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Act9-404 血の再会

すっかりと遅くなりました。&昨日は、更新できず申し訳ありません。


「っぁ!」


したたかに背中を打った。


背中を打った際に、一瞬肺が潰れた。呼吸ひとつ分遅れて息が漏れた。


こひゅー、という独特の音を立てて、短く速い呼吸を繰り返していく。


視界に映るのは、群青の空。その空の色は、一番古い記憶にある、母さんと見た空の色に似ていた。


「……かあさん」


母さんのことを思い出すと、涙が出た。普段は流れることのない涙。でもいまは背中を打った痛みとこれまでの悲しみと苦しみが一気に表面化してしまったみたいだ。


「また、いなくなっちゃったよ」


また大切な人をひとり喪った。


プーレの次はククルさんになるなんて思ってもいなかった。


いや、これ以上喪うことになるなんて考えてもいなかった。


俺にはもう誰もいないと思っていたのに。


まさか世話になっていた人を喪うことになるなんて。


「どうして、俺だけなの?」


どうして、俺ばかり喪うのだろう?


どうして、俺ばかり傷つくんだろう?


どうして、俺ばかり苦しむんだろうか?


「どうしてなの、母さん」


どうして、俺ばかり悲しい目に遭うのか。なんで俺だけが苦しむのか。


「わからないよ、母さん」


俺だけなんて不公平だ。


俺以外にも苦しまないといけないはずだ。


なのになんで俺ばかり理不尽に奪われる?


俺はなにも欲張ったわけじゃない。


最初からいまみたいになろうとしていたわけじゃない。


なのになんで俺は喪うのだろう?


どうしていつも俺は奪われるんだろう?


理解できない。


俺以外にも奪われないとおかしい。


俺以外にも喪っていないとおかしい。


「そうだよ、なんで俺だけなんだ?」


意味がわからない。


不公平だ。


理不尽だ。


納得できない。


俺以外にも奪われて、喪わないといけない。そうじゃないと納得はできない。


『──、──!』


誰かの声が響く。


けどどうでもいい。


いまはこの沸き起こる感情だけがいい。いやそれでいいんだ。もともといらない。そのほかの気持ちも思い出も。なにもかもがいらない。そんなものがあるから苦しむんだ。

ならそんなものなんて必要ない。


持ってしまうから悲しみがある。苦しみがある。


でももとからなければ、悲しみも苦しみもない。


ただありのままでいられた。


「……そうだ。捨ててしまえば、きっと」


きっと楽になれる。楽になればこんな悲しみも苦しみからも解放されるはずで──。


「主様!」


アイリスの声が聞こえた。


群青の空の中、真っ白な髪ときれいな赤い瞳が俺を見つめていた。その腕の中には動かなくなったプーレがいた。


ふたりの後ろには無表情で続くフェンリルがいた。


ふたりはそれぞれに空中を舞い、俺のそばに降り立った。そのとたん視界が揺れた。


いや、視界ではなく俺自身が揺れていた。


「……あぁ、そっか。ここは」


いま俺がいるのが船の上であることに、甲板に横たわっていることを思い出した。そこに上からふたりが飛び降りてきたのだから、揺れるのも当然か。


ふたりが飛び降りてきたのと同時に、船の進行方向が変わった。


ちょうど俺たちがいるのは船尾の方らしく、船首は大海原へと向き始めていた。あの洞窟のある海岸線からゆっくりと船は離れていく。


「想定とは違うが、「魔大陸」から離れていくようだな」


フェンリルが静かに言った。


海岸線に向かっていた船が、大海原へ、「聖大陸」へと向けて舵を切られた。


いまのところ乗組員は見当たらないけど、ククルさんが用意したということは、ギルドの職員さんとかだろう。


恐らく人数はそういないはず。


多くの職員を乗せたら、ギルドの仕事が崩壊することになるし、人数が多くなるとひそかに船を動かすということ自体が難しくなる。


となると自然と人数は絞られる。


ククルさんなりの配慮なんだろう。


でもそのククルさんは──。


「……ありがとうございました、ククルさん」


──せめて最後にお礼を言いたかった。まぶたを閉じてお礼を口にした。


「ふふふ、ククルは死にましたか。まぁ、私に内緒でこんな大それたことを仕出かす不届き者ですからねぇ。当然の報いですよね?」


お礼を口にするのと、その声が聞こえたのは、ほとんど同時だった。


わずかにお礼の方が早かった。


でもそのことに意味はない。


いや、そもそもククルさんの配慮はなんの意味もなさなくなっていた。


「おはようございます、大っ嫌いな旦那様」


声の聞こえた方からは、船首の方からは血塗れになった、返り血を浴びたレアが歩いて生きていた。

闇墜ちしかけた香恋でした。

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