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Act1-43 災いの気配

本日八話目です。

今日はまだ終わらない。

「それで勇ちゃんたちは、どうしてうちに?」

 クラウディウスさんのお説教が済んだあと、勇ちゃんたちの来訪の理由を尋ねた。


 来なくていいというわけではないし、来てくれるのは嬉しいことだった。


 ただ開業して間もなく、来るとは思っていなかった。


 本来であれば、その日の俺の始業時間は昼前くらいだった。


 アルトリアも同じ時間の予定だったのだけど、朝っぱらから俺がやらかしたことで、大幅に繰り上げることになってしまった。


 繰り上げると言っても、あくまでも執務室にいるという意味だけど。


 実際、そのときまだ俺は仕事をしていなかった。


 来客への対応というのは仕事に入ると言えば入る。


 勇ちゃんは性格がアレだけど、一応は「聖大陸」の勇者だった。


 そして俺も一応は冒険者ギルドのマスターだ。


 実際は冒険者ギルドとは名ばかりの、別組織の経営者だけど。


 それでも「聖大陸」が誇る、当代の勇者の相手をするのは、ギルドマスターとしては当然のことだろう。


 そう言う意味では、俺はすでに仕事をしている。


 アルトリアはそれに加えて、お茶の用意という仕事をしてくれた。


 アルゴさんとアスラさんはお茶の違いはわからなかったようだけど、美味しく飲んではくれていた。


 ふたりの性格を踏まえると、まずいものはまずいとはっきりと言うだろうから、それを言わなかったというこそは、アルトリアのお茶は本当に美味しいってことだった。


 俺が褒められたわけではないけれど、アルトリアを褒められると、俺も少し嬉しい。


 アルトリアも褒められて、嬉しそうに笑っていた。


「うん、そのことだけどね」


 勇ちゃんがティーカップをソーサーの上に置き、真剣な表情を浮かべた。


 ただ不思議なことに勇ちゃんの視線は俺ではなく、アルトリアに向けられているように思えた。


 なんとなく嫌な予感がした。


 だが、さすがに勇ちゃんも会ったばかりのアルトリアに対して、セクハラをかますとは思えない。


 ああいうのは気心が知れた相手だけに──。


「秘書ちゃん、胸大きいよね。揉ませ、がふっ!」


 大真面目でアホなことを言い出した勇ちゃんの顎を打ち上げてやった。


 忘れていた。この勇者が残念な子であることを忘れていた。


 この残念勇者であれば、会ったばかりのアルトリアにセクハラをかますのも無理もない。


 なにせ勇ちゃんと来たら、両手をわきわきと動かし始めていたし。


 そういうのは旅先で見つけた子だけにしてほしいものだ。う


 ちの秘書を変な目で見るっていう話だ。


 だから、うん、これは正当防衛だ。


 ああ、そうさ、これは正当防衛なんだ。


 だからちょっとやりすぎても問題はないはずだ。


「カレンさん、落ち着いてくれ。このアホ勇者はあとで締めておくから、とりあえず落ち着いてくれ」


 アスラさんが俺と勇ちゃんの間に立ち、アルゴさんが俺を後ろから羽交い絞めにする。


 見ようによっては、これから俺がひどいことをされそうな状況ではあったが、実際のところは俺が勇ちゃんを折檻しようとするのを、ふたりがかりで必死に止めているという、非常にシュールな状況だった。


