Act9-371 ふたたびの惨劇
アルクはスカイディアとなにかを話しているようだった。
でも距離がいくらか離れているのに加えて、声がいくらか小さくてよく聞こえなかった。聞こえないけど、雰囲気的には膠着していた。……いつ動き出すかはわからない類いの膠着ではあったけど、いまのところ動きはなかった。
だから視線を外した。
戦っているのはアルクだけじゃない。タマちゃんも戦っているのだから。
まぁ、タマちゃんに関しては、ある意味心配はいらない。本当にゲームのアバターの力をすべて使えるのであれば、タマちゃんが負けるわけがないのだから。
それでもついタマちゃんにも視線を向けた。相手はラースさん、いや、竜王ラース。「七王」陛下の筆頭だった。さすがのタマちゃんも荷が重いかもしれない。そう思っていたのだけど──。
「尻尾刺突衝」
──どうやら心配はいらないようだった。別の心配ができてしまったけども。
というのもタマちゃんがいま使った「武術」が、竜王ラース相手に、「三段突き」の上位派生した「武術」である「尻尾刺突衝」を放ったことが問題だった。
「刺突衝」は、見た目は「三段突き」と同じだけど、同じなのは見た目だけ。三本の尻尾での突きを同時に着弾させるというところは同じだった。
だけど、その内容はまるで違う。
「三段突き」は尻尾での攻撃をするというトリッキーさはあるものの、内容自体はただ突きを三回同時に放つというだけだ。攻撃方法はトリッキーであっても、その内容はとても単純なものだった。
でも「刺突衝」は違う。
あれは三種類の突きを、貫通力特化と衝撃力特化と通常の突きを同時に放つ「武術」だ。
見た目は「三段突き」となんら変わらない。
でも、同じなのは中央の突きだけ。
左の突きは、高速回転させることで貫通力に特化させ、相手を刺し穿つためのもの。
右の突きは、尻尾を膨張させて大きくさせることで相手を崩すための衝撃を与える突き。
そして最後の中央の突きがなんの変哲もない、ただの突きが、貫通力と衝撃力を平均的に備えた突きが相手を打ちのめす。
タマちゃんのアバターが持つ「武術」の中で一番怖い技だった。
その技がいま放たれていた。
竜王ラースが剣を振るうけど、その剣は右の突きで押し戻された。竜王ラースの目が驚愕に染まったけど、すでにもう遅い。
「刺突衝」の対処を間違えたんだ。それはつまり餌食になることを意味している。
がら空きになった腹部へと左の突きが入り、その体を突き穿った。
竜王ラースは口から血を吐き出した。臓器を穿たれたんだろう。
そこに最後の中央の突きが貫通力と衝撃力を備えた本命の突きが直撃した。
竜王ラースの体が後ろへと弾かれた。でもそれは終わりじゃない。「刺突衝」の本当の恐ろしさはこれから始まるのだから。
「追撃」
タマちゃんの一言と共に剣を押し戻した右の突きが唸りを上げて迫った。
慌てて竜王ラースが顔をあげるけど、すでに右の突きが回り込むようにして肉薄していた。そこに右の突きが直撃した。
竜王ラースの体が大きく左へと弾かれるけど、今度は左の突きが唸りをあげていた。
左の突きに反応はできていたけど、対応はできなかったようで再び左の突きにより体を刺し穿たれた。そして最後はまた中央の突きにより体を弾かれて、また右の突きに襲われていく。
『……なんとも実戦的な技だな』
フェンリルが言葉を濁していた。実際はひどいとかエグいとか言いたいんだろうけど、あえて言葉を濁して実戦的な技と言っているようだった。
でも、たしかに「刺突衝」は実戦的ではある。徹底的に相手を打ちのめして、確実な勝利を得る技だ。……問題なのは使用者が「追撃」をやめるまで、延々と追撃をし続けるということ。そして「追撃」の結果、相手が見るも無惨な状態になるということ。
強力ではあるけど、タマちゃんには似合わない技だ。それはタマちゃん自身も理解している。だから普段は「禁じ手」として使用しないことにしているのだけど、まさか発動させるとは思っていなかった。
「……琴線に触れられたのかな」
「琴線、ですか?」
プーレが首を傾げていた。
プーレ自身は見えていないけど、響き渡る音や俺たちの反応からしてどういうことが起きているのかはなんとなく理解しているんだろう。
若干顔色が悪く、少しだけ体が震えていた。
そんなプーレを抱き留めながら少しだけ昔話をした。昔話と言ってもほんの数年前のことだけど。
「……タマちゃんがあの技を試し以外で放つのは二度目なんだ。一度目はとある女性に向けて放っていたよ。怒りと憎しみとそしてそれ以上の悲しみを込めて、ね」
「駄メイドさんが?」
「……うん。あのときのタマちゃんは、敵討ちのことしか考えていなかったからね」
「敵討ちというと」
「……目の前で、俺やタマちゃんの前で友達が殺されたんだ」
「え?」
プーレが絶句していた。
プーレたちには俺の本来いた世界がとても安全な世界だという風に語っていた。だから俺の言った言葉をすぐに飲み込めないようだった。
友達を目の前で殺されるなんて考えていなかっただろうからね。
でもそれが事実だ。
「その友達は俺や希望が知り合うよりも先に、タマちゃんと一緒だった。その友達が目の前で殺されたんだ。そしてそれを為したのは、タマちゃんの初めての友人だった」
「なんと」
アイリスが息を呑んだ。それ以上のことはなにも言わない。いや、言えないでいるようだった。
「……その友人相手に放ったのが、あの技だったよ。タマちゃんは泣きながら怒っていた。泣きながら憎しみをぶつけていたよ」
思い出すと胸が痛い。
それほどの光景だった。
でもそれも昔の話だ。
いまも「刺突衝」を使ってはいるけど、あのときとは様子が違っていた。
あのときは、憎しみに突き動かされていたけど、いまは違うようだ。むしろなにかを計っているかのように思える。
それがなんなのかはわからなかった。わからないまま、タマちゃんを見やっていると、アルクの叫びが聞こえた。
慌てて視線をアルクに戻すと、アルクはスカイディアに特攻を仕掛けていた。
でもその間に陰が見えた。
「待て、アルク!」
叫ぶ。けどもすでに時は遅かった。
スカイディアとアルクの間に入った陰がアルクの胸を剣で突き刺したんだ。
「アルク!」と叫んでいた。けれどアルクは返事をすることなく、大量の血を吐き出した。その光景を俺はただ見ていただけだった。




