rev-1-1 襲撃者
4ヶ月ぶりの更新です。
つまりは第二部「聖大陸編」開始です。
だいぶ遅くなりましたけども←汗
今回はレン視点となります。
悲鳴じみた叫び声だった。
見た目は腹が立つくらいに似ている。
……まぁ、胸の有無という大きな違いはあるけど、見た目という意味合いであれば、白髪女は彼女と似ていた。
声も似ていると言えば、似ているのかな?全然違うと普段は思うけど、時折彼女と聞き間違えてしまいそうになることがある。
……まぁ、品の差がありすぎるから、白髪女と彼女が瓜二つというわけじゃない。
性格は、まるで違う。
彼女はもっと普段から穏やかだったし、笑うと花が咲いたみたいに周りが明るくなるし、その笑顔を見ているだけで胸が温かくなった。
でも、白髪女は普段から怒鳴ってばかりだ。なにが気に食わねえのかは知らんけど、俺たちを悪者扱いしてくれる。
……まぁ、正確には俺たちというか、俺が原因なのかもしれんけど。彼女にあまりにも似すぎていた。それこそ生き写しと思うほどに。種族の違う双子のように思えてしまった。
だからこそ、俺はあの白髪女を嫌った。いや、嫌おうとしているし、嫌われようとしている。
間違っても恋仲になんぞならないようにしたかった。
だって恋仲になんてなってしまったら、あの白髪女が彼女を、カルディアをすべて上書きしてしまったらと思うと、カルディアのことを忘れてしまったらと思うと、怖くてたまらなかった。あんなにも愛した彼女を忘れたくなかった。
目の前で二度も喪った彼女を、胸の中に刻み込まれた彼女を、忘れたくなかった。忘れるわけにはいかなかった。
たとえ、彼女を想わせる相手であったとしても。いや、彼女を想わせる相手だからこそ、俺は決して白髪女を受け入れるつもりはない。
白髪女に彼女を、カルディアの居場所を奪わせるわけにはいかない。
俺の隣はカルディアのものだ。希望を失い、ぽっかりと空いた場所は、カルディアのものになっている。たとえそのカルディアがもうどこにもいなかったとしても。カルディアの居場所を誰にも奪わせない。
だけど、その前に俺の命が奪われそうになっていた。
いま俺はひとりの女性に圧し掛かられていた。それだけを言うと、妖しい雰囲気しかないけど、実際は違う。いや、まぁ、圧し掛かられていたことがないわけじゃない。むしろ少し前までは日常茶飯事というか。某女王様に圧し掛かられていたものだ。……圧し掛かられていた理由は、言うまでもないかな。
まぁ、それもいい思い出だ。たとえその相手から命を奪われかけたとしても。
ただ、いま俺を圧し掛かかっている女性からは、その手の色気は一切ない。あるのは俺への明確な殺意だけ。
その手には短剣があり、その短剣はまっすぐに振り下ろされていた。
狙いは俺の胸。つまりは心臓を一突きしようとしている。いや、串刺しにしようとしているという方が正しいかな。
女性の言葉からは強い殺意があった。
ただ意味がわからない。女性は俺を見て「パパの仇」と言っていた。
だけど、俺は父親を殺したことはない、と思う。断定できないのは「レン・アルカトラ」になる前に、それこそ何人も殺しているからだ。いや、「レン・アルカトラ」になってからも人を殺している。もっとも「レン・アルカトラ」になってからの殺人は、ここコサージュ村を襲っていた盗賊どもくらいだけど。
だけどあの盗賊の誰かに娘がいて、その仇討ちに来たというのは、さすがにありえない。
だってあの盗賊たちに獣人はいなかった。全員が人間だった。この世界では魔族に当たる獣人はひとりもいなかった。
とはいえ、人間が獣人の娘を持つというのはありえないことじゃない。
俺だって、「レン」になる前は娘がいた。獣人ではなく、魔物であるウルフの娘がいた。だか、獣人の娘を持つ人間の父親がいてもおかしくはない。そしてその父親があの盗賊たちの中にいてもおかしくはなかった。
(完全な逆恨みだけどな)
そう、目の前の女性の「パパ」があの盗賊たちの中にいたとしてもおかしくはない。
だけど、その「パパ」を俺が殺したとしてもそれはただの逆恨みだ。
だって、あの盗賊たちだって人を殺している。コサージュ村の住人を何人も殺していた。俺個人としてはその人たちを殺されたことに対して思うことはない。
顔も名前も知らない相手が殺されたところで、どうして恨める?憎悪というものは、相手との関係性が深ければ深いほど、強く大きくなるものだ。逆に言えば、相手となんら関係性がなければ、憎悪を抱くことはない。とはいえ、なんも思わないわけじゃない。
痛ましい事件ではあったし、家族を殺された人からは、「どうしてもっと早く来てくれなかったんだ」と言われたこともあった。
俺たちは成り行き上、コサージュ村を助けはした。
だが、すべての人を守ることはできなかった。少なくない死者を出していた。でも俺たちが来たときにはすでに死者になっていた人たちだった。たしかにもう少し早ければ助けられたかもしれない。
