Act1-42 勇者も公認
本日七話目です。
外堀が埋められていく。
「どうぞ、ギルドマスター」
アルトリアがいつものように紅茶を出してくれた。
差し出された紅茶はいつもであれば、俺の分だけ。
けれどそのときは、俺の分だけではなかった。
俺から見て左右に座る五人の分まで出してくれていた。
普段は座らない、執務室に入って正面のひとり掛けのソファーに腰掛けながら、アルトリアのお茶を啜った。
「……うん、美味しい」
俺の好きないつもの茶葉の味が、口の中に広がっていく。
アルトリアが愛情を込めて淹れてくれたお茶は、本当に美味しい。
「ありがとうございます、ギルドマスター」
「アルトリアのお茶は、いつも美味しいけれど、今日はいつもよりも美味しく感じられるよ。いつもよりも気持ちを込めてくれているのかな?」
「はい、五割増しほどです」
「そっか。ありがとうな」
アルトリアの頭を撫でる。
アルトリアは嬉しそうに笑い、一礼をすると、俺の後ろに控えてくれた。
いつもならもう少し話をするけれど、そのときばかりは、いつものように話をすることはできなかった。
なにせ来客中だったのだから、無理もない。
「どうぞ。秘書が淹れた粗茶ですが、味は問題ないと思います。あくまでも俺の好みですけどね。お口に合わなかったら、申し訳ありませんけど」
敬語なのか、砕けているのか、自分でもよくわからない口調を使いながら、来客たちに声をかける。
五人それぞれが俺とアルトリアのやりとりを見つめていた。
やりとりを見つめたところで、なにか変わるわけでもない。
かといって、おかしなところがあるわけでもないはずなのだけど、五人はそれぞれの反応を示してくれていた。
「まさか、カレンさんに先を越されるとはなぁ」
盾役のアルゴさんが、小さくため息を吐いた。
あからさまに落ち込んでいる。勘違いされているようだが、訂正する暇はなかった。
「そうね。まさかこんなにかわいい子を捕まえるなんて、すごいわよね」
クリスティナさんは、ちらちらとアルゴさんを見やりながら言う。
アルゴさんは静かに顔を逸らした。そんなアルゴさんに、クリスティナさんが大きくため息を吐いた。
「俺から言わせてもらえば、カレンさんとその子のことは驚いたが、おまえふたりがまだ婚約もしていないことの方がびっくりだよ」
アスラさんが呆れ顔で、アルゴさんとクリスティナさんを見やると、ふたりは揃って顔を逸らした。
言われたくないことって、誰にでもあるものだから、しょうがないと思う。
「アルゴさん、クリスティナさん。お気に病むことはありませんよ。結婚というのは、機会が訪れるまでは、なかなか難しいものです。それに結婚することがゴールではありません。結婚したあとも人生は続くのです。ただ結婚前と結婚後の人生は、それまでの人生とはまるで別のものになりますから、躊躇ってしまうのも無理はありません。事実、私が教会にいた頃も、おふたりのように悩める子羊を何組も見てきましたから」
「いや、おやっさん、こいつらの場合は、躊躇うとかそういう問題じゃない。熟年夫婦ばりの意思疎通をしながらも、新婚夫婦のようなイチャコラをするから」
「ふふふ、夫婦というのは、人それぞれの在り方があるのですから、あまり意地悪なことを言うのはおよしなさい、アスラさん」
「そりゃそうだけど」
「よいではないですか。アルゴさんとクリスティナさんには、おふたりなりのペースもあるのですから」
そう言って穏やかに笑うクラウディウスさん。
アスラさんと軽い言い合いになっていたけれど、最終的にはアスラさんが苦笑いして、折れてしまう。
代りにアルゴさんとクリスティナさんが顔を赤くして俯いてしまった。
うん、おしどり夫婦っぷりは相変わらずだった。しかしまだ婚約はしていないようだった。
「まぁ、俺としては、アルゴとクリスティナのことよりも、カレンちゃんの現状に驚いたけどね」
最後に勇ちゃんこと勇者アルクが言う。
勇ちゃんは俺とアルトリアを見ながら、にやにやと笑っていた。
