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Act9-391 大好きなおばあちゃん

あぁ、本当に。本当に面倒な女だ。


(我らの邪魔をしよって!)


スカイディアは本当に邪魔ばかりをする。カティがどんな想いで母に心臓を潰されたと思っている?


たとえ自分がいなくなってもカレンを、最愛の父を助けようとしていた。そんなあの子の想いをあの女はどれほど踏みにじれば気がすむのだ?


「ふざけるなよ、貴様っ!」


怒りで目の前が真っ赤に染まった。怒りのままに駆け出し、あの女の元へと向かった。駆け出しながら脳裏をよぎるのは、カティの最後の「お願い」だった。


『おばあちゃん、ごめんね』


カティは心臓を潰されてすぐに謝っていた。当初は我を巻き込んだことを謝っているのだろうと思った。だから『気にするな』と言った。


『元より体など死滅しておる。まぁ、そのときは肉体の死であったがな。精神の死はこれが初めてであるが、小生意気な孫娘とともにであれば悪くはなかろうて』


元の我の体など死滅しているのだ。いまさらもう一度死ぬことになってもそれほど怖くはない。……そう、いまさらだった。いまさらだったのだ。数えきれないほどの命を奪ってきた。


その我がもう一度死ぬことになったとしても自業自得だった。


いまさら死ぬことを怖がるなど、いままで殺してきた者たちへの冒涜だ。


数えきれないほどの命を奪ってきたのだ。であれば、その終わりは堂々と死ぬことこそがふさわしい。


奪ってきた命たちに誇れるように、おまえたちの命は決して無駄ではなかったと言えるようにあるべきだった。


だからこそ死を怖がることはしない。小生意気ではあるが、かわいい孫娘とともに死ぬのだ。悪くはない。そう思っていた。


『ううん。一緒じゃないよ』


だが、カティが言ったのは我の予定とは違っていた。一瞬だけ面を食らった気分になったが理解できた。


『……我の命を喰らうか。まぁ、それもよかろう。そなたの礎になるのも悪くはない』


心臓を潰された。


普通なら死ぬ。


だが、「大回帰」を使えば、潰された心臓といえど、元通りになる。そしてお誂えむきにカティの中には体はないが、我という命がある。「大回帰」を用いるために必要な命がある。


その命が我となる。以前であれば、受け入れられなかった。


だがいまなら自然と受け入れられた。我自身の終わりを。孫娘のために、愛おしい孫娘のためにこの命を燃やしつくすことに躊躇いはなかった。


だから受け入れた。受け入れてしまった。あの子が言った「ごめんね」がどんな意味なのかを理解していなかった。だからこそそれは起きた。


『おばあちゃんは、おバカさんだよね』


『……は?』


なぜか罵倒されてしまった。


カティのために死のうとしていたのに、なぜか罵倒されたのだ。


思いもしなかった一言に我は止まった。だが、それを待っていたかのように、カティは畳み掛けてきた。


『おばあちゃんを死なせるわけにはいかないもの。なのに自分が死ぬことを前提にしているのだから、そんなおばあちゃんはおバカさんでしょう?』


『だ、だが、それ以外にだな!』


『あるじゃんか。使える命がもうひとつ』


カティは笑っていた。その笑い声に嫌な予感がした。だが、まさかとは思っていた。そんなことあるわけがないと思っていた。


しかしカティは止まらなかった。あの子の覚悟がどれほどのものであるのかを、いや、あの子の覚悟を我は甘く見ていたのだ。


『──海よ、大地よ、そして空よ』


だから、それは我の誤りだったのだ。


『カティ!?なにを、なにをしている!?』


突然聞こえてきたのは、聞こえてきたのは「理」だった。

命という代償を以て歌える奇跡。その「理」のはじまり。我が歌おうと思っていた「大回帰」の詠唱だった。


『我は紡ぐ。我は祈る。我は癒す。たとえこの命を燃やし尽くそうとも、たとえこの命が一度の輝きとなろうとも、たとえこの身が滅び去ることになろうとも』


『やめよ!なぜおまえが歌うのだ!?この体はおまえのものだ!おまえが、おまえの本当の両親から授かった、おまえと本当の両親を繋ぐ唯一のものであろう!それをなぜ我に!』


