rev1-5 制圧完了
遅くなりました。
「あははは!死ね、レン・アルカトラ!」
プロキオンが笑いながら短剣を交互に振るってくる。
血塗れになった口元を露にしながら、その手の凶刃を何度も振るってくれる。振るわれる凶刃を俺は避けることしかできなくなっていた。
鎖骨辺りの肉をプロキオンに噛みちぎられてしまったということもあるけど、イリアを抱き抱えているということがその理由だ。
プロキオンの動きは、イリアのそれよりも若干速い。実力的にはたぶんイリアと同じくらいだと思う。
俺単体であれば、どうにかなるかもしれない。俺自身はイリアよりも強いから、プロキオン相手にしても勝ちは拾える。
けれどプロキオンに片腕を使えなくされてしまったことで、戦い方が限定されてしまった。
「主様!私のことよりもいまは!」
イリアが慌てている。けれど、俺は無視してイリアを抱き抱えていた。イリアは「主様!」と叫んでいるけど、うるさいので唇をやや強引に奪った。イリアが何度も瞬きした。同時にプロキオンの攻撃が激しさを増した。
「私のことよりも愛妾をかわいがるのが優先かぁ~?ふざけるなよ、貴様ぁ!?」
プロキオンが目を血走らせていた。いや、まぁ、戦闘中にいきなり目の前でキスなんてされたら、そういう反応をするのもわかるんだけどね。
でもこれには理由がある。イリアに冷静になってもらうためだった。……それでもいきなりキスするのはどうよとは思うけど、これはイリアから前々から提案されたことでもあるわけであって、俺が言い出したことではないんだ。
『……で冷静になったか?』
キスをしながらイリアに念話で話しかけると、イリアはどことなく幸せそうな雰囲気で「……申し訳ありませんでした」と謝ってきた。
『……いきなりのことでしたので、少し取り乱しました』
『気にするな。これで対等だよ』
『……でしたね。主様も取り乱されていましたし』
『あぁ、だから謝らなくていい。むしろ謝るのは俺の方だし』
『え?』
『いや、イリアから言われたことではあったけど、恋人でもない相手からキスされるのって嫌だろう?まぁ、その吹雪の中でキスしてしまったことがあるから、いまさらかもしれないけど』
イリアとキスするのは、もう馴れていた。この数ヶ月で何度となくキスはしていた。体を重ねるときや、吹雪の中に飛び出た結果成り行きでということもあった。
そうして何度もキスをしてきたからこそ、俺の中ではイリアとキスするのは当たり前のことだった。
でもイリア自身はそうじゃないだろう。俺に抱かれるのだって、本当は嫌かもしれないし、キスをするのだって嫌々しているのかもしれない、と思う。……まぁ、嫌々にしては雰囲気がおかしいとは思うけど。
とにかくこれでイリアも冷静になったはず。そしてプロキオンもまた俺たちにより一層集中したはずだ。
となれば、あとは時間を稼げばいい。隙を衝くまでの時間を、だ。
『わ、私としては、その、ですね。なんと言いますか』
『あー、それよりも、治療してもらっていいか?時間を稼ぐにしても多少は動けないと』
『あ、はい。そうですね。おそらくはそろそろ動かれるでしょうね。あの子も馴れてくるはずですし』
『だな。じゃあ少しでいいから治療しておいてくれ。応急処置でいい』
『承りました』
イリアからの返事を聞いてすぐに唇を離すと、プロキオンの双剣が俺とイリアの首を刈り飛ばす軌道で放たれた。イリアをより抱き寄せてから後ろへと下がる。激痛が走ったけど、イリアを手放すわけにはいかない。
イリアはイリアで「治癒」を掛け続けてくれている。
「治癒」を掛けてくれれば、少しは痛みもましになる。
ただ痛みはましになるけど、傷は簡単には塞がらない。
「治癒」は治療系の魔法の中では初歩の魔法だ。でも初歩だからこそ、使い手の力量が大きく出る魔法だった。
イリアの「治癒」は、わずかな欠損であれば治すことはできる。ただ時間が掛かるから、いまの戦闘中では治しきれない。
だけど、この戦闘が終わればゆっくりと掛けてもらえばいい。……問題はその間ベティを遠ざけておかないといけないということだけ。
ベティは血肉を見るのが苦手だ。「おとーさん」である俺の血肉なんて特に見たくないだろう。だからこそ完治するまではベティを遠ざけておかないといけない。
「くそ、ちょこまかと動くな!」
プロキオンが叫ぶ。叫びながら双剣を無茶苦茶な軌道で振り回していた。
(……素人だな)
双剣の軌道を眺めつつ思ったのは、プロキオンは武器を使った戦闘に関しては素人だということ。双剣を選んだ理由は知らんけど、明らかに使いこなせていない。
だけど、素の身体能力の高さがあるから、それなりに脅威な使い手となっている。
でも同じ双剣使いとしたら、カルディアに遥かに劣る。むしろ比べるのはカルディアに失礼なレベルだった。
(……シリウスは短剣の使い方は上手だった。じいちゃんにしごかれていたというのもあるけど、才能もあった。そのシリウスがこんなにも使い方が下手というのはどういうことだろう?)
