Act9-408 そのぬくもりに癒されて
真っ暗だった。
どれだけ目を凝らしても。
どれほどに正面を見つめても、その先には見えるのは暗い海だけ。
どれほど眺めてもその先に光は見えない。
(まるでいまの俺みたいだな)
眼前の光景はまるで俺の現状のようだった。
どれだけ進んでも目の前は、真っ暗な闇だけがある。
それでもその闇に向かって行かなくてはいけない。
それはまさにいまの俺と同じだった。
どれだけ望んでも、いまの俺には闇を払う力はない。その気力さえもない。
だけど、それでも前に進む以外に道はない。
(……どんなに足を止めたくても、進むしかない。進まないとなにもできない。嫌になるよ、本当にさ)
どれだけ頑張っても、俺はなにもできなかった。誰一人とて助けることはおろか守ることさえもできなかった。
その守れなかった嫁がいま腕の中にいる。
「……どうしたらいいのかな、プーレ」
声を掛けても意味がないことはわかっていた。
それでも声を掛けずにはいられなかった。
「……俺は弱いままだ。どんなに肩書きや存在の格が変わっても、俺は弱い俺のままだった」
ギルドマスターとなっても、半神半人となったところで、俺が弱いことには変わらなかった。
だからプーレたちを守れなかった。守ってあげることができなかった。
そんな自分がひどく情けない。
でもどんなに自分を責め立ててもなにも変わらない。
ダメな俺のまま。
そんな俺を俺は変えることができない。
(どうしたら変われるんだろう?)
この世界に来てから失うものが多すぎる。
ひとつでも当時から変わってさえいれば、こんな苦しみはなかったのかもしれない。
いまよりも強くあれたのかもしれない。
けれど俺はなにも変わらなかった。
だから守れなかった。
弱いままだったから、かえって守ってもらったんだ。
守りたい人たちに守ってもらってしまった。
(あぁ、情けない)
どれほどに自分を責め立てれば、この弱さは消えてくれるのだろうか。
どれほどに自分を痛め付ければ、変わることができるのだろうか。
その答えを教えてくれる人は誰もいない。
胸にぽっかりと空いた穴を埋めることはいまだできそうにはない。
いや、きっとこれからも埋めることはできない。
埋めるためには、必要なものがある。
竜王ラースと邪神スカイディアの命。あいつらをこの手で切り刻むまでは、決してこの穴は埋まることはない。
(……ごめんな、プーレ。俺はまた復讐の道を歩むよ。じゃないと、俺はもう前に進めそうにない)
竜王ラースと邪神スカイディアへの復讐。それが今後の俺の生きる理由となった。
でも生きる理由となっても、この空虚さはどうしようもない。この寒々しさから身を守る術はなにもなかった。
もう誰も俺を抱き締めてくれる人はいない。
この腕にぬくもりが、他人のぬくもりが宿ることはない。
それが無性に悲しかった。
でもどんなに悲しくても、その現実を変えることはできそうになくて──。
「し、失礼します!」
──現実を変えることはできないと思っていた。そんなときだった。不意に背中にぬくもりを感じた。振り向けばそこには顔を真っ赤にした、「もうどうとでもなれ!」と顔に書いているアイリスがいた。
「……えっと?」
「さ、寒いのでしばらくこのままでお願いします!」
「え、あ、はい。どうぞ?」
いきなりすぎて反応ができなかった。反応ができない俺に対してアイリスは顔を真っ赤にして俯いた。そんなアイリスの姿に俺は自然と笑っていた。アイリスは恥ずかしそうに俯くだけ。
でもそんなアイリスがどこか愛おしく感じられた。どうしてそう思うのかはわからない。
けれどいまは不器用な方法で慰めてくれるアイリスが、とても愛おしく思えた。
「ありがとう」
「……お気になさらずに」
アイリスは顔を俯せて言った。そんなアイリスを見て俺はまた笑った。笑うことでほんのわずかに心が軽くなっていく。
もう一度「ありがとう」とお礼を言いながら、俺はしばらくの間ひとり笑っていたんだ。




