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Act9-424 カレン・ズッキーを名乗る者

雪道をどうにか下ってコサージュ村にたどり着くと、村はとても静かでした。


「……なんだか静かですね」


てっきり村人たちが慌てているのかと思いましたが、いまのところ騒いでいる様子はありません。


むしろ平常通りです。井戸の近くで大きな声で笑い合う奥さんたちに、昼間からお酒を飲んでいたところを見つかってしまい、全力疾走で逃げ回るおじさんとニコニコと笑いながらもその後を追いかけるおばさん。皮の鞣す工房からは大人に混じって子供たちが汗水垂らしていたり、雪の中から保存食を掘り出している人がいたりと、目の前の光景はいつも通りのコサージュ村でした。


まるでディーネが言っていたようなことは、カレン・ズッキーが現れたのはなにかの間違いであるかのように、呑気なコサージュ村の光景が広がっていました。


「……ディーネ。本当にカレン・ズッキーは現れたのですか?」


「もちろんです!ただどういうわけか動かないんですけど」


「動かない?」


ディーネが言う意味がよくわからなかった。動かないというのは、どういう意味なのか。


レンさんたちも怪訝な様子でディーネを見やります。すると、ディーネはレンさんに熱い眼差しを向けました。


「はい!なぜかまったく、これぽっちも動く様子がありませんでした、レン様!」


きらきらと目を輝かせながら、レンさんにと突撃していくディーネ。私よりも年下であるはずなのに、私よりもだいぶ肉付きのいい体を、無駄に脂肪がついている部位をこれでもかと強調するようにしてレンさんに突撃していく姿に、なぜかイラッとはしますが、まぁ、いいでしょう。


ディーネはレンさんのファンクラブの会長ですし。レンさんにとお近づきになるためには、手段を選ぶ気はないのでしょうね。……普通はそういう会長ってもっとも理性的でないといけないと思うのですが、ディーネは一番暴走しているように思えます。


いまだって無駄なぜい肉の塊を強調するディーネに、レンさんは若干引いていますし。そのことに当のディーネはまるで気づいていないのが、なんとも哀れですね。


「……動かないということはどこかで立てこもっているとかか?」


「立てこもりというわけではありませんけど、動く気配がないですね」


「どこでだ?」


「ギルドの中です」


きっぱりとディーネが言い切りましたが、すぐには言葉の意味を理解することができませんでした。


「……すまんが、ディーネ殿。もう一度言ってもらえるかな?」


「私からお願いします。どうも耳の調子がおかしかったようなので」


ルリさんやイリアさんもディーネの言葉の意味を理解できていませんでした。それどころか、聞き間違いか耳の調子がおかしいと言われ出す始末です。まぁ、そういう私もちょっといまの内容は理解できないものでしたけどね。


「……ですよね。私も現実で見なかったから信じられませんし」


ディーネは苦笑いしながら肩を落としました。ディーネもやはり信じられないというのは同じなんでしょう。


けれどこの子は実際に見ているがゆえに、信じられなくても信じるしかないのでしょう。もしくは信じる信じない以前に、事実を言うしかない状況なのでしょうね。


「あの人はギルドの中で飲食スペースからまるで動こうとしません。何人かの冒険者さんたちが捕まえようとしていましたけど、全員返り討ちに遭っていました」


「……やっぱり状況が読めんな」


「そもそもどうしてカレン・ズッキーだとみんなわかったのですか?」


「本人がそう名乗ったんですよ。「私はカレン・ズッキーだ」と」


「自分から名乗ったの?」


「はい、先輩」


ディーネが頷きました。自分から名乗ったから、カレン・ズッキーだとわかった。


なるほど、たしかに本人が名乗った以上は真偽はともかくとして、カレン・ズッキーと言うしかありませんね。


「……ディーネ」


「は、はい。レン様!なんでしょうか?」


不意にレンさんがディーネに声を掛けました。憧れのレンさんに声を掛けられてディーネは舞い上がっていますね。


ちゃんと名前で呼ばれていますし。私のように白髪頭とか、変態女とか言われてないわけですから!そりゃあ嬉しいでしょうよ!


