Act9-400 人の波
目の前に現れたのは、ククルさんだった。
ククルさんは笑っていた。とても冷たい目をしながら笑っていた。
「ククルさん、いまなんて?」
ククルさんの言った言葉の意味をうまく理解できなかった。
だからいまなんて言ったのかを尋ねた。ククルさんは表情を変えることなく言った。
「犯罪者と言いました。なにか間違っていましたか、カレン・ズッキー」
「俺が犯罪者?」
ククルさんを見やるも、ククルさんは黙ってしまった。それ以上話すことはないということなのだろう。 でもククルさんにはなくても、俺にはある。
「……やっぱり国家転覆罪になりましたか」
わかっていたことではあった。
俺は竜王と敵対した。その裏にいるスカイディアとも敵対している。
スカイディアが無事なのかはわからないけど、少なくとも竜王は無事でいる。そしてあの男はその気になれば、俺を犯罪者に仕立てあげることくらいは瞬く間に行えるだろう。
「魔大陸」全土は無理でも、少なくともギルドに犯罪者として流布することは可能だ。
(そうか、俺はこれからうちのギルドの冒険者たちにも追われることになるのか)
考えていなかったとは言わない。国家転覆罪となれば、そうなる可能性はあった。
(……なら、いまここで捕まるのもありかな。うちのギルドの冒険者に捕まえさせるのはしのびない)
いくら仕事とはいえ、元ギルドマスターを捕まえさせるのはしのびない。であれば、少しだけど、世話になったここの冒険者たちに捕まった方がまだ気分的には楽だった。
シリウスたちには悪いけど、もう俺には抵抗する気力はない。好きにすればいい。そう思っていた。……続く言葉を聞くまでは。
「国家転覆罪?たしかにそれもありますが、あなたの罪状の主なものは、殺人罪と騒乱罪によるものですよ?」
「殺人罪と騒乱罪?」
言われた意味をすぐには理解できなかった。
たしかに俺は人を殺したことはある。
でもそれは言っちゃなんだが、冒険者ならば誰だっていつかはすることだ。冒険者なんて仕事をしていたら、手を染めずに生きていけるわけがない。
だから殺人罪なんていまさらではある。
加えて騒乱罪って、どういうことだろうか?たしか違法集団による事件がその罪に該当するけど、少なくとも俺はそんな違法集団を作った覚えはない。
「まず殺人罪ですが、とりわけ大きいのは、「獅子の王国」の伯爵家の令嬢の殺害ですか」
「「獅子の王国」の伯爵家」
「ええ。「蒼炎の護り人」と言われた「アルスベリア家」の令嬢であらせられたカルディア・フォン・アルスベリア様の殺害。これにより「獅子の王国」は神獣ガルーダ様からのご不興を買い、加護を失いました。次に「風」のドラゴンロードの妹君を殺害し、「風」の古竜様及び「風」の竜族の怒りを買いました。これにより竜族からの信頼を我々人族ないし魔族は失いました。そしていまも「聖大陸
」の王族。まぁ、傍流となるようですが、そのひとりの殺害。この時点で立派な犯罪者です。それもとびっきり凶悪なね」
ククルさんの言った意味がわからなかった。なにが言いたいのかも理解できない。
理解できないまま、ククルさんは次々に罪状を挙げていく。
「次に騒乱罪ですが、冒険者ギルドという体の、私的な違法集団を設立し、「竜の王国」内での国民への恐喝ないし暴力行為を蔓延させました。まぁ、こちらに関しては、違法集団の拠点とそれに与した「ドルーサ商会」、その構成員ごと灰塵と帰しましたがね」
「……灰塵?」
「「狼王」デウス様の手により、それぞれの拠点は文字通り消滅したということですよ」
「しょう、めつ」
言われた意味はわかるのに、それを理解できない。理解できないまま、ククルさんは続けていく。
「そして国家転覆罪に至っては、あなたの名が旗印となって「魔大陸」の各国に暴徒が押し寄せています。まぁ、これに関しては確証がありませんので、各国ともに重大視してはおりませんが、先の二つだけでもあなたを凶悪犯罪者として指名手配するには十分です。よってあなたをSランク指名手配犯として、冒険者ギルドでは承認しました」
「Sランク、犯罪者」
「そしてこれより凶悪犯罪者の捕縛を始めます。総員戦闘準備」
ククルさんが腕を上げた。冒険者たちはそれに合わせてそれぞれの得物を掲げたり、詠唱を始めたりと戦闘の準備を取っていた。
「Sランク指名手配犯は、生死問わず。ゆえに手加減はありません。では、総員かかれ!」
ククルさんの合図とともに、俺たちに向かって人の波が、殺意のこもった人の波が押し寄せた。押し寄せる波を俺は呆然と眺めていた。