「いやいや、アスラさんの手を煩わせるまでもないよ。俺が引導を渡してあげるからさ。だからアルゴさん、離してくんない?」


「あー、その、あれだ。そうしたいところは山々だが、さすがにあのアホでも、一応は勇者だから、そこのところを少し考慮してくれると」


「じゃあ、アルゴさんはクリスティナさんがセクハラをかまされたら、笑って許すわけ? あのアホ勇者がしたことはそういうことですよ?」


 俺の問いかけに無言になるアルゴさん。無言となることがすでに答えだった。


「だ、だが、それでもあのアホでも、勇者である以上は、守らなきゃならないし」


 苦渋の声でアルゴさんは言った。


 クリスティナさんと秤にかけられるほどの勇者という存在が重いのか、勇者と秤をかけられるほどにアルゴさんにとってのクリスティナさんが大切なのか。


 どちらにせよ、一応はあの残念勇者でも守ろうとしてくれているアルゴさんは、本当に優しい人だ。とはいえ、それとこれとは、話が別だ。


「悩まないでいいんですよ? とりあえず、あの残念勇者にトドメを差しますので」


「いやいや、さすがにそれは勘弁してやってくれ。せいぜい十発くらい殴る程度で」


「いや、アルゴ。カレンさんにそんな殴られたら、アルクでも死ぬぞ?」


 冷静にツッコんでくれるアスラさん。


 一発殴っただけだが、勇ちゃんは体をぴくぴくと震わせて動かない。


 たしかにあと十発も殴れば殺せそうだ。


 だが、「聖大陸」の希望でもある勇者を殺すわけにはいかなかった。


 もともとやってもせいぜい半殺しで済ませる予定だったから、さすがに死ぬほど殴る気はない。うん、俺って優しいね。


「だがな、アスラ。クリスティナの胸をアルクが揉もうとしていたらと思うと、俺であればそれくらい殴るぞ?」


「あのアホでも、さすがにそんなことはしないさ。いくらアレがアホでも、相手がいる相手にちょっかいをだすような真似は──」


 アスラさんが勇ちゃんの弁明をしている。


 さすがは幼なじみだ。優しいことだ。


 そう思っていると、勇ちゃんを介抱していたクリスティナさんが悲鳴をあげた。


 見れば、勇ちゃんは意識がないまま、クリスティナさんのお尻を撫でたようだった。


 クリスティナさんのお尻に、勇ちゃんの手が添えられていた。


「……カレンさん。邪魔してすまない。すまないついでに、あのアホにトドメを刺す手伝いをしてもいいだろうか?」


 アルゴさんが俺を離しながら、とてもきれいな笑顔で言った。俺も笑顔を浮かべる。


 お互いに頷き合って、アホ勇者の元へと向かった。


 その後、なんやかんで勇ちゃんを許すことにした。


 だが、次にアルトリアとクリスティナさんにセクハラをかましたら、もぐるからとだけ伝えた。


 勇ちゃんは必死な顔で頷いてくれた。


 うん、無血開城ならぬ無血解決だった。なのに、勇ちゃんはなぜか股をしめて震えていたけど。


「さて、それで勇ちゃんたちはなんでここにいるのさ?」


 話の腰が折れてしまったが、勇ちゃんたちがうちのギルドに来た理由を教えてもらいたかった。


 ちなみにアルトリアとクリスティナさんは、俺とアルゴさんがそれぞれに守りながら、勇ちゃんの魔の手が届かないようにしていた。


「あー、そのことね。一応俺も勇者をしているけれど、元は冒険者なんだよ。だから冒険者が冒険者ギルドに来るのは当然じゃないかい?」


「そういう対外的な話は聞いていないよ。なにかしらの目的があって来たんでしょう?」


 冒険者として来た。


 冒険者が冒険者ギルドに顔を出すのはあたり前だろう。


 けれど勇ちゃんは、ククルさんのところの出張所には顔を出していなかった。


 少なくとも俺が通っていた一か月で一度も顔を出していなかった。


「エンヴィー」にいなかったということもあるんだろうけれど、「エンヴィー」を発つ前に、顔くらいは出しそうなものだ。


 けれど勇ちゃんは、顔を出すこともなく、俺を「エンヴィー」に送り届けると、そのまま「エンヴィー」を発ってしまった。


 その勇ちゃんが、冒険者ギルドとは名ばかりの別組織に、わざわざ顔を出しに来た。


 俺が経営者だからということもあるんだろうが、それだけであれば、わざわざ二日目が始まってすぐには来ないだろう。


 朝方は依頼を請け負う冒険者たちで、溢れそうになっている。


 そんな忙しい時間に来た。冒険者であれば、みんなわかっていることだ。


 俺に会いに来ただけであれば、朝方ではなく、少し時間をずらし、忙しくないときに来るはずだ。


 なのに勇ちゃんが来たのは、忙しい時間。


 ということはなにかしらの目的があるからこそ、この時間を選んだということだろう。


 勇ちゃんを見つめる。勇ちゃんは、参ったねぇと頭を掻いた。


「カレンちゃんは、本当に頭が回るよ」


「どうも。それで? なんの目的?」


「まぁ、ぶっちゃけると、どらっちに頼まれたんだ」


「ラースさんに?」


「ああ。嫌がらせをしてくる連中が、職員たちの中に入り込んできただけとは思えないから、冒険者として活動して、手助けをしてほしい、ってさ」


 勇ちゃんの言葉で、俺はその可能性を考慮していなかったことに気付いた。


 言われてみれば、嫌がらせとして職員たちの中にそういう連中を紛れ込ませるだけっていうのは、ちょっと考えづらい。


 というか、手ぬるすぎる。


 普通に考えれば、それ以外にも別のアプローチで嫌がらせをしてきそうなものなのに、そのアプローチが一切なかった。


 あったとすれば、流通を滞らせたり、依頼を精査できないほどに受注させようとしたりなどされたが、どれも明確な証拠はなかったし、商人としては当然のことや、依頼内容もおかしなものではなかった。


 が、嫌がらせと言えば、嫌がらせになるだろう。


 けれど、そんな間接的な嫌がらせだけで終わらすものだろうか。


 バレれば、咎められるようなことをしてきそうなものなのに。


 なのに、そういうことはなにもしてこない。それはたしかに不自然ではあった。


「……もしかして、うちに来た冒険者たちの中に?」


「可能性はあるだろうね。だからこそどらっちは」


 勇ちゃんが、勇ちゃん自身が来た理由を話そうとしていた、そのとき。階下から悲鳴が聞こえてきた。

続きは二十時になります。

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