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Act9-369 勇者じゃない

本日2話目です。

「なま、くらだと?」


スカイディアに言われた言葉を理解することができなかった。


いや理解したくなかった。


なにを言われたのかがよくわからなかった。俺の持つのはクロノス。ふた振りある「天王剣」のひと振りにして、選定の剣。


俺を勇者として選んだ剣。


その剣がなまくらなんて、そんなことがあるわけなかった。


俺の剣は、クロノスは「聖大陸」の希望だ。


その希望を一身に集めるクロノスが偽物のなまくら?


そんなことあるわけがない。あっていいわけがない!


「嘘を吐くな!」


クロノスを振り下ろす。スカイディアが受け止めている手ごと、いやその顔を真っ二つにするつもりでクロノスを振るう。


クロノスであれば、選定の剣にして聖剣であるクロノスならば、この女を斬り殺せる。


そう当たりさえすれば勝てるし、斬れる。


母さんを解放できる。


母さんを解放してあげられるんだ。


だから渾身の力を込めた。


腕の筋肉だけじゃない。全身の筋肉を使って、正真正銘の全力を以てこの女を斬る。


自然と叫んでいた。


いや雄叫びを上げていた。


雄叫びを上げながら目の前にいるスカイディアへと向けて剣を振り下ろした。


体はもう限界に近い。あの人とやりあったお陰で力を込めづらくなっていた。


それでも俺は勇者だった。


当代の勇者アルク・ベルセリオス。


それが俺だった。


そう俺は勇者だ。


勇者なのだから、こんなところで音をあげるわけにはいかなかった。


だから俺は勇者としての責務を果たすために力を振り絞った。


だけど、そうして振り下ろしたクロノスからは骨肉を斬る音は聞こえてこなかった。


聞こえたのは、「パキィン」とひどく甲高い音だった。


「……え?」


声が自然と震えていた。


雄叫びをあげたことで、少し喉が嗄れた。喉が嗄れたことで声は潰れたような低いものになっていて、聞きようによっては震えているようにも聞こえた。


でも声の震えはそういうことじゃなかった。俺の声が震えているのは、そういう理由じゃなかった。だって俺が見ていたのは──。


「クロノス、が」


──真ん中からふたつに折れたクロノスの、選定の剣の見るも無惨な姿だったからだ。クロノスの切っ先が地面にと突き刺さった。勇者の剣であるクロノスが、千年の間勇者を選び続けてきた剣がいま死んだからだった。その衝撃は思っていた以上に凄まじいものがあった。


思わず声を失っている俺に、スカイディアは笑いながら言った。


「ふふふ、だから言ったじゃない。それはクロノスじゃないと」


「違う!これはクロノスだ!だって俺はクロノスに選ばれたんだ!クロノスを抜けたから俺は勇者になった!これはその選定の剣で──」


「そうね。たしかにそれは選定の剣ではあるのよ。ただし特殊な力なんてなにもないけどねぇ?」


選定の剣とスカイディアは認めた。でもすぐにおかしそうに笑いだした。


選定の剣ではあっても、特殊な力はない。


言われた意味がよくわからなかった。


選定の剣なのに、なんの力もない。どういう意味なのかがわからなかった。


「それはたしかに選定の剣なのよ、アルク。でも選定は選定でもね?ある一定以上の筋力の持ち主でしか抜けない剣というだけなのよ。だってそれはただ本当に重たいだけの、わざわざ重量を増して一般人ではどうあっても抜くことができないように打たれただけの剣でしかないんだもの」


スカイディアは楽しそうだった。


本当に楽しそうに俺を見下している。言われた意味がわからない。


一定以上の筋力の持ち主でしか抜けないだけの剣。勇者を選ぶ剣ではなく、力自慢を選ぶだけの剣と言われてしまった。ではそうなると俺は──。


「俺は勇者じゃ」


「ええ。あなたは勇者じゃないわ、アルク。あなたはただの力自慢のおバカなかわいい私の息子よ、アルク」


──勇者じゃない。スカイディアが顔を近づけながらはっきりと告げた一言に俺は頭の中が真っ白になってしまった。

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