Act9-409 問いかけと代償
(ふぅ、少しはマシになったか)
カレンの笑い声が聞こえてくる。
てっきり盛るかと思ったが、よくよく考えてみればありえるわけがなかった。
(カレンが抱くのは嫁だけだしのぅ)
カレンはそもそも女好きというわけではない。あれが好きなのは嫁であって、女であれば誰でもいいとというわけではなかった。
そのことは、カレンの言動を踏まえればすぐにわかることだった。
だというのに我と来たら──。
(アイリスをけしかけるのは、やりすぎだったのぅ。カティのために邪魔なライバルは減らしておこうと思ったのだがなぁ)
カティは命を懸けて我を生き延びさせた。だが、命を懸けたからと言って、死んだというわけではない。
「大回帰」を使うということは生命力のすべてを使い果たしたということ。
だが、まだ死んだと決まったわけではない。むしろあの程度でかわいい孫娘を、あの母神が見殺しにするとは思えない。
なにかしらの裏技を使って生存させていると考えるのが妥当だろう。
(確証がなにもないから、カレンには言えぬことではあるが)
この話をすればカレンは持ち直すかもしれぬ。だが、確証はなにもないのだ。そんなあやふやな話をして、ぬか喜びさせるのはさすがに申し訳ない。
だからこそこの話は誰にもしていない。
ただ可能性としては、かなり高いと我は思っている。確証がないからこそ、ただの可能性として終わってしまっているのだが。
『その辺りはどうなのだ?七の?』
実際のところは、母神本人に聞くしかない。だが、その手段はいまのところないのだ。
であれば、だ。母神に近しい存在から聞けばいい。ちょうどその近しいひとりが体の下にいたので、試しに聞いてみることにした。
『……なにを仰っているかわかりかねます』
『は、しらを吐くな。貴様がホエールではなく、七のが、リヴァイアサンが姿を変えているというのはわかっておる。いいからさっさと言え、姉上命令だ』
『……なんだよ、その命令は?ほかの姉上たちにも言われたことないのだけど』
『ふん。我も初めて言ったが、継嗣たちがそういうやりとりをしていたのを思い出したから言ってみた』
『……思い出したからって』
七のは呆れたようだった。
だが、どんなに呆れられようとも事実が事実なのだからどうしようもない。
『それでどうなのだ、七の?』
『……大姉上には申し訳ないけど、ボクから言えることはない。あの人はたしかに継嗣たちを孫娘として愛してはいる。だけど、それは目的があるからだよ』
『目的だと?』
『……いまでも十分に言い過ぎている。これ以上は言えない』
七のの声は真剣そのものだった。
これ以上は言えないというのは、実際にこれ以上は言えないということなのだろう。であれば、もうひとつ答えてほしいことがあった。
『……ひとつ聞かせよ』
『なにをだい?』
『それは「魔王」に関することか?』
七のが押し黙った。それが答えだと言っているようなものだった。
『……あの人が、いや、あの人たちがあなたを神獣にしなかった理由がよくわかったよ。大姉上、あなたは危険すぎる』
たっぷりと時間を掛けてから七のはそれだけを言った。
『我は従順ではないからな。従順になるつもりなど毛ほどもない』
『……羨ましいね。僕もそう言ってみたいものだよ』
『言えばよかろう。生み出してもらった感謝はすれど、我らがどうあるかは我らの自由であるのだ。意思を尊重はしても従順になる必要はない』
『……そう、だね。そうあれたらどんなにいいことか』
七のは静かにそう言った。その声は苦渋に満ち溢れたものだった。
『大姉上。あなたの質問に答えてあげた代わりに僕の言うことを聞いてもらうよ?』
だが、その苦渋の声はすぐにわからなくなった。七のはいかにも楽しげに笑っていた。それが作り物であるのか、それとも本心からのものであるのか。我には判断がつかなかった。
『なにをしろと?』
『簡単なことだよ。大姉上』
七のいまにも鼻歌を口ずさみそうなほどに、明るく「それ」を口にした。
今夜12時から更新祭りとなります。




