Act9-389 パパは生きて
遅れました。
カティ視点となります。
(むぅ。なんてこったい)
前方には怒り狂う、沸点低すぎ女ことスカイディアがいる。プーレママを殺せなかったことがそんなにも腹正しいようだ。
(これだから年増は)
自分のやりたいようにやれなかった程度で怒り出すのだから、完全に老害としか言いようがない。そんな老害の相手なんてしていられるわけもない。
なにせ後方にはパパを殺しに掛かっているレアママがいるのだから。
レアママは言動が狂っていた。
ヒステリックとはちょっと違う。
どちらかというと、暴走しているように感じられた。
そしてその矛先はパパに向けられて、結果パパの胸をレアママは後ろから貫いていた。
私の位置からだと本当に胸を貫いているのかはわからない。
でもパパがまともに受け答えができなくなったことを踏まえると、パパの胸を貫通させたことは明らかで、そしてレアママがそれだけで終わらせるとは思えない。
レアママの次の手は、パパの胸を抉って心臓を握り潰すとかだと思う。むしろあの状況から胸を貫いたままで終わらすというのは、どうにもレアママらしくない。
レアママは苛烈な攻撃を仕掛ける人だから、次の攻撃は自然とより苛烈になる。となれば、胸を貫いた次は、胸を抉って心臓を握り潰すということくらいは、あの人ならしそうだった。
そんな前方にも後方にもどうしようもない状況になっている現状は、誰がどう見ても詰みに近い。というか半ば詰んでいた。
スカイディアを優先したら、パパが死ぬ。かと言ってパパを優先したらスカイディアに殺されるのは目に見えていた。
どう転んでも誰かが死ぬことは明らか。
でも逆に言えば、一人の死で現状を乗りきれる可能性は高い。
だけど、パパが死ぬなんてことはダメ。絶対にダメだし、嫌だ。
だけど、スカイディアは放っておけない。パパを見捨てることもできない。
悩ましい状況だった。
でも悩んでいる暇はない。暇になるような余裕なんてあるわけがない。そんな時間が与えられるわけがない。するべきことは即断即決。たとえどんな内容であろうと、迅速に行動するしかなかった。
(……覚悟を決めて動くしかないか)
正直悩む。
方法じゃない。
乗り切る方法はある。
あるけど、絶対に怒られることだった。だからためらいがあるし、もっと違う方法もあるんじゃないかと思える。
でもいまはその悩む時間さえもない。
なら私にできるのは後先考えず、いや、どういう結果になろうと、信じた道を突き進むだけだ。
(おばあちゃん、できるよね?)
『……止めたいところだが、どうせおまえは聞かないのだろう?』
信じた道を突き進む。言葉にすればそれだけのこと。でも本当にできるのかはわからなかった。
だから尋ねた。いまからやろうとしていることは本当にできるのかを、おばあちゃんに尋ねた。おばあちゃんができるというのであれば、憂いはない。ただ、パパたちには怒られてしまうんだろうなと思った。
もうこれ以上パパを傷つけたくないのに、また傷つけてしまうんだろうなと思った。
でも、それでも私は──。
(……大好きだもん。私はパパが大好きだもん。だからパパが殺されるなんて嫌だもの。なら私は)
『……よい。言わずともよい。おまえとはほんの数ヶ月だが、ずっと一緒にいたのだ。おまえのことは誰よりも理解しておる。だからもう止められん。そして言ってほしいこともわかっている』
(……なら、合図をちょうだい)
『……おまえなら、いや、我らであればできる。ゆえにやろう、カティ!』
おばあちゃんからのGoサインが出た。本当におばあちゃんは優しい。でもちょっとだけおバカさんだ。おばあちゃんはきっと私に付き合うつもりなのだろうけど、そんなことはさせない。
(犠牲は私だけで十分だから)
後で怒られる中には、パパたちの中にはおばあちゃんも含まれている。
私とおばあちゃんだからできる荒業。……おばあちゃんにはきっと怒られてしまうんだろうけど、それでも私はもう決めていた。
「わふぅぅぅ!」
私は私のすべてを懸けてパパを助ける。そしておばあちゃんには私の代わりにパパを支えてもらうんだ。相談もなしに決めてしまったことは絶対に怒られる。
だけどもうこうするしかない。私は「刻の世界」をまず発動させた。世界の色がセピア色に染まっていく。世界の移り変わりを眺めながら、次の手を打った。
「指定対象私と狼王。「相転移」!」
「刻」属性の魔法「相転移」──指定した対象に移動する魔法「転移」の上位互換の魔法で指定した対象同士を相互に移動させる魔法。簡単に言えば場所を入れ替える魔法だった。
その魔法をまず狼王に対して使い、場所を入れ替える。狼王はいきなりのことで驚いた顔をしていた。……狼王も「刻の世界」で動けるのは予想外だった。
でも私は止まらない。
次に指定するのは決まっている。狼王を遠ざけるためだけの「相転移」じゃない。こうすれば纏まれるからだ。だから次の手はおのずと決まっている。そう次にするのは──。
「……指定対象私とパパ。「相転移」」
──パパとの「相転移」だ。
「相転移」は対象同士を相互に移動させる魔法。同時に指定した対象に起こっていることもそのまま転移させる。
たとえば斬られている真っ最中なら、移動した対象も斬られる。
ご飯を食べているのであれば、移動した対象もまた同じご飯を食べる。
そして対象が胸を抉られ、心臓を握り潰されていようとしているのであれば、移動した対象もまた同じく胸を抉られ、心臓を握り潰される。現状で言えば──。
「か、カティ!」
シリウスお姉ちゃんの叫び声。それとともに私は血を吐き出した。
「カティちゃん?」
腕の中のプーレママが恐る恐ると声をあげた。見えていないはずなのに、しっかりと私を見つめてくれている。
「……なぜ?」
パパから私に入れ替わったことを信じられない様子で見つめるレアママ。
「ごめんね、パパは殺させないの」
目を見開くレアママに向かって笑い掛ける。レアママは目尻から大粒の涙をこぼしていた。とても申しわけない気分になった。でもこれは仕方がないことだった。
「カティ、なんで?」
そして最後にパパが声を掛けてくれた。パパは泣いていた。泣きながら私の名前を呼んでくれる。そんなパパに私はできるかぎりの、とびっきりの笑顔を浮かべて言った。
「……パパ、大好きだよ。だからパパは生きてね」
私が口にした一言にパパは顔をひきつらせて、「カティ」と叫んだ。その声と同時に破裂する音が聞こえた。体の中から破裂する、終わりの音を私は聞いていた。
続きは21時前後となります




