Act9-406 「魔大陸」に別れを告げて
あー、間に合わなかった←汗
なんで今日はもう1話上げます!
色とりどりの弾幕が迫ってくる。
ひとつひとつの魔法すべてが致死級の一撃が迫ってくる。
迫り来る無数の魔法に対して俺は考えることもなく、防御魔法を張っていた。
「天の力よ。集いて、我らをあらゆるものから守る大いなる盾となれ」
防御魔法である「天盾」──俺が使える防御系の魔法で一番強力な魔法──をノータイムで使用していた。
以前使ったときは、黄金の薄い膜に覆われる形だった。でも今回は俺を中心にした黄金の半透明なドームの形になってアイリスやプーレ、フェンリルを守っていた。
その「天盾」にレアの魔法が牙を剥いて迫り、ぶつかった。
「天盾」が発動してほんの数秒くらいでレアの魔法とぶつかった。
反射的に発動しなければ、ミンチになっていたかもしれないと思うほどに、レアの弾幕は脅威だった。いや、執拗と言う方が正しいか。
そう、レアの魔法は執拗なほどに「天盾」に牙を突き立てていく。
まるでトタン屋根を突き破ろうとする霰のように。傘に降り注ぐ大雨のように。「天盾」を用いて聞いたことのない激しい音が半透明なドーム越しに聞こえてくる。
「ふふふ、さすがですね。初級の魔法とはいえ、私の魔法の弾幕をすべて防いでいるなんて」
靴音を立てて近づいてくるレア。
轟音が響く中、彼女の声と足音だけははっきりと聞き取ることができた。
「さすがは旦那様です。そう、なんの間違いか、私が愛してしまった人なだけありますねぇ」
笑っているけれど、その目には愛情はない。あるのはただの憎悪だけ。いや、愛情を超える憎悪がその目にはあった。
「……レア」
わかっていた。
もうわかっているんだ。
それでも胸の痛みだけは、この胸の痛みだけは慣れることがない。
物理的に心臓を潰されかけたということもあるのだろうけど、その傷はもう塞がっている。
でも精神的な痛みだけではなく、物理的な痛みさえ胸から感じられた。幻痛というものがあるけど、それはきっとこういうことなのかもしれないといまでは思えていた。
「さっさとくたばってくれればいいのに。そうやって生き汚いところがあなたの悪いところです。そういうところが嫌いです。……私と一緒に生きるつもりなんて最初からないくせに、そうやって私に希望だけを持たせて搾取しようとするその姿勢が大っ嫌いです」
にこにこと笑いながらレアはついに「天盾」に触れた。
「天盾」の内側にいる俺と外にいるレア。その距離はほんのわずかなもの。でもそのわずかな距離が途方もなく遠く感じられた。
手を伸ばせば「天盾」越しに触れることができるのに、その距離はひどく遠かった。
「……そんなに俺を殺したいのか?」
「ええ。殺したいです。八つ裂きにする程度では生ぬるい。その魂までをも引き裂いてあげたいですね」
ふふふ、と怪しく笑うレア。俺は「そうか」としか言えなかった。言うことができなかった。
「主様」
アイリスが悲しそうに俺を呼ぶ。大丈夫だとしか言えなかった。振り返って声を掛けたかったけど、それが悪手であることは想像に難くない。
「あらあら、そちらの愛娼様に顔を向けたら、この邪魔くさい膜を突き破って今度こそ心臓を抉り出そうとしたのに。本当にあなたは生き汚いですねぇ」
クスクスと笑うレア。そうなるだろうとはわかっていた。
わかっていたからこそ、目を背けなかった。
俺の「天盾」程度では、レアの攻撃をいつまでも防げるわけがなかった。
だからレアから目を離せなかった。目を離したときが死だと思った。
もう生きていたくないほどに傷ついたのに。それでもまだ生にしがみつこうとする。それはたしかに生き汚いと言われても仕方がないことだった。
「生き汚くても俺はまだ死ねない」
「なぜですか?いろんなものを失ったというのに、なぜまだ生きようとするのです?」
理解できないとレアの顔には書いてあった。
生きる理由はもうなかった。でもまだ死ねないということはわかっていた。いや死ぬわけにはいかない理由ができていた。
「俺はスカイディアを殺すまで生きる」
「……シリウスちゃんたちを殺されたからですか?」
「……復讐のために生きる、というのはもうする気はなかったけど、ね。でもいまはそれしか頭にないよ。だからまだ死ねない。死ぬわけにはいかないんだ」
シリウスたちの復讐のために俺はまだ死ねない。死ぬわけにはいかない。だから生き汚くても生きるしかないんだ。
「……あなたらしいですね」
ぽつりとレアが言う。そのときレアが浮かべたのは、愛憎に満ちたものではなく、たしかな愛情を感じられる笑顔だった。
「レア?」
その笑顔の変化に違和感を覚えるのと同時に、それは起きた。
「ボェェェェェ!」
大きな鳴き声とともに大きな波が起きた。その原因は、空中を舞う一頭のホエールによるものだった。
地球でいうブリーチング。すなわちザトウクジラ等のジャンプだった。
そのジャンプによって生じた波が俺たちの乗っていた船を襲った。
波はまるで自意識を持っているかのように、俺たちとレアを分断した。俺たちは波に呑まれ、レアは呑まれなかった。
波に呑まれた俺たちはそのまま海に引きずり込まれていく。
「天盾」を張っていたことにより、海水を飲むことはなかった。
「ちっ!」
レアが舌打ちをし、海に引きずり込まれていく俺たちに追撃をしようとした。
けれどそれよりも早くブリーチングを行っていたホエールの尾が海面を叩き、乗っていた船に再度波を押し寄せさせた。押し寄せる波によってレアは攻撃を中断させられることになった。
「レア!」
とっさにレアを呼び掛けるも、レアは返事をすることはなかった。
呼び掛けてすぐに俺たちは海に落ちた。「天盾」の効果は海中にいても通用するようで、海中に落ちても息をすることができた。
「お久しぶりです、神子様」
そこにブリーチングを行っていたホエールが現れた。口振りからしてルシフェニアの船から逃げたときに力を貸してくれたのと同一のホエールのようだった。
「いろいろとあったようですが、今回も力をお貸ししましょう。今回はどちらへ?」
「……「聖大陸」へ。できれば、安全な国に」
「承知いたしました」
ホエールは頷くと、俺たちを背中に乗せて深海へと向かって潜航していく。
深海へと潜航する中、頭上にはレアがいた船の船底が見えた。
「……さようなら、「魔大陸」」
レアにではなく、あえて「魔大陸」に、この世界に来てずっと過ごしてきた思い出深い土地へと別れを告げ、俺たちは「魔大陸」から離れたんだ。
そろそろ終わりですね←




