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Act9-374 動く死体

 レンさんの叫ぶ声が聞こえてくる。


 勇者さんを呼ぶ声だった。


 どうやら勇者さんになにかあったみたいだった。


(さすがの勇者さんでも、スカイディア相手には厳しいですか)


 スカイディアはこの世界の母神。


 その母神相手では、さすがの勇者さんでも分は悪かったようだ。


 でもあのまま竜王ラースと戦っている方が危険だった。だからスカイディアにと向かってもらったのだけど、スカイディアを甘く見すぎていたのかもしれない。


 勇者さんでも敵わないほどの強さとなれば、ボクが行くしかない。


 もともとスカイディアを倒すのはボクの目的のひとつ。


 希望を助けること、スカイディアを打倒することは=で結ばれることだった。


 そのスカイディアと戦う前に確かめることがあった。


 そしていまその確認は終わった。


(「刺突衝」を受けてまともではいられない)


「尻尾刺突衝」は、「尻尾三段突き」の上位互換の「武術」だった。


 でもボクはほとんど「刺突衝」は使わない。


「刺突衝」は攻撃力という点で見れば、「三段突き」の上位互換にあたる。


 でもその本質は上位互換なんかじゃない。


 相手を痛めつけるためだけの「武術」だった。いや、「武術」という言葉を借りた、ただの暴力であり拷問だった。少なくともボクは「刺突衝」を「武術」だと思ってはいない。だから普段は使わない。言わば禁じ手としていた。


 その「刺突衝」をいま使った。


 それにはきちんとした理由がある。


 いや、理由というか確かめたいことがあった。


 いまボクが戦っている竜王ラースについて、確かめたいことがあった。


 そのために「刺突衝」をあえて使った。


 真っ当な人であれば、追撃を行い続ければも立てなくなるはずのあれを何度も使っている。


 すでに竜王ラースは「刺突衝」を何度も直撃していた。


「冥」のアリアには使わなかった「刺突衝」は使わなかった。いや、使っても意味はなかった。だから使わなかった。


 彼女と戦っていたことが、いま竜王ラースとの戦って生きていた。


 その「疑念」を晴らすためだけに「刺突衝」を放った。


(……あまりそうであってほしくないことですが、可能性は高そうです)


 竜王ラースと戦いながら考えていたことがあった。


 それは竜王ラースの強さの秘密だ。


 竜王ラースは、この世界における「英雄ベルセリオス」その人だった。


 その英雄が魔族を率いる七人の王の一人となった経緯は、あのド腐れ女神に教えてもらっている。


 ただその強さの理由までは聞いていない。いや、違うか。


 神獣であるシリウスちゃんを圧倒した理由。神獣を圧倒できるほどの強さの秘密を聞いていない。あの女神はなぜかそのことを教えてはくれなかった。


 その理由がなんなのか。


 その答えを確かめるための「刺突衝」だった。


 真っ当な人であれば、何度も体を刺し穿たれたり、体勢を完全に崩されるほどの衝撃を受けたりしたら、もう立ち上がることはできない。


 人という生き物はみな痛みに弱い。


 いや人だけではなく、生き物はみな痛みには敵わない。


 痛みを堪えることはできる。でも堪えられるだけで、痛みから逃れられるわけじゃない。


「刺突衝」はそのあたりよくできていた。もとから拷問を目的に用意されているとしか思えないほどに、「刺突衝」は設定されている。


 その「刺突衝」を迷いなく使った。竜王ラースは何度も直撃している。


 だからいま仮に解除してもすぐには行動はできない。真っ当な人であれば、体を動かすことができない重傷を負ったはずだ。


「追撃解除」


 ボクの言葉と同時に最後の中央の突きが放たれた。竜王ラースは襤褸のようになって倒れ伏した。


 これでもう立つことはできないはず。でも逆に言えば立つことができたら、それはもう真っ当な人とは言えない。いや、そもそも──。


「……これで終わりです」


 勇者さんの加勢に向かうために竜王ラースに背を向けた。そのとき。硬い物同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。


 顔だけで振り返ると、竜王ラースの剣を尻尾が防いでいた。


「……まだだ。まだ終わらせぬぞ、異界の英雄よ!」


 竜王ラースは笑っていた。笑いながら襤褸となった体で、人の身では決して剣を振るうことはおろか、立ち上がることさえもできないはずの体になっているはずなのに、平然と言い放った言葉に、ボクは確信を抱いた。


「……おまえ、もう死んでいますね?」


 ボクの目の前にいる竜王ラースは、真っ当な人ではないと。いや、そもそもこれは──。


「おまえはアンデッドですね、竜王ラース」


 ──死体がひとりでに動いているだけにすぎない。竜王ラースという名のアンデッドだという確信をボクは抱いたんだ。

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