持ってきてくれた乳酒を、温めてくれた乳酒の瓶を持ってきていたカップに注いだ。キィンという澄んだ音が響くと、小さな湯気が立ち上っていた。
そのカップに口をつけて傾けていく。
乳酒と言いはするけど、実際のところは子供でも問題ないほどに酒精は弱い。甘酒と同じくらいか。
(希望は酒粕から作ったものじゃないとダメと言っていたっけ)
希望は甘酒が好きだったけど、麹から作ったものではなく、酒粕から作られる甘酒じゃないとダメと言っていた。俺はどっちでもいいんじゃないかと思っていたけど、希望には言えなかった。言ったら確実に怒るだろうから。
(もしカルディアたちも地球で出会っていたら、どうだったのかな?)
時折考えることはある。
もしこの世界でなく、地球でみんなと出会っていたらどうだったんだろうかと。
(希望は幼馴染みのままだろうけど、カルディアたちとはどういう関係だったんだろうな)
思い付くのは、いくらかある。
まずプーレはきっと妹分だっただろう。「旦那様」じゃなく、「香恋お姉ちゃん」とか呼んでくれていて、「香恋お姉ちゃんは本当にヘタレで困るのですよ」と呆れられていたんだろうな。
(……プーレならはっきりと言いそうだもんなぁ。希望のことは素直に尊敬するけど、俺のことはさんざんにこけ下ろしていそうだよなぁ)
プーレの性格を考えたら、きっとそういう関係に落ち着いたと思う。この世界みたく嫁にはならなかったはずだ。
(サラさんは、少し年上の頼れるお姉さんって感じになったかもな)
サラさんだったら、ややのんびりとしているけど、相談事に乗ってくれる近所の優しいお姉さんという形になっていたと思う。「香恋ちゃんは本当にそういうころとですよぉ~?」とか言って苦笑いしながらアドバイスしてくれたと思う。
(この世界でなければ、きっと頼りになる先輩として接してくれていたんだろうな)
きっとこの世界みたく嫁としての序列とか気にすることなく、大好きなことにだけ集中していたんだと思う。この世界で出会わなければ、きっと。
(エレーン、いや、モーレならなんとなくうちの実家で営業とかしていそうだよな。アルーサさんたちもいまと変わらない仕事をそれぞれにしてくれていそうだ)
地球で出会っていたら、モーレは一度死に別れることなく、アルーサさんたちと過ごしていたはず。家族で力を合わせて生活していたと思う。うちの親父はああいう人たちには弱いから、正社員として雇っていたと思うし。
(この世界でなければ、きっとモーレたちはそこまで裕福ではなくても、幸せに過ごせていたんだ)
「香恋ちゃんもそろそも自分でお仕事を取りに行こうか?」とか言ってご近所を連れ回されていそうだ。久美さんみたいに実のお姉ちゃんみたいに慕っていたかもしれない。
(ティアリカは学校の先生とかかな?いろいろと器用にこなすから、生徒には慕われ頼られる先生になっていそうだ)
ティアリカは面倒見がいいから、男女問わずに人気のある先生になっていそうだ。顧問もいくつも掛け持ちしているけど、そのすべてに真剣に向き合うけど、実生活がややだらしない先生になっていそうだ。
(目に見えるね。忙しいけど、充実した表情で毎日を過ごすティアリカの姿が)
きっと「いいですか、鈴木さん。不純異性交遊ならぬ不純同性交遊はほどほどにしておかないといつか道端でグサッと刺されてしまいますよ?」とか言ってお説教されたんだろうなぁ。そんなことはしていないとか言っても「そういう風にしか見えません!」って顔を真っ赤にして言われただろうなぁ。地球でも純情なのは変わらなそうだし。
(レアは、そうだな。ずっと憧れていたモデルさんとか女優さんとかかな?その人とばったりと道端で出会って、いつの間にか親しくなったりして)
レアは身近な存在ということではないだろう。最初はこの世界と同じで、地位も立場もまるで違っていたのに、ひょんなことから知り合っていつまのにか親しくなっていそうだ。