プロキオンはシリウスだと自分で言っている。たしかに見目は同じだ。声も同じだ。右目を失っているというのも同じだ。
でもならこの武器の使い方が下手くそなのはどういうことなのか。
短剣ひとつと双剣は延長線みたいなものと思われがちだけど、実際は違う。
一刀流は両手で剣を握る。でも二刀流の場合は左右それぞれの手で剣を握る。その時点で一刀よりも力は分散するし、利き手というものがある以上、どうしても込められる力や制御に関しての差が生じてしまうので、一本よりも二本の方が倍の攻撃力があるということにはならない。手数は出せるかもしれないけど、手から武器がすっぽ抜けたらなんの意味もなくなる。
もっともそれは通常の二刀流の話ではあるけど。短剣での二刀流の場合は、それぞれの短剣はリーチが短い分、多少は軽い。それでも鉄の塊なわけだから、それなりの重量はあるし、通常の剣よりかは軽いけど、二本あるのだから総重量はそう変わらなくなってしまう。
そして双剣というのはスピード重視ではあるけど、攻撃力的には大したことがない。ただ実戦では先に相手の急所を衝けば勝ちだから、威力とかは関係なく、素早く連擊を叩き込める双剣は、使いこなせれば強力な武器にはなる。
でも使いこなせなければ、リーチもなく、威力もなく、軽いから防御もまともにはこなせない。いや、下手に防御をしたらかえって武器を破損させることにもなりかねないという武器なため、使い勝手が悪くなる。
カルディアはそのあたり上手に使いこなしていた。というのも彼女はその身体能力をうまく使って、双剣という武器を手足のように使いこなしていた。
そのカルディアとは違い、プロキオンは双剣をただ振るっているだけだ。速い一撃で相手を殺すことだけを考えた、無茶苦茶な剣。
無茶苦茶な軌道というのは、かえって読みづらいけど、プロキオンの場合は急所、しかも首だけを狙っているから軌道が丸わかりで、当たってあげようにも当たりようがなかった。
それがかえってプロキオンを苛立たせ、その視界を狭めていく。
「くそ、当たれよぉ!」
プロキオンが苛立たしげに双剣を振りかぶった、そのとき。
「隙だらけだ、愚か者が」
プロキオンの顎を真横からルリの拳が撃ち抜いた。プロキオンの顔がおかしな角度に曲がり、プロキオンは膝から崩れ落ちた。
「ばう!ルリおねえちゃん、すごいの!」
ルリの腕の中でベティがキラキラとした目でルリを見上げていた。ルリは苦笑いしつつ、ベティの頭を撫でていた。
「遅かったな、ルリ」
「なにを抜かすか。ベティが馴れるまで待っていたんだから無理もなかろうよ」
ルリは呆れていた。が、俺としては文句はなかった。助けてくれたうえに、ベティを預かってくれていたんだから、文句の言い様はない。
「さて、これで制圧は完了だな、レン」
ベティの頭を撫でつつ、ルリはプロキオンを見やる。プロキオンは顎を撃ち抜かれたことでうまく動けないでいた。
「く、くそぉ、卑怯だぞ!」
プロキオンは憎たらしげに俺たちを見つめているが、まともに動けないでいるようだった。そんなプロキオンを見下ろしながら、俺は言った。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
プロキオンの鋭い視線を浴びながら、プロキオンの制圧は完了したんだ。




