Act9-375 あえてその手を染めてでも
恒例の土曜日更新です。
まずは一話目です。
「私がアンデッド、だと?」
竜王ラースはわけがわからないという風にボクを見つめていた。
でもボクから言わせてもらえば、「刺突衝」を何度も直撃しているのに立ち上がったというだけでわけがわからない。
「刺突衝」の追撃を何度したのかはもう覚えていない。
少なくとも十回は繰り返したと思う。
十回は刺し貫かれて、打ち砕かれて、突き離された。それだけの傷を負わされたのであれば、普通ならもうとっくに動けなくなっていてもおかしくはない。
その証拠に竜王ラースの体は刺し傷や打撲痕だらけだ。その痛みだけでも十分すぎるほどに心を折れるはずだ。
でも竜王ラースは心が折れるどころか、立ち上がって斬りかかってきた。
それはいくら「七王」という規格外の一角であったとしても、どれほどに強かったとしてもありえないことだった。
生き物はみな痛みに弱い。
その痛みを、種類の違うものを複数も受けた。動けなくなっていてもおかしくはないはずだ。
でも竜王ラースは動いていた。
動くことができている。
その時点で竜王ラースは、真っ当な生き物ではないと言っているようなものだった。
いや、そもそも生きてはいないのではないかと思った。
生きているのであれば、どんなに強かったとしても、傷の痛みに喘ぎはする。
けれど竜王ラースは喘いでいないし、息を乱してもいない。
ただただ不敵に笑うだけだ。
それはどんな呪いを受けたところで、不死の呪いを受けたところで、痛みを感じなくなるわけじゃない。
むしろ死なないからこそ、余計に痛みに弱くなるはずだ。
常人なら死んでもおかしくない傷を負っても死なないんだ。
痛みに関しては臆病になるのは、当然のようなもの。
だけど、竜王ラースにはそれがない。
痛覚がなくなっているというのであればわかる。けど竜王ラースの場合は違う。
痛覚はある。
でも痛覚があっても、痛みでは止まらない体になっているのであれば?
そして痛みでは止まらない体と言えば、ボクにはアンデッドしか思い浮かばなかった。
もし本当に竜王ラースがアンデッドなのであれば、あのド腐れ女神が言葉を濁していたのもわかる。
ただ英雄がなぜアンデッドになっているのかはわからないけども。
「笑えない冗談だな、異界の英雄よ」
「……冗談ならばどんなに楽でしょうね」
そう冗談であれば、どんなに楽だろうか。
アンデッドではなく、生身の人であれば連続の「刺突衝」ですでに戦闘不能にまで追いやれている。
でもアンデッドであれば、連続の「刺突衝」じゃまだ足らない。
竜王ラースを本当に戦闘不能にするには、本気で殺す以外になかった。
(……できれば、殺しはしたくないのですけどね)
ゲームの力そのものをこの世界でも発揮できるというのは、完全にチートのようなもの。
でも強大すぎる力というのは、えてして心を汚染しやすい。
少なくともボクが知る限り、異世界人たちは強大な力を持っているけど、その力に呑まれて心を病んでしまうことが多い。
でも心が病んでももともとの世界と異世界とでは、さまざまなことでハードルに差がある。その一番大きなものが殺人に対する抵抗だった。
もとの世界であれば、殺人というのは大罪となる。それはもちろんこの世界だって大して変わらない。
でもそれを実行に移すまでのハードルは大きな違いがある。
銃等の道具を使ったり、複数人での暴行の結果だったりと殺人に至るまでの道のりはわりと厳しい。
けれどもし指先を少し動かす程度で、殺人が行えるような力があれば、殺人に対するハードルはとてつもなく低くなってしまう。そしてハードルを一度でも越えたら、もう躊躇いはなくなってしまう。
だからボクとしては殺人はあまりしたくない。
命を奪うこと事態があまり好きではない。
でもしなければならないときもある。
そしてそれはきっといまなんだと思う。
「……とりあえず、あなたを戦闘不能にするには痛めつける程度では無理そうです。なら」
「なら、なにかな?」
竜王ラースは笑っていた。その笑顔は言っていた。「おまえにできるのか」と。
(……すでにひとり殺していますけど、ここで留めればまだ戻れるでしょうね)
「冥」のアリアを殺した。
でもまだひとりであれば、もしかしたら取り返しはつくかもしれない。
まだ戻れるかもしれない。
だけど、これ以上この男を野放しにはできない。
ならばボクにできることはただひとつだけ。
「……ボクはおまえを殺します、竜王ラース」
竜王ラースをこの手に掛けること。それがいまボクがなすべきこと。そう思うことにした。
竜王ラースはなにも言わない。
ただ剣をゆっくりと構えた。
その構えに合わせてボクもまた構えた。この男を殺す。ただそれだけを考えてボクはボクがなすべきことを改めて心に焼き付けた。
続きは20時くらいになると思います←汗