(「私は香恋ちゃんよりもお姉さんだからいろいろと教えてあげる」とか言って、食い道楽なことばかり教えてくれそうだよなぁ。きれいな服を串焼きのタレでべったりと汚してもまるで気にしないとかありそう)
最終的にはレアのマネージャーか所属する事務所の社長さんのコアルスさんに見つかって、なぜか俺が怒られることになりそう。「香恋ちゃん。この子の好き勝手にさせたらダメと何度も言っているでしょう!?」とか。でも怒りつつもコアルスさんは笑って、レアもきっと笑っていそう。その笑顔につられて俺も笑っているんだろうなぁ。
(イリアは、家族のことでいろいろと話し合う後輩とかそういう立場だったかもな)
この世界みたく最初は険悪というか、一方的に嫌われていそうだけど、でも少しずつ仲良くなってくれそうだ。
(でもお小言が多そうだよなぁ。プーレと一緒になって「香恋先輩はもっといろいろと考えて行動してください!巻き込まれる私の身になってくださいよ!?」とか言われそうだなぁ)
イリアだったらきっとそう言うだろう。だけどその後自己嫌悪して「さっきはごめんなさい。言いすぎました」って涙目で謝ってきそうだ。なんだかんだで不器用な子だからありえそうだよ。
(そしてカルディアは、カルディアも幼馴染みでいてほしいかも)
希望と同じで幼馴染みとしてそばにいてほしかった。きっと希望と結託するときはするけど、基本的にはマイペースだから希望がいつも怒っていそうだ。「香恋だけじゃなく、カルディアもいい加減にしてよ!」とか希望がいつも怒って「なんで希望は怒っているの?」ってカルディアが火に油を注ぐことを言いそうだ。
(……そしてカルディアと希望を俺はきっと特別な目で見ているんだろうな。でもそのことに俺は気づかなくて、みんなからは大いに呆れられるんだろうな)
そのことを家族たちからも散々に言われていそうだ。歩と恋香からは「なんで姉ちゃんばかり!」とか血の涙を流しながら睨まれそうな気がする。
(……シリウスたちは、やっぱり娘かな?ありえないけど、三人揃って赤ん坊のときにうちの家の前に捨てられていたとか?)
親父たちは最初迷っていただろうけど、そんな親父たちに業を煮やして「親父たちが煮え切らないなら俺が育てる!」とか言いそうだわ、俺。
そんな俺に母さんが「さすがは私の娘よ!」とか無責任なことを言いそうだよなぁ。
(でもシリウスたちのお陰で希望とカルディアともより深い関係になっていて、シリウスたちが喋れる頃になったら、希望たちを「まま」と呼びそう。俺は変わらず「ぱぱ」なんだろうなぁ)
最初は「ぱぱ」呼びに違和感を持っていそうだけど、すぐに慣れてしまうんだろう。そして「まま」と呼ばれたふたりに対して、特別な感情を抱いていたことに気づくんだろう。
(……そうしたら俺はふたりのうち、どちらを選ぶんだろう?)
意味のないことだけど、答えは出なかった。いまはふたりともいないし、そもそも妄想でしかないことだった。
それでも妄想の中でも俺は答えを出せそうになかった。
「主様、なにか考えておられていますか?」
イリアの声に思わずドキッとした。なんて言えばいいのかすぐにはわからなかった。
「……ありえないことを考えていた」
「ありえないこと?」
「もし、この世界ではなく、俺が産まれた世界でカルディアやイリアたちと出会えていたらと考えていた」
「……そう、ですか。それでどんなことを?」
「それは」
イリアは俺に抱きついたまま尋ねてくれた。聞きたいわけではないだろうけど、イリアなら一緒に考えてくれるかもしれない、と人任せなことを考えながら俺は妄想を口にしようとしていた。
「……雪の中で逢い引きはいかがなものかと思いますが?」
不意に声を掛けられた。声の聞こえた方を見ると、そこには悲しいほどにカルディアに似た、カルディアの双子の妹であるアンジュが頭の上に雪を積もらせて腕を組んで立っていた。




