rev1-2 娘への想い
遅くなりました。
あと、今回はちょっと短めとなりました。
どうして気付けなかったのか、自分でもわからなかった。
一目でわかるはずだった。
少し前までなら、どんなに正体を隠そうとしても一目でわかった。わからないわけがなかった。愛娘のことがわからないわけがなかった。
だけど、いまはわからなかった。
それはほんの数ヶ月とはいえ、この子と離れていたからわからなかったのかな。
「……シリウス」
目の前にいる愛娘のことがわからなかった。それは俺の胸をこれでもかと抉ってくれる。
大切な娘。俺に目を渡し、そして命を懸けて、俺の未来を文字通りに切り開いてくれたシリウスが目の前にいる女性だった。
「……生きて、くれていたのか?」
大切な娘の頬を撫でる。頬を伝っていく涙もまた止まっていた。その涙ひとつ取っても愛おしい。いや、涙だけじゃない。この子のすべてがただ愛おしかった。
「シリウス」
正面からシリウスを抱き締めた。止まっていてもそのぬくもりは変わらない。記憶の中のシリウスのままだった。
「あぁ。あぁっ!」
涙が自然と溢れ落ちていった。
シリウスを胸に掻き抱く。少し前までは、ウザいだの、キモいだのと言われてしまっていたけど、それでも抱き締めることはできた。こうして抱き締めると、シリウスはいつも慌てた。顔を真っ赤にして「わぅ!」と不満げに鳴いていた。
でも不満げなのは表情だけで、尻尾はこれでもかと振られていた。それが如実にこの子の心情を表していた。
シリウスはシルバーウルフになってから、すっかりと意地っ張りになってしまった。泣き虫の甘えん坊なのに、俺に対する罵声ばかりを投げ掛けていた。
でもそのたびにこの子が自己嫌悪していたことを、俺は知っている。というか教えてもらっていた。
俺に対しては辛辣だけど、嫁たちに対してはそれまでと変わらない態度だったから、俺に罵声を浴びせた後にひとりで落ち込んでいるのをみんなが慰めていたことを知っている。
本当は俺のことが大好きで、でもシルバーウルフになって年頃の姿になったからか、反抗期になってしまったからか、心にもないことを言ってしまっていたことを俺は知っている。
「……本当にシリウスは意地っ張りすぎるんだよ。もっと甘えてくれればいいのに。恥ずかしいからって、罵声を浴びせて、そのあとでひとりで落ち込んでも仕方がないじゃないか。なのに、ひとりで落ち込んで、あまつさえ「パパに嫌われちゃったかな」なんて言ってしまうんだから。本当にバカだよ、シリウスは。……パパがそのくらいのことで君を嫌うわけがないだろう?」
シリウスを強く抱き締める。時が止まったいま、シリウスはなにも言わない。でもそれももう終わりだろう。
「……そろそろ時間だな」
ルリが言った。その言葉に頷きながらシリウスから離れた。
まだ時は止まっている。でもシリウスは俺よりも「刻」の力を上手に行使する。
むしろ、シリウスたちから見れば、俺は下手みたいだった。
だからこそ、シリウスであれば、俺の半端な制御を掻い潜ることは可能だ。そしてそれはルリが言うようにそろそろだろう。
名残惜しいけど、まずはシリウスを説得するところから始めないといけない。
「レン」と「カレン」が同一人物であることを知ってもらわないといけなかった。だからこそ俺はシリウスから離れたんだ。
そうして離れてすぐにシリウスはふたたび動き始め、すぐに距離を取った。その目にあるのは怒りの光。俺への殺意に満ちた目。いままで一度たりともシリウスに向けられたことのないもの。正確に言えば一度だけあった。
でもあのときは、「鬼の王国」のときは、シリウス自身が呑まれていたから。俺を俺だと理解していなかったがゆえにだ。
それはいまも同じだ。きっと俺が「パパ」だということを知ったら、シリウスはきっと驚くだろう。いや、泣いてしまうかもしれない。シリウスは泣き虫だから、死んだと思っていた俺が生きていたことを知ったら、きっと喜んでくれるはずだ。
いや、もしかしたら「本当にパパのそういうところが大っ嫌い!」とか言われてしまうかもしれない。
なにを言われたとしても俺はなにも言い返せないけど、大切な愛娘の言葉を無下にしたくなかった。
「よくも、よくも、よくも!パパの力を!私のパパを殺し、その力を奪い取るなんて!許さない。許さないぞ、レン・アルカトラ!」
シリウスは目を血走らせていた。目を血走らているということは、俺の話を聞ける状況にはないということ。
いまなにを言っても、シリウスの耳には届かない。そういうところもまた愛おしかった。
「……思い込んだら一直線なのは変わらないね」
思わず、笑っていた。でもそれをシリウスは侮蔑と受け取ったのか、目付きがとんでもなく鋭くなってしまった。
後ろで「そういうところですよ、主様は」とイリアが呆れていた。ルリに至っては「……アホか、おまえは」とため息を吐いてくれていた。
さすがに怒り狂っている状況で笑い掛けたら、印象は悪くなる。シリウスに再会したことで、気が緩んでしまっているようだった。
「その命で償え、レン・アルカトラ!」
シリウスが叫ぶ。半ば暴走しながら、まっすぐに駆け抜けてくるシリウス。言葉で説得するよりも、どうにか抑え込む方が先のようだった。
(あまりしたくないけど、仕方がないか)
できるだけ傷つけないように注意しながら制圧しようと決め、俺は愛娘との対峙に集中していった。