「どらっちからは、嫁ができたと言われていたけれど、実物を見るまでは信じていなかったよ。だけど、まさかねぇ。朝っぱらから、ずいぶんとナカヨシさんだったとは」
喉の奥を鳴らすようにして、勇ちゃんが笑い、アルトリアが淹れてあげたお茶を啜る。
「お、美味いね、このお茶。たしか、ラッサムだったっけ?」
「はい、勇者さま。ギルドマスターがラッサムを、特にいまの時期のラッサムがお好きなようなので」
「いまの時期?」
「はい。いまの時期のラッサムは夏摘みのもので、春摘みのものよりもコクがある味でして」
「なるほどねぇ。ふむ、たしかに言われてみれば、コクのようなものがある気がするね」
勇ちゃんが再びラッサムティーを啜る。
勇ちゃんが啜ると、アスラさんたちもまた啜り始める。
アルゴさんとアスラさんはいまいち違いがわからないのか、首を傾げている。
クリスティナさんとクラウディウスさんは、味わってラッサムを飲んでいた。
「カレンさんって、セカンドフラッシュがお好きなのね」
「そういうクリスティナさんは、ファースト派ですか?」
「ええ。あの香りが好きなの」
「女性は紅茶の味がわかるようになるのが、早いですねぇ。私など、四十をすぎてからようやくでしたのに」
「そういうクラウディウスさんは?」
「ふむ、私はファーストとセカンドも好きですが、オータムナルを推したいですな」
「なるほど」
オータムナル。いわゆる秋摘みのダージリンの茶葉のことだ。
この世界では、ラッサムという茶葉が、地球でのダージリンに当たる茶葉になる。
摘む時期もダージリンと同じようだ。
春のファースト、夏のセカンド、秋のオータムナル。
オータムナルは、独特の渋みがある。
だがそれを好むフリークもいる。クラウディウスさんは、そのうちのひとりのようだ。
「……いろいろと名称があるものなんだな、アスラ」
「ああ、そうみたいだな。俺には違いがよくわからないが」
「俺もさ」
アスラさんとアルゴさんは、茶葉の違いをよくわからないようだ。
まぁ、ふたりとも紅茶の違いがわかるような人には見えないから、無理もないと思う。
むしろふたりが紅茶の違いがわかったら、それはそれで怖い。
「ん~。でも、このお茶なぁ。どらっちのところで飲んだときよりも、美味しいと思う。やっぱりカレンちゃんへの愛情がこもっているからかな?」
にやりと勇ちゃんが笑った。アルトリアがあからさまに慌てて、顔を赤くしてしまう。
「あははは、いやぁ、かわいいもんだね。本当にカレンちゃんは、いいお嫁さんを見つけたもんだよ」
膝を叩いて笑ってくれている。
見れば、アスラさんたちも笑っている。
ただ勇ちゃんのようには笑っていない。むしろ申し訳なさそうな顔をしている。
「女の子とは思えないイケメンなところもあるから、そのうちとは思っていたけれど、まさか本当にお嫁さんを作っているなんてねぇ。驚いた、驚いた」
「アルクさん。あまり人の奥さんをからかうものではありませんよ? そういうことをしていると、いずれ逆の立場になったら、ご自分が同じ目に遭うのですからね」
「いやいや、さすがにカレンちゃんが、そんな子供っぽいことをするわけ」
「つまり、ご自分は子供だと言っているわけですな」
クラウディウスさんが、にやりと笑う。
その笑みと言葉に、勇ちゃんはなにも言えなくなってしまったようで黙ってしまった。
しかしクラウディウスさんは、止まらない。
「だいたいですな、いくらカレンさんと我々の仲とはいえ、夫婦が営みをしているところを邪魔するというのは、いただけませんな。ノックというのは、部屋の主に来訪者の存在を知らせるためであり、その際部屋に入ってもいいかどうかを確認するための時間を──」
クラウディウスさんがお説教モードに入ってしまった。
つらつらとよどみなく、お説教を続けるクラウディウスさんに、勇ちゃんはなにも言い返すことができず、低姿勢になって謝り続けていた。
続きは十八時です。