『我は紡ごう。我は祈ろう。我は癒そう。我が愛おしき者、その命を我は救わん』


『ええい、答えよ!答えぬか、このたわけ者が!』


カティの詠唱が続く中、我はみっともなく叫ぶことしかできなかった。


だが、カティは聞いてくれなかった。聞かぬまま、最後の詠唱をしてしまった。


『大いなる海神よ、この言の葉を、この祈りを、この想いを聞け』


詠唱は終わった。


すでに取り返しはつかない。


あとはその名を告げれば、「大回帰」はなる。


『……カティ。なぜだ?なぜ我なのだ?我は、我はおまえのためなら構わなかった!おまえの明日が続くのであれば、それで構わなかった!無駄に生き続けてきた日々をおまえのために燃やし尽くすのを厭うことはしなかった!なのに、なのになぜ?なぜおまえは死のうとしているのだ?死ぬのは、死ぬべきなのはおまえではない!誰からも愛されるおまえではない!死ぬべきなのは、最悪の化け物と、血に狂い、肉に飢える化け物である我であって──』


『……大好きだから』


『え?』


カティの答えに声が震えた。


怒り狂っていたように、喚いていたはずの我の声は自然と震えていた。


『おばあちゃんは化け物じゃないの。優しくて暖かくて、でも寂しがりの泣き虫さんな私の大好きなおばあちゃんだもん』


『違う。我は、我は最初おまえの体を奪おうとしていた!優しくどない!我は血に狂った──』


『化け物じゃないよ。おばあちゃんは泣いているもの。化け物なら泣かない。悲しんで泣いてくれるおばあちゃんは、化け物じゃない』


『違う。そんなことない!我は、我は死んで当然の化け物で──』


『なら生きて』


すがるようにして、カティに生きてほしくて、あの子の言葉を否定する。けれど、あの子の心を動かすことは叶わなかった。


逆に我に生きろと言った。


化け物でしかない我を、カティに会うまでは愛を知らずに生きた化け物を、あの子は「生きて」と言った。


『私は大好きなおばあちゃんに生きてほしいの。そして大好きなパパとシリウスお姉ちゃんたちを守ってあげてほしい。私じゃそれができないの。でもおばあちゃんならできる。だから私の分まで生きてほしい。だから生きておばあちゃん。ううん、生きてください。「壱の座の獣」フェンリル様。私はフェンリル様の中で生き続けます。……私を愛してくれるのであれば、この願いを、最後の願いを聞き届けてくださいませ』


『……たわけ。なんでこんなときに言えるのだ?最初会ったときには言えなかったというのに。あのときは敬語なんてできなかったのに、なんでいまになってっ!』


『……あなたのおかげで成長したからです。これはそのご恩返しです。どうか受け取ってください。パパとお姉ちゃんたちをお守りください。そしてどうかお健やかに』


『待て。待つのだ。待っておくれ、カティ!』


『究極治療魔法「大回帰」──』


『カティ!』


『──発動』


『カティぃぃぃぃぃーっ!』


「大回帰」はカティの一声とともになった。そして久しく感じられなかった体のぬくもりがあった。カティの命を使ってカティの潰れた心臓が甦っていくのを理解していた。


『あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁーっ!』


叫んだ。叫ぶことしかできなかった。


叫んだところでどうしようもないというのに。我は叫ぶことしかできなかった。


『……さようなら、大好きなヘン様』


そんなとき聞こえたのは、カティの声だった。たった一言。だが、その一言が我を奮い立たせた。


『……あぁ。あぁ、約束しよう。我が必ず守ると。おまえの大好きな者たちを我が守る、と!だから、だからゆっくりと休め、カティ』


胸をそっと押さえて誓いを立てた。あの子の最後のお願いを聞き届けるという誓いを。そして最後に──。


『……言う機会がなかった。だからいま言おう。我も、おばあちゃんもおまえが大好きだよ、カティ』


──いままでろくに口にしなかったカティへの想いを告げた。その際、『おばあちゃんって本当に素直じゃないんだから』と笑うあの子の声が聞こえた気がした。


『……人のことをとやかく言えるタマか、たわけ者が』


聞き間違いだったかもしれない。それこそあの子を喪ったがゆえに聞こえた幻聴かもしれぬ。だが、それでもいい。あの子は我とともにある。


だからこそその想いに我は応えるのみ。それが我のすべきこと。そしてこれは──。


「我の、我らの邪魔をするな!忌まわしき邪神よ!」


カレンに迫る邪神へと我は向かった。あの子の命を使い、あの子の体を使って我はあの忌まわしき邪神にと襲いかかった。

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