Act9-398 がらんどう
昨日は更新できず、今日は更新が遅くなり、申し訳ないです←
今回はアイリス視点となります
真っ暗な道だった。
掌に乗せた「光球」で道を照らしつつ進むも、すぐに行き止まりになった。
「……ここにもいないですね」
すぐそばにいる幼女に声を掛けると、彼女は腕を組んで頷いていた。
「ふむ。ここも外れだったか。近くにいるのはわかるのだがな」
幼女こと、フェンリル様がため息を吐かれていた。昨日の夜、目を覚ましてからずっとフェンリル様はふたりを、主様とプーレさんを探していた。
けど、ふたりを見つけることはできていない。
私たちが目を覚ましたのは、「エンヴィー」の郊外にあるあばら家だった。
どうしてそんな場所に出たのかはわからなかったけど、情報を集めるには十分だった。
フェンリル様は情報を手に入れられると、すぐに「エンヴィー」の街を後にして、主様たちの捜索を始めようとされていた。
「感覚的にそこまで大きく離れてはおらぬと思う。それとかすかにだが、カレンの匂いがする。そう遠く離れているわけではないようだ」
フェンリル様が言うには近くにいるとのことだけど「エンヴィー」を出たときには、すでに夜になっていた。
門番である兵士にも夜に出歩くのは、と言われていたけど、急ぎの用事があると押しきって「エンヴィー」の街を後にした。
でも街を出ても夜ではかえって捜索が困難だったこともあり、目星をつけた海岸近くで朝になるまで待つことにした。
フェンリル様はすぐにでも捜索を始めたそうにされていたけど、状況的に考えて夜の捜索は危険だった。
朝まで待ちましょうと提案し、フェンリル様はすぐにでも渋々と頷かれた。
でも夜の間、フェンリル様は寝られなかった。朝日が昇るのをフェンリル様は腕を組んで待っておられた。
そうして日の出すぐに探索を始めたのだけど、いまだに主様たちを見つけることはできていない。
「本当にこのあたりの海岸にいるのですか?」
いましがた探索した洞窟を出ながら、フェンリル様に尋ねると、フェンリル様は鼻を鳴らして頷かれた。
「我の鼻によれば、近いはずだ」
「……さきほどからそう言われておりますが、まだなんの手がかりもないのですが?」
「む」
フェンリル様は苦虫を潰したようなしかめ面になった。
フェンリル様自身、焦ってはおられるのでしょう。
でもどんなに焦っても手がかりひとつない状況だった。
「とりあえず、地道に探しましょう。「彼ら」もすぐには動かないでしょうし、ここにいるとも思っていないでしょうから」
「……そうだな。まったく忌々しいことだが」
舌打ちをしながらフェンリル様は、海岸線を歩き始める。その後を私は追う形で進んでいく。
「エンヴィー」からは数キロ近くは離れている。でもわずかな距離でしかない。重装備をしても一時間もあれば、たどり着ける距離だった。
「そろそろ出発する頃でしょうか?」
「……おそらくはな。まぁ、この辺りにいると掴んではおらんだろうから、もうしばらくは猶予はあるだろう。多くあるわけではないがな」
「ですね」
「エンヴィー」で手に入れた情報は、耳を疑うものだった。
でも同時にありえなくはないものでもあった。
だからこそフェンリル様は焦られているわけなのだけど。
「しかし、この海岸は匂いが混ざりすぎだ。鼻がうまく機能しておらん」
「匂いが混ざりすぎ?」
「うむ。どうにもいろんな匂いがしてな。中には刺激臭のようなものもあって、あまり嗅ぎすぎると鼻がおかしくなりそうだ。いや、もうおかしくなっているのかもしれぬ」
「……先手を打たれていたと?」
「そうであってほしくはないがな」
フェンリル様はまたため息を吐かれた。ご自慢の鼻が利かない状況では、仕方がないのだろうけど。
「……本当にどこなんでしょうね?」
「さて、な。できれば「彼奴等」よりも早く見つけたいが」
フェンリル様の目が細められた。「彼ら」に見つけられるよりも早く私たちが主様を見つけなければならない。
ただ主様たちを見つけるのは並大抵のことではない。ため息を吐くのも無理もない。
(だからと言って諦めるつもりはないけど)
主様とプーレさん。ふたりを見つけて、早くここから去らないといけない。具体的にどこへ向かうかは決まっていないけど、少なくとも「エンヴィー」、いや、「蛇の王国」からは離れるべきだった。
「ふたりを見つけたら、どこへ向かわれますか?」
「……いっそのこと、「聖大陸」に向かうのも悪くはないな」
「「聖大陸」ですか?」
「あぁ、少なくとも「魔大陸」にいるのは危険だ。であれば、どうにかして「聖大陸」に向かえばいい」
「なるほど」
言われるまで考えてもいなかったが、「魔大陸」のすべての国に主様は行かれていて、知人もそれなりにいる。
仮に名を変え、姿を変えたとしても「魔大陸」にては、いずれ感付かれることもある。
であれば、新天地へ向かうのも悪いことではないし、「魔大陸」に留まるよりかは安全でしょう。
「……問題はどうやって「聖大陸」に渡るかですね」
「うむ。動かし方も航海の方法もわからぬから船は除外だ。なによりも船では足がつきすぎる」
「……そうですね。船では遅すぎます」
「聖大陸」まで船であれば、一ヶ月はかかる。一ヶ月もあれば、「聖大陸」側にも連絡が行き届いてしまう。
無事に「聖大陸」にたどり着いても、囚われの身になってしまったら、なんの意味もない。
「……目立っていいのであれば、我が本来の姿でみなを乗せて海を渡るという方法もあるが、やるのであれば夜まで待たねばならぬ」
「……それまで隠れ続けなければならないですが、最速はそれですかね」
いまがまだ夜であれば、主様たちを見つけてすぐに出発はできた。フェンリル様の体毛は真っ黒だったから、保護色となってさほど目立ちはしない。
もし「聖大陸」に着く頃には夜は明けていたとしても、身を隠す方法がないわけじゃなかった。
でもいまはすでに日が昇っている。まだ早朝ではあるけど、いまから出発するには遅すぎた。
「うむ。昨日の晩に見つけられていたらよかったのだが」
「……申し訳ありません」
「いや、そなたのせいではない。そなたの言うことももっともだった。いくらなんでも夜の捜索は危険であるし、やはり目立ってしまう。迂遠になるやもしれぬが、いまは確実性を優先するべきだろう」
「そう、ですね」
たしかに現状においては、確実性を優先するべきだった。一か八かの賭けをするには早すぎる。
「まぁ、それもすべてはカレンたちを──」
フェンリル様がため息混じりに腕を組まれた、そのとき。
「──見つけたぞ」
フェンリル様が鼻をいままでになく鳴らされると、即座に駆け出された。その後を慌てて追う。
フェンリル様は海岸線の奥へと向かわれていく。その足取りはだいぶ速い。追いかけるのがやっとだった。
そうしてフェンリル様の後を追いかけていくと、海岸の端にある洞窟が見えた。そしてその洞窟の前に人影があった。
「主様!」
気づけば叫んでいた。そうして叫ぶとその人影は顔をこちらに向けた。その姿は見間違えようもなく主様本人だった。
でも──。
「主、様?」
顔を向けた主様は、私を見やるその姿は私の知っている主様とは似ても似つかないほどに正気のない顔をしていた。
がらんどうになった黒と紅の瞳を主様は私たちにと向けていた。