だけど、それは机上の空論のようなものだ。実際に助けることはできなかったということに変わらない。その人も罵声を浴びせかけても意味はないということはわかっている。それでも思ってしまうんだろう。もっと早ければ、と。もっと早く来てくれれば死なずにすんだはずだったのに、と。
でもなにを言われても俺たちにはどうしようもないことだった。
だけど、俺たちに罵声を浴びせかけることで、少しでも気が晴れるならばと甘んじて罵声を浴びた。
それがかえってコサージュ村での俺たちの地位を磐石にすることになるとは考えてもいなかったわけだけども。
まぁ、それはいい。
いま大事なのは目の前の女性を、銀髪の狼の獣人をどうするかということ。
握りしめられた短剣はすでに目の前にまで迫っている。
だけど、その短剣で串刺しになるわけにはいかない。
(あまり使いたくはないのだけど、仕方がないか)
俺はまぶたをすっと細めた。そのとたん、俺は楔から、時間という楔から解き放たれた。
女性の動きが止まった。正確にはコマ送りのようにゆっくりと動いていた。
だが、動いてはいるけど、あまりにも遅い。対処可能どころか、うたた寝をしても問題はないほどには。
「レン、大丈夫か?」
「油断されすぎですよ、レン様」
遠くから仲間の声が、ルリとイリアの声が聞こえた。ふたりとも仮面で顔を隠しているからわかりづらいが、ルリは呆れて、イリアは心配しているようだった。イリアの腕の中には新しく娘となったベティがいるけど、ベティはこの世界ではまだまともに動けない。ただ意識はあるようだった。いまは涙目になって慌てた表情を浮かべている。解除した後に泣きつかれてしまうのが目に見えている。
ただそれはベティだけじゃない。ルリはしないだろうけど、イリアには泣きつかれるはず。それもベティが寝た後に。夜ふたりっきりでいるときに泣きつかれてしまうはずだ。
「……悪い。暴走した」
二人に向かって謝りながら、女性の体の下から抜け出す。ついでに女性の手から短剣を奪い取り、届かない位置に、すぐに取り戻せない場所にまで投げ捨てた。
これで少なくとも殺傷能力は奪い取れたので、急場は凌げたはず。
残す問題はこの女性は、カルディアを想わせるこの狼の獣人は何者なのかということ。
「誰なんだろう、この女は?」
「……殺しますか?」
「殺さなくていい」
イリアが物騒なことを言い出すけど、とりあえず却下しておく。下手に「好きにしろ」と言うと、イリアであれば確実に殺すだろうから。
(イリアはどうにも俺に対して過保護というか、俺に敵対する相手には容赦しないからなぁ)
イリアとは恋仲というわけじゃない。……していることは恋仲と言われても無理もないことだけど、恋人ではない。ただイリアが俺をどう想っているのかはわからない。少なくとも好意は寄せられているというのはわかる。でもその好意がどれほどのものなのかはわからなかった。それはいまも同じだけど、イリアが目の前の女性を殺したがっているということは明らかだった。
「とりあえず、話を聞かせてもらうか。しかしなんで覆面なんてしているんだ、この女は?」
そう、なぜか目の前の女性は顔の下半分を隠していた。
上半分は露出しているけど、前髪で隠れてうまく見えない。ただカルディアとわりと似ているようだけど、前髪で隠れていてよくわからない。
ただ前髪から覗く目はカルディアと同じ紅で、まるで宝石のように──。
「あれ?目の色が違う?」
──女性の目の色は両方とも紅だった。ただ紅ではあるけど、若干色が異なっていた。右目がやけに濃かった。左目は透き通るようなきれいな色をしているのに、右目はやけに濃い。まるで作り物みたいだ。
それになぜか左目だけ女性は涙を流していた。右目からは涙がない。左目だけが涙を流していた。
「義眼、かな?」
義眼というと涙が出ないというイメージがあるけど、実際は義眼でも涙は流れるそうだ。ただしそれは涙腺が無事であればの話で、涙腺が損傷していたら涙は流れない。
女性は左目からは涙を流している。ということは左目はもともとの目なんだろう。色合いが自然であるから間違いはないと思う。
「片方が義眼の女性ねぇ」
特に思い当たる相手はいない。加えて父親を殺したとなれば余計にだ。
(かといって義眼でなくても、隻眼だったとしても思い当たる相手なんて──)
いるわけがないと思いながら、女性の前髪を掻き上げた。何気ない行動だった。ちゃんと顔を見せてもらおうと思っただけだった。だからなんの考えもなしだった。考えなしに女性の顔をまじまじと眺めてようやく気づいた。その女性が誰なのかに気づいてしまった。
「……シリ、ウス?」
口から出たのは俺が喪ったはずの大切な愛娘の名前だった。
襲撃者がシリウスなのかはそのうちに。
次回も引き続きレン視点となります。




