Act9-421 悲しいほどによく似た
土曜日更新ですが、できればもう一本あげたいです。できれば←汗
べティの寝息が聞こえる。
べティは心地よさそうに眠っていた。
(昔のシリウスを見ているみたいだな)
名前はカティだけど、雰囲気はシリウスによく似ている。種族はふたりと同じグレーウルフ。違うのは、ふたりよりもいくらかしっかりしているということ。ふたりよりもいくらかわがままだということも違いと言える。
でも、俺を父親として慕ってくれていることは三人とも同じだ。
「……また父親になるなんてな」
父親になろうなんて思ってはいなかった。
あの子たちを喪ったことを思い出してしまうから、父親になろうとは考えてもいなかった。
けれど、俺はまた父親になっている。娘としてベティを愛している。
そのことがひどく胸を痛ませている。
また娘を喪うんじゃないかと思うと、怖い。腕の中のぬくもりがなくなってしまうんじゃないかと考えるだけで怖い。怖くて仕方がない。
だけど、腕の中のぬくもりを感じるたびに、胸の奥が暖かくなる。
それはいま腕の中にいるベティがそうであるし、イリアと肌を重ねているときもそうだ。
「……父親にはなりたくありませんでしたか?」
後ろからイリアの声が聞こえた。イリアの言葉になんて言えばいいのか、わからなくなる。
「……できれば、ね。娘はシリウスとカティだけでもういいと思っていたから」
「では、ベティちゃんは」
「でもこの子に会って少し救われている。この子がいるから俺は、まだ人としてあれている。この子がいなくなったら、きっと俺はもう人ではなくなってしまう。……俺の目的としては人でいるのは単なる足枷にしかならないけど」
そう、俺の目的である「この世界の破壊」には、人としての感情は無用だ。ただの足枷にしかならない。
けれど、ベティがいてくれるから。この子が「おとーさん」と呼んでくれるから、俺はまだ人としてあれている。人のままでいられている。
だから喪いたくない。人のままでいるためにも。それ以上にもう娘を喪うのはごめんだ。
「……レン様にはふたつの選択肢がございます」
「いきなりなんだ?」
本当にいきなりだった。いきなりイリアが俺の目の前で人差し指と中指を立てた。あまりにも唐突すぎてイリアの言いたいことがわからなかった。けれどイリアは俺の困惑を無視して続けた。
「ひとつめ。いままで通りに力を蓄えられることです。いまのまま徐々に力を蓄えて、目的を成就させるために密やかに事を成し続けること」
「……ふたつめは?」
「本当の家族になること、です」
イリアが腕の力を強めた。イリアは腕を震わせている。吐息がほんのわずかに濡れている。なにを言おうとしているのかはなんとなく理解できていた。
「……イリアを妻としてルリとベティを娘として生きる、か?」
「……私は妻でなくていいです。それこそ愛妾であっても構いません。いや、愛妾でなくても、ただいつでも好きなように抱ける程度の女でも、都合のいい女という扱いであっても構いません」
「……なにを言っているんだよ」
「いまの私とレン様の関係について、です」
「それ、は」
言い返すことはできなかった。実際俺はイリアをそういう風に扱っている。言うなれば都合のいい女としてイリアをそばに置いている。
「……ごめん。嫌だった、よな。俺なんかに」
「そうではありません」
「え?」
都合のいい女として扱っていることに不満があるのだと思っていた。
けれどイリアは首を振った。そういうことじゃないと言っていた。イリアがなにを言っているのか、よくわからなかった。
「私は都合のいい女として、これからも主様の捌け口になります。主様の不満も悲しみも怒りもすべて私が受け止めます。だからいまを生きましょうということです」
「……いまを生きる」
「はい。いまを、いまあなたが生きているこの時間にすべてを捧げてください」
「……それは遠回しに」
「……過去を忘れてください、と言っております」
イリアの言動の意味がようやくわかった。都合のいい女のままでいい。苛立ちがあれば殴ってもいいし、犯してもいい。悲しければ膝を貸すし、胸を貸してもいい。不満があれば話を聞くし、ともに解決を目指してもいい。
俺が望む形にイリアはその常々で対応を変えて、俺に仕え、支えていく。だから過去を忘れろ、と。いまを生きろとイリアは言ってくれていた。
「……すぐに答えを出されなくても構いません。いつかお聞かせくださいませ、レン様。私はあなたがどのような選択をされてもずっとおそばに」
「……」
イリアの言葉は素直に嬉しかった。
どんな答えを出しても、イリアは、イリアだけはそばにいてくれる。
それが、その答えがとても嬉しかった。
「……ありがとう、イリア」
過去を忘れろ。それはイリアなりの最後通牒なんだろう。
過去を忘れて生きれば、きっと幸せになれるかもしれない。
でも俺はそんなものを求めてはいない。
だけど、イリアに言おうとは思わなかった。
「いつかは答えるよ」
「……はい」
それがいつになるのかはわからない。わからないけど、いつかは答えてあげたい。イリアの心地いいぬくもりに包まれながら俺はそれだけを考えていた。そこに──。
「レンさん!さっきのお話の続きです!」
──あの女が颯爽と現れた。髪は濡れっぱなし。服も半ば脱いでいるような状態で、そのインナーどころか下着すら露になったあの女、悲しいほどにカルディアによく似たアンジュが、やはりカルディアわ思わせる笑顔を浮かべて言ったんだ。