「そいつは自分のことを「私」と言ったのか?」


「は、はい!たしかに「私はカレン・ズッキーだ」と言っておりました!」


ディーネはレンさんに顔を近づけながら目をキラキラとさせています。レンさんはやはり若干うっとしそうですが、「そうか」と言って頷かれると、「……偽者だな」と言い切られました。


「うむ」


「間違いありませんね」


言い切られたのは、レンさんだけではなく、ルリさんとイリアさんも同じでした。


「ばぅ?おとーさん。なんでその人はにせものなの?」


ベティちゃんはお三方が偽物と断言した理由がわからないようです。もちろんそれは私やディーネも同じでした。


「なんで偽物だと?」


「カレン・ズッキーの一人称は、「私」じゃなく「俺」なんだよ。畏まるときは「私」と言うけど、普段は「俺」と呼んでいるのさ」


「ばぅ。おとーさんとおなじだね」


「そうだなぁ」


レンさんはベティちゃんの頭を撫でつつ笑っているようでした。ただ笑いつつもその目は穏やかというには程遠かった。


「まぁ、「カレン・ズッキー」と名乗る以上は捕まえないとな」


「はい、お願いします、レン様!あの「カレン・ズッキー」と名乗る銀髪の狼さんをどうにかしてください!」


ディーネが祈るようにしてレンさんを見つめました。「本当にあざといよなぁ」と思っていたら、レンさんの動きが止まりました。


「銀髪の狼?」


「え?あ、はい。「カレン・ズッキー」と名乗った人は銀髪の狼さんですが?」


「……女か?」


「え?あ、はい。女性ですね。ルリさんと同じで獣人さんかと思います」


「年齢は?」


「年齢は、お顔を半分隠されていましたので、詳しくはわからないですけど、少なくとも二十代という風には見えませんでしたね。もう少しお若いかなと」


「……十五、六歳くらいか?」


「え?いや、どうでしょう?わからないです」


ディーネを問い詰めるように、矢継ぎ早にレンさんは質問を投げ掛けていました。まるでその「カレン・ズッキー」が誰なのかを知っているかのようです。


「……行ってくる」


「待て、レン!」


「落ち着いてください、レン様!」


ルリさんとイリアさんが慌てる中、レンさんは駆け出しました。おふたりの声が聞こえていないかのように。


その後をルリさんとイリアさんも慌てて追いかけられました。


私とディーネは顔を見合わせましたが、結局皆さんの後を追いかけました。追いかけると言ってもギルドはすぐ近くなので追いかけてすぐにレンさんたちと合流しました。でもレンさんは私たちが見えていないかのようで、ギルドの扉を勢いよく潜り抜けると──。


「カルディア!」


──女性の名前を呼びました。その声に誰もが反応しました。その中にその人はいた。


月の光を髪にしたかのような美しい銀髪をなびかせた女性がいた。その人の下には返り討ちに遭った冒険者たちが小山になって重ねられていました。そのうえにその人は脚を組んでなにかしらの本を読んでいた。


でもレンさんが「カルディア」と呼んだことで、その人は本から顔を上げました。顔を上げましたが、お顔立ちはよくわからなかった。


なにせその人はディーネの言うように顔の下半分を覆面で隠していたのです。顔の上半分は露になっていますが、目に掛かりそうなほどに長い前髪でうっすらとしか顔が見えなかった。


でも前髪の間から覗く部分だけを見ると、かなりの美人さんのようでした。そのうえ、身長も高く、体つきも抜群という、私自身が思い描く理想の姿とでも言いますか。現実の私ではどうあっても敵いそうにありません。


「……やっと見つけた」


女性はぽつりと呟きました。その声も見目同様にとてもきれいでした。


なにからなにまでもがすべて美しい。芸術品のような人。その人を見てレンさんは体を震わせながら近づいていきます。


「カルディア」


露になった紅目を涙で濡らしながらレンさんはその女性にと近づいていく。


女性もどこか嬉しそうにレンさんを見つめていた。その光景に胸がなぜか痛んだ。


理解できない胸の痛みを感じながらも私にできるのは、ふたりのやり取りを見守ることだけだった。


「ようやく見つけた!」


不意に女性が叫ぶとレンさんを押し倒した。あったはずの距離は一瞬で埋まり、女性はレンさんを組伏すと真っ黒な短剣を片手に言いました。


「パパの仇!ようやく見つけたぞ!」


女性が叫ぶ。意味のわからない内容にレンさんは困惑していました。


でも女性は答えるつもりはないようで握った短剣を逆手に持ち代えると──。


「死ね、レン・アルカトラ!」


レンさんの喉元にとまっすぐに振り下ろした。


「れ、レンさん!」


振り下ろされた刃が赤く染まり、血の臭いが辺りに充満する中、私はレンさんの名を呼び続けたのでした。



第1部魔大陸編 第9章:悲しみの青空 完

これにて第9章及び第1部の本編は終了となります。

第2部は来春開始予定ですが、今年の更新はもう少しだ毛あります。

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