Act9-382 さようなら、「まま上」
本日4話目です。
でもって、注意回です。
あぁ、胸が痛い。
貫かれているということもあるけど。物理的な痛みもあるけど、それ以上に心が痛い。
涙が止まらない。
(あぁ、やっぱり私は泣き虫のままなんだ)
どれだけ大きくなっても。どれほどまでに力をつけても。
私という本質は一切変わらない。
泣き虫で、甘えん坊な私のままだ。
だからこそ成さねばならないことがある。
しなければならないことがある。
目の前には呆然とした「まま上」がいた。本当の本当に昔は大好きだった。
パパたちの感覚で言えば、まだ一年も経っていない。
でも私の感覚で言えば、もう数百年も前のことだった。
そう、数百年前、まだ純粋な子供のままでいられた頃。
あの頃、たしかに私は「まま上」が大好きだった。
優しくて温かいこの人が大好きだったんだ。
でもその優しい「まま上」が、ノゾミママを殺そうとした。その姿を見てから、私の中での優しい「まま上」というのは、幻想のようなものだったんだと思うようになった。
長い修行を経てからは、この人が陰ながらにしてきたことを知った。
その事実は私の中の「まま上」は偶像だということをより一層知らしめてくれた。
そういう意味では、この人は私を大人にしてくれた。
理想と現実に乖離があることを教えてくれたのだから。そのとこには素直に感謝できた。その一方で私が大好きだった「まま上」は、本当はどこにもいないんだなというのがよくわかった。
(この人は「まま上」だ。でも「まま上」だけど、「まま上」ではないんだ)
「まま上」だけど、「まま上」ではない。
その事実は私の胸をこれでもかと痛ませてくれる。
でもそれが事実であり、現実だった。その現実から逃れることはできない。
いや、逃げたらいけないんだ。
私はシリウス。パパとママたちの娘。そしてかつては「まま上」が大好きな一頭のウルフだった。
そう、だからこそ。だからこそ私はなさなければならないんだ。大好きな「まま上」を。この人を私がとめなきゃいけない。
これ以上見たくないから。
この人が罪を重ねることも。その過程でほかの誰かが死ぬところをもう私は見たくない。
だから止めなきゃいけない。
止めてあげなくちゃいけない。
それが私の成すべきこと。そして──。
「……大好きだったよ、「まま上」」
──私が背負うべき罪だった。
「シリウスちゃん、違う。違うの。これは、これは!」
「まま上」をじっと見つめると、「まま上」は慌てていた。言い訳をしようとしているのだろうけど、それは言葉になっていなかった。言葉が出ないんだろうね。
(わかる。わかっているよ。あなたのことはよくわかっている)
「わかっている」
「え?」
「……あなたは悪いわけじゃない。あなたが悪かったわけじゃない。あなたを取り巻く環境が悪かった。ただそれだけのことなんだ」
「……シリウスちゃん。なにを言っているの?」
「まま上」は困惑していた。困惑する「まま上」を抱き締める。「まま上」はやはり困惑していた。
『……お姉ちゃん』
『パパたちをお願い』
カティが念話で声を掛けてくれている。でもなんて返事をしていいのかがわからなかった。
だからこそパパたちを代わりに守ってもらうことにした。
カティは『……わふぅ』と辛そうな声を出すと、巨狼の姿から人の姿になってパパたちのもとへと向かってくれた。
(これでもう大丈夫。憂いはない)
「まま上」を抱き締めながら、私は行動を起こした。
「……「まま上」」
「シリウスちゃん。お願いだから話を、話を」
「……もう語ることはないの。あるとすれば」
「あるとすれば、なに?」
「まま上」からまた体を離すと、「まま上」はすがるような目をしていた。
その目を見ないようにして、そっと「まま上」の首筋に触れた。
「……さようなら。私もきっとそうしないうちに向かうと思うよ。だから少しだけ「そっち」で待っていてね、「まま上」」
「「そっち」って、なんのことを──」
「……断て、「斬空」」
首筋に触れる手のひらから最後の「斬空」を、あの男に大半を奪われてもまだ一発だけなら使えた「空」属性の「斬空」を放った。
「斬空」を放つと「まま上」はいなくなった。「まま上」から顔がなくなった。
見上げれば、くるくると「赤い風車」が回っている。くるくると。くるくると回る小さな「風車」を私は見上げた。
「……胸を穿たれても死なない。でも首を切り落とされて死なない生物はいない。アンデッドでもそれは同じだよ」
胸のうちにぽっかりと穴が空いた気分だった。
その隙間を埋めるようにして降り注ぐ緋色の雨に体を濡らした。
「……さようなら、「まま上」」
目の前にある「まま上」の体をとんと軽く押した。体はゆっくりと地面に向かって落ちていく。
すぐになにかが潰れる音が聞こえた。そして目の前を「赤い風車」が通りすぎていく。ガラス玉のように光のないそれと目が合った。
「……さようなら、「まま上」」
もう一度別れを口にして、私はひとつの命を新しく背負ったんだ。
これにて更新祭りは終了です。
続きは明日となります。




