rev1-7 そのぬくもりに
ギリギリになってしまった←汗
温かった。
こんなに温かいのは久しぶりだった。パパを失ってから、パパをこの女に奪われてからは初めてのことだった。
この女は私を馴れ馴れしく「シリウス」と呼ぶ。私を「シリウス」と呼べるのは死んでしまったパパと「母国」で私の帰りを待っている「まま上」だけ。パパは死んでもういないから、「まま上」だけが私を「シリウス」と呼べる。
なのに、この女は何度も私を「シリウス」と呼んだ。その名前は私の本名だけど、この女に呼ばれる筋合いはない。
だって、この女が、レン・アルカトラが私のパパを殺したんだ。私が気を失っている間に、私が守れなかったせいでパパは、レン・アルカトラに殺されたんだ。
そのレン・アルカトラに抱き締められるというのは、本来なら屈辱だった。でも同時にレン・アルカトラを殺せるチャンスだった。
さっきも私の首から上を抱き締めながらなぜか泣いていた。隙だらけすぎて、すぐに行動に移れなかった。むしろなにかしらの罠だと考えてしまっていた。だから攻撃できなかった。
それはいまも同じだ。
なぜかレンは私を抱き締めていた。
なぜ私を抱き締めるのか。私を抱き締めたところで意味なんてないのに。
レンは女色の気がある。それはパパと同じだった。私のパパである「カレン・ズッキー」も女色の気があったらしい。
らしいというのは、私自身パパがいてくれた日々をうまく思い出せなくなっているからだ。
どうしてそうなったのかは自分でもわからない。
私はただのウルフだった。
でもいまはアンデッドとなってしまった。どうしてアンデッドになったのかも私にはわからない。
ただ「まま上」が言うには、そうしないと助けられなかったということだった。そして「レン・アルカトラ」を殺せば、パパを取り戻すことができて、私も元のウルフに戻れると「まま上」は言っていた。
どうして「レン・アルカトラ」を殺せば、アンデッドから元のウルフになれるのか、そして死んだパパを生き返らせるのか。まるでわからなかったけど、「まま上」が自信を持って言っていたのだから、きっと間違いはないんだと思う。
「まま上」は私の頭を撫でてくれながら、「頑張ってね、シリウスちゃん」と笑っていた。私はただ頷いた。私は「まま上」の娘だから。「まま上」が言うことはなんでも正しくて、「まま上」が違うと言えば、それはどんなことだろうと間違っている。
だから「まま上」が「レン・アルカトラ」を殺せと言うのであれば、なにがなんでも殺さないといけなかった。
いまならそれは容易くできる。
首の動脈や神経を噛みちぎればそれですむ。
でも不思議と口を開ける気になれなかった。
レンの腕の中にいるのは、不思議と心地よかった。うっすらとしか思い出せないパパ。そのパパの腕の中にいるみたいだった。レンとパパのぬくもりは不思議と似ていた。
パパを殺した憎い相手のはずなのに、私はその憎い相手の肩にぐりぐりと顔を埋めていた。レンはそんな私の頭を優しく手櫛で梳いてくれた。
「……すっかりと髪がボサボサになったね」
「……うるさい」
「そっか。でもすぐに元通りになるよ」
おかしそうにレンは笑っていた。なんで笑うのかが私にはわからない。
でも苛立ちはなかった。むしろこうして髪を梳かれるのが当たり前のように思えていた。
(……パパと同じだぁ)
髪の梳き方ひとつ取ってもパパに似ていた。ううん。パパと同じだった。
ぬくもりもパパと同じで、髪の梳き方もパパと同じ。
まるでレンがパパみたいだ。レンとパパは同じ人なのかもしれないと思えてしまった。
(そんなことあるわけがないのにね)
そう、レンとパパは別人だ。レンはパパを殺して私をアンデッドにしたと「まま上」が言っていた。
「まま上」がそう教えてくれたということは、それが事実なんだ。
だからレンがパパであるわけがない。そう思うのに、レンに抱き締めてもらっていると、なぜか落ち着いた。レンのぬくもりがとても心地いい。
(そう言えば、アンデッドになってから「まま上」が抱き締めてくれたことはなかったっけ?)
「まま上」は「もう子供じゃないでしょう、シリウスちゃんは」と言って抱き締めてくれない。私としては子供の頃みたいに抱き抱えて欲しかった。大好きな「まま上」のぬくもりに包まれていたい。
でも「まま上」は抱き締めてくれない。だからなのかな。レンに絆されてしまいそうなのは、誰かのぬくもりを感じることがなかったからなのかもしれない。
(ほかのママたちがいれば、抱き締めてくれたのかな?)
ふと思った内容は、ひどくおかしなものだった。
(ママたちって誰だ?私のママは「まま上」だけで、「まま上」はパパのお嫁さんだって、「まま上」は言っていたんだから、ほかにママなんていないのに)
変なことを考えてしまっていた。でもいいかな。いまは少しだけ考えるのをやめていたい。大好きなパパに似たレンのぬくもりに包まれていたかった。
「もっと抱き締めろ」
「……はいはい」
レンは笑っている。その笑い方はやっぱりパパとそっくりだと思えてしまった。パパに似たレンのぬくもりに包まれながら、私は少しだけまぶたを閉じたんだ。




